第90話「再戦」
クレイジー・ノイジー・シティのセントラルには様々な建物が存在する。その一つがこのコンサートホールだ。何のためにこんな建物が作られたのかはわからない。おそらく正しい使用用途で使われたことは一度もないのだろう。了司はそのコンサートホールの奥、ステージの階段の上に座っていた。その近くで縄に拘束された瞳が横たわっている。木を失いながらもエピックウェポンは起動しているようで、真っ白な白髪が雪のように床にこぼれている。足音に気づいた了司は、目の前の観客席のさらに奥にある入場口を見つめた。
「ずいぶん早く来たじゃねえかよ。おじけづいたかと思ったがよー。」
了司の問いかけに入り口から入ってきた清志は答えた。
「十分休んだからな。これ以上は体がなまっちまう。お前としてもその方がいいだろ了司?」
「ヤッホー了司君。まさか君がアーマーンだったなんて気づかなかったよ。」
「皆夫かよ。てめえ邪魔しに来たのか?」
清志の後ろから現れた皆夫を了司はにらみつける。それに対して皆夫は笑顔で答えた。
「僕は瞳ちゃん回収係かな。後、二人の審判のつもり。剣道部時代もそんな感じだったよね。模擬戦ではさ。」
「これは模擬戦じゃねえよ。ただの処刑だ。清志、死ぬ覚悟はできたかよ?」
清志は観客席の通路を渡りステージに向かって歩く。コツコツと軽快な足音がホールへ響いた。
「お前の気持ちはわかるつもりだよ了司。お前の言った通り俺がお前の妹を傷つけた。なら殺したいほど俺を恨んでいるのは当然だ。本当に申し訳ないと思う。確かにあの時俺は何にも見えてなかったんだな。」
「てめえ。」
清志の服装がジャージから革鎧に変化し、その黒髪が獅子のような力強い金髪へと変化していく。それを見て了司は顔をしかめた。
「だけどさ、俺はまだ死にたくない。なにも成し遂げていないから。このままじゃ聖にも胸を張って会いにいけねえんだよ。自分勝手で悪いな。別に正しいとも思っていない。だけど、ここで死ぬことがやっぱり正しいとも思えねえんだよ。だから、こうしよう。」
了司もエピックウェポンを起動し、赤髪の青年へと変化した。錫杖を構え清志を見据える。清志もそれにこたえるように刀を構えた。
「どっちが正しいかこれで決めようぜ。お前が勝ったら、おとなしく死んでやる。だが、全力であらがわせてもらうぞ。」
「どこまでもむかつく野郎だなてめえはよっ!」
互いに武器を構えにらみ合う二人を見て皆夫はまた笑った。瞳を観客席に素早く避難させると、右手を挙げた。
「あ、じゃあ始める?じゃあ合図するね。」
二人の集中がピークに達する瞬間、皆夫は叫んだ。
「はじめ!」
瞳が目覚めたのはその声を聴いたすぐ後だった。観客席の一つに座らされていた彼女は、目をこすりながらステージ上を見る。そこでは赤銅と金色の二人の剣士が拮抗した剣戟を繰り広げている。
「おはよう瞳ちゃん。見た目大丈夫そうだけど、体はどう?あ、おにぎり持ってきたからどうぞ。」
「ああ、ええ?ありがとう?うん、体はもう大丈夫だよ。…でもいきなりこれはびっくりするなあ。」
皆夫からおにぎりの入った笹袋を受け取りながら、瞳は困惑した表情を浮かべた。目が覚めたら目の前でまるで演劇のように戦いが繰り広げられていればこうもなるだろう。
「しばらくはそんなに変わり映えしないだろうから、ゆっくり食べてて大丈夫だと思うよ。ぜった長期戦になるからね。」
「よく断言できるな。まるで前にも見たことがあるみたいだ。」
「まあね。一年生の時も似たようなことあったからさ。」
「そうなのか?」
何度も撃ち合いながら、清志と了司も同じ話をしていた。
「そういや、あの時も似たような感じだったな。いきなりお前が竹刀持ち出して、防具も付けずにやり合った。そのせいで二人とも退部になったけどさ。」
「…。」
「あの時から俺のこと恨んでたのか?」
清志の質問に了司は手を止め、目を細めた。
「てめえはあんときから狂ってただろうがよ。覚えてるか?エアガンでガキ撃って遊んでる高校生どもをしばいたときだ。」
