第89話「生まれた意味」

 生まれぬ方がましだった。その言葉ほど許せないものはない。清志にとって何よりも否定しなければならないことだ。だからこそ、その時清志の頭の中から余計な思考はすべて消えた。


「違う!」


 魔導王と清志の攻撃がぶつかり合う。その衝撃は清志に一方的に伝達され、視界が乱れた。


『何が違う。事実だろう?お前の愚かな妹が勝手に自殺したせいで、お前は健也を仕留め損ね、了司に負けた。死んですら迷惑をかけ続ける存在なぞ、生まれることすら間違いだ。』


「違う!!」


 聖は普通の女の子だった。動物が好きで、花が好きで、ゲームが好きな、負けず嫌いな普通の子供だった。自殺なんて最悪の結末になったのは、健也たちいじめグループの奴らのせいだ。見て見ぬふりをした大人たちのせいだ。そして


「俺のせいだ。俺がもっと早く気付いていたら、守っていればあんなことにはならなかったんだよ!聖は何も悪くない!悪いのは全部俺なんだ!」


 何も気づかなかったわけじゃない。表情が暗いとか、元気がないとか兆候はあった。だが無視した。やらないといけないことがあるから、きっとすぐに元に戻ると勝手に楽観視して何もしなかった。その結果だ。

 

 激情に任せて刀を振るう清志の攻撃を魔導王は一撃で振り払った。地面に打ち付けられた清志に魔導王は言う。


『ならばなぜ同じ間違いを繰り返している!?手遅れになる前に、守れるときに守れなかったと後悔しているというのならば、なぜ瞳を助けなかった!?伸ばせば届く腕をなぜためらった!?』


 頭部を蹴り上げられ地面をはねながら転がる。マナもうすぐ切れる。変身が解けた時点で清志の敗北は決まるだろう。その戦いを見ている全員が息をのんだ。


『お前こそが妹の存在を貶めているとわからんのかたわけ者!お前は今までなんのために戦ってきたのだ?単なる保身のためか?妥協か?ならばやはりお前の妹の生まれた意味などなかったということだ。そしてお前自身もな。』


 清志は歯を食いしばりながら立ち上がった。刀を持つ右手も地面を踏みしめる両足も震え満足に機能していない。了司に負けたときも同じ感覚だった。あの時と違うことといえば、答えなければならないという意思があったからだろう。


「俺は…ただ生きていてほしかったんだ。生きてそばにいてほしかったんだ!だからそれを奪ったやつらが許せなかった!もう二度と失わないために俺は戦わないといけないんだ!」


 魔導王との出会いで始まったこの異界での戦いは、ただゲームの延長とは考えていなかった。だが単なる巻き込まれた、押し付けられた使命とも思えなかった。戦ってきた理由と聞かれ、その一つは確実に仲間を守りたいという医師だった。聖を失ったからこそ、より強くそう思って戦ってきた。


『ならお前の手で示して見せろ。お前の意思とお前の妹の生まれた意味を。それが残された者のできるすべてだ!』


「うおおおおお!」


 清志は足場を使って魔導王へととびかかった。当然魔導王に防がれ、一方的にダメージを食らう。だが、攻撃の手を緩めはしない。


「なあ、あれってやばくないか?魔導王の攻撃はどうやっても清志に当たるんだから、あれじゃあタコ殴りと一緒だぞ!」


「ううん、あれがベストだよ!」


「そうね。ダメージは最小限かもね。ちっ。」


 魔導王の伝達させる攻撃は、魔導王が起こした衝撃に限定される。故に攻めの姿勢を崩してはいけない。守りの時の威力は攻撃の時よりも低くなる。ダメージを最小限に抑えながら相手の守りを崩すしか清志に勝ち目はない。


「清ちゃんの方がスピードもパワーも上だ。押し切れる!」


「それは無理だぞ。前のめりすぎだ。」


 跳躍し加速しながら一撃を入れる。それを繰り返せば相手をほんろうできる。だがそれは技量の低い相手の身に通用する技だ。そして慣れた作業というものは油断が生じる。清志が一撃を入れるその瞬間、あるべき受け手が消失する。それが何を意味するかは考えるまでもない。


「しまっ…!」


 軌道修正のために足場を新たに生成し、腕を使って方向を転換する。その隙をついて魔導王は清志の胴体に一撃を加えた。


「ああ!き、清ちゃん。わざとらしく守っていたのはこのために…。」


「ふっ…完璧に入った。」


「千歳。ちょっとは清志を応援してあげようよ。」


 魔導王の戦槌の直撃とはその打撃と伝達によるダブルインパクトに他ならない。それも伝達された攻撃は体の内部でさく裂する。常人ならばみぞ打ちされれば立てなくなるように、内臓へ響く衝撃は人間には耐えがたいものだ。そんな致命的な一撃だった。うずくまる清志を見下ろし漆黒の戦士は言う。