中学一年生の冬に差し掛かったころ、部活を終えた清志と了司は二人で公園に向かっていた。中学校の部活動は午後六時には終了するが、それでは練習量が足りないとよくそこで自主練を行っていた。その日は皆夫が体調を崩して二人だけだったことを覚えている。
『痛いっ痛いやめて!』
『おいそっち逃げたぞ!やっちまえ!』
『ヘッショ決まった~!』
女の子の悲痛な声と、複数人の男の笑い声がした。中学生である二人が夜まで自主練をするような公園の近くだ。人通りなんてほとんどない。助けも来るような場所ではなかった。
『行くぞ。』
『ああ。』
清志と了司はすぐにその場へ向かうことにした。パンパンと軽い銃撃音のような音が聞こえる。現場につけばそこでは制服を着た高校生らしき五人組が、一人の女の子を囲みながらエアガンで狙撃していた。標的になっている女の子が大声も出せず、反応がいいからなのだろうか。調子に乗った様子の高校生たちは嬉々としてエアガンで狙撃を行っていた。
『了司、俺はあの子を助けに行く。一人でもいいから注意を引いてくれ。』
『全員̪しばいてやるよ。おいこれ。』
『制服?』
『あのガキに着せればちったあマシだろうがよ。下手打つんじゃねえぞ。』
『サンキュー!』
了司は清志に制服の上着を渡し、大声で走り出した。そのよく通る声に高校生たちはいっせいに注意が向く。それに合わせて清志も走り出した。
『な、なんだ!?』
混乱した高校生たちは、清志や了司たちに向けてエアガンを発射した。腕や足に当たった衝撃は夏祭りで売っているおもちゃのものよりも断然強い。こんなものを小さな少女に向けていたことに二人は憤慨した。
『もう大丈夫だ。これ着てこっちに。』
『とおおおお!』
了司は竹刀を使ってエアガンをたたき落とし、胴体に一撃を入れ二人を倒した。だがあとの三人のうち一人は逃亡を図り、二人は清志たちを狙って攻撃していた。
『ちっ!間に合わねえ!』
パン!
その時了司は目を見開いた。足を狙って狙撃しようとした高校生の口をかむように、清志が竹刀をたたき込んだのだ。強烈な一撃に歯が折れ、顎が外れる。もう一人は喉を突かれ、側頭部に竹刀をたたき込んだ。鼓膜が破れたのか悲鳴をあげながら地面を這いつくばる。
『逃がすかよ。』
そして落としたエアガンを拾うと、逃亡しようとしている高校生をまるで何度も扱ってきたかのように正確に射撃し、ひるんだすきに距離を縮める。
『死ね!』
脳天に竹刀をたたき込み、すぐにその頭をつかむと地面にたたきつけた。アスファルトで皮膚が削れ、血で地面が染まる。
『死ね!』
さらに清志は竹刀を振り上げた。ぴくぴくと痙攣したその男の頭部を狙って、本気の目で振り上げた。
『何やってんだてめえ死んじまうぞ!』
了司は急いで止めに入った。それに対し、清志は心底理解できないという顔をしていった。
『何言ってんだよ。死んだ方がいいだろこんな奴ら。』
その時了司は理解した。この男は完全にくるっているのだと。そしていつかこの男は最も危険な悪になる、そう確信した。
「てめえは全く変わっていなかった。常人の皮をかぶった殺人鬼だ。だからこそ、てめえをぶちのめさなきゃならなかったんだろうがよ。だがてめえは…。」
そうだと清志は思い出す。了司が決闘を挑んできたのはあの後すぐのことだった。防具も付けず竹刀で殴り合う。お互いあざだらけになりながら、なぜそんなに向かってくるのかその時の清志にはわからなかった。
「そっか。あの時も俺を止めようとしてくれてたんだな。俺が間違った道を歩ているから。」
「今更反省した振りかよ?そう簡単に性根が変わって…。」
「いいや、今でもわかんねえ。なにが悪いんだ?あんな奴らはいない方がいいだろ?」
「それがわかんねえからてめえは死んだ方がいいんだろうがよ!」
「だから死ぬ気はねえって言ってんだろうが!」
そうしてまた戦いが再開された。それぞれの思いが交錯するその戦いは、まるで部隊の一幕のようだった。瞳はそれに酔いしれる感覚があったのだった。
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