『イノシシじゃあるまいし、がむしゃらにやればこうなるのは当たり前だ。なるほど、一度熱くなると周りが見えないというのは本当らしい。俺としては御しやすくて助かるがな。チェックメイトか。』


 魔導王が戦槌を振り上げる。とどめの一撃ということだろう。皆夫とリズはその光景に息をのんだ。しかし千歳だけはため息をついた。


「まだ…だ!」


 ちかちかと光に消えようとするレグルスの鎧を必死にとどめながら、清志は立ち上がった。まだ戦える、そう吠える代わりに気合で刀を構えた。


「やああああああああ!」


『…。』


 走り出した。そして渾身の一撃がぶつかり合った。耳が壊れそうなほどの爆音がその場を支配した。


「はあ、かはっ。」


 清志の刀は空に飛ばされ落下し、地面に突き刺さる。魔導王の一撃が清志の刀を彼から引きはがしたのだ。その場の全員が勝敗を理解する。


「ちょっと待て、ほら魔導王の武器が!」


 リズが叫ぶ。魔導王の戦槌を見ると、みるみるひびが入り砕けて、チリになっていた。


『なんということだ―これを狙っていたとはなー。』


 わざとらしい棒読みで魔導王が驚く。二人の鎧は同時に消えていた。いまだ立ち上がろうとする清志に芝居を終えた魔導王は聞いた。


『これではお前を処刑するにはまた新しい武器をつくらねばならんな。で、まだやるのか?制作にはしばらく時間がかかるが。』


「いや…いい。ありがとう。なんつーか、すっきりしたよ。」


 変身の解けた清志は体中汗だくで、息も絶えたえだがすがすがしい笑顔を咲かせ地面に寝転んだ。


「俺が助ける。了司も俺が倒す。そうじゃねえと信じてくれた瞳に怒られちまう。聖にもきっと怒られる。」


『そうか。ならば一度休むがいい。何まだ半日以上時間はある。飯を食って寝ろ。』


「あいよ。畜生やっぱ強えんだな、魔導王。」


『心配するな、今の俺より強いものなぞ星の数ほどいる。安心して絶望しろ。』


「マジか~。世界は広いな。」


 魔導王は避難施設に戻るとき少しだけ笑ったように感じた。そうして取り残された清志のもとに皆夫とリズがやってきた。


「清ちゃん!大丈夫だいぶ食らってたよね?」


「全身痛えよ。もうしばらく動ける気がしないつーか動きたくない。」


「でもすごい戦いだったぞ!私もいつかあんな風に戦いたい!」


「そりゃどうも。」


 目覚めたときはあんなにも暗い気持ちだった。今はこんなに体中痛いというのに、こんなにも晴れやかな気持ちだ。清志は作ずく自分がおかしな人間だと思った。また森人たちに両手両足を持たれて運ばれるのは勘弁してほしいと内心思った。


「清志にずいぶん優しいね。」


『何のことだ?』


「手加減した上に、あんな下手な芝居で花まで持たせてたでしょ。清志が立ち直れるように。」


 千歳は魔導王の腕に抱き着き彼を見上げた。避難施設の椅子に座った魔導王は千歳を自らの膝に乗せると話し出した。


『確かに誘導はした。この状況で離脱者が出るのは俺としても困るからな。だが花は持たせていない。俺の戦槌は耐久力に難があったとはいえ、本当に壊すとは思っていなかった。この異界のゲームにおいては俺の判定負けだろう。』


「試合に負けて勝負に勝ったってとこか。でも、武器がないと次が大変じゃない?まだストックあるの?多分、すぐ来るよね?」


『そうだ、まだやらねばならんな。まったくなぜ男の尻ばかり叩かねばならんのだ。軟弱者が多くて困る。』


「あーそういうことか。大丈夫かな?って…女の子ならいいの?」


『その方がだいぶましだな。』


「変態。」


『なぜそうなる?まあとりあえずあちらは清志共に任せてよかろう。お前にも歯垂らしてもらうぞ千歳。』


「はいはい。出もしばらくはお休み。」


『ここで寝るのか。』


「そ。」


「まったく。」


 忙しそうに飯を食べ騒がしい清志たちと対照的に、焼け焦げた丸太に座る縮こまった様子の森人がいた。その姿を一瞥すると魔導王はまた面倒くさそうにため息をつくのだった。

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