第88話「契約不履行」

 清志が目覚めたのは朝日の上り始める時間だった。焼き払われた森から少し離れた、木製の避難施設のようだ。森人たちが傷ついた体を一時的に休めている。


「清志…清志!」


 目覚めた清志に抱き着くのは洋子だった。泣きはらした目で縋るように清志を抱きしめている。


「ここは…。」


「ココはエルフさんたちの避難場所かな。村のほうは結構焼けちゃったみたいだから。でもみんな無事だよ。魔導王と千歳ちゃんたちで救出したからね。」


「そう、か。」


 あたりを見渡すとクルルたちの姿も見える。本当に全員かはわからないが無事ならばこれほど良いことはないだろう。少々安堵するとともに、もう一つのことを思い出し顔が曇った。


「瞳は了司に連れ去られた。ごめん。」


「うん。聞いたよ。ごめんね助けに行けなくて。」


 そのように謝る皆夫にそんなことはないと清志は否定した。これもすべて自分が悪いのだからと目を伏せる。そこに魔導王がやってきた。


『無様だな。あれだけ御膳立てしてやったというのに、標的を逃がすどころか瞳迄取られるとは、笑ってやろうはっはっは!』


「ちょっと不謹慎じゃないですか魔導王。まだ清ちゃんは…。」


『傷も癒えていないと?知ったことではない。今は瞳が囚われているのだ。俺の武器の情報がとられでもしたら大問題だろう?さっさと取り返しに行って来い。』


 清志の状態などお構いなしといった魔導王に皆夫は眉をひそめた。清志が目覚める前、状況を知った皆夫はすぐに瞳の救出を提案した。しかし今はまだいいと止められてしまった。いつも監視しているから問題ないと無理にでも行こうとすれば金縛りで人きとめられた。だというのに清志が目覚めた途端これだ。さすがの皆夫も理解に苦しむ。なぜこれほどまで清志にこだわるのだろうか。


「…俺じゃあ了司には勝てない。」


 魔導王への清志の回答はいつも以上に卑屈なものだった。おそらく勝てないと自分から進言したのは初めてだろう。清志にとってそう思ったのも初めてだった。


「俺が…俺がやったことは間違ってたんだ。正しいのは了司だ。なら戦いようがない。無理なんだ。」


『つまり契約を破ると?その代償は理解しているはずだろう?』


「…。」


 魔導王はため息をつくと、右手に戦槌を出現させた。


『それでは契約不履行だ。望み通り処刑してやろう。リズ。洋子を起こせ。』


「んーわかった。」


 リズは言われたとおりに洋子を清志から引きはがし座らし寝かせた。疲れ切っていた洋子は既に眠っているようだ。皆夫はテンペスタスを起動しようとするが、その背後で弓を構える千歳がいた。


「動かないで。あの人の邪魔は許さない。」


「千歳ちゃん。魔導王に洗脳でもされたの?今の状況、わかってるよね。瞳ちゃんがつかまってる現状で争っている場合じゃないよ。瞳ちゃんがどうなってもいいの?」


「それは逆でしょ?清志は先輩を見捨てようとしている。なら清志は切り捨てて私が行けばいい。ただそれだけ。」


エピックウェポンを起動できない状況では皆夫もただの子供だ。ここで動いて本当に撃つつもりなのか判断できない。ゆえにすぐに動くことはできなかった。


『武器を持て。決闘だ。もしお前が俺を倒せたなら、見逃してやってもいい。それは俺が制御しきれなかっただけとなるからな。』


「…。」


 焼け野原となった平地に二人は立っていた。周りでは皆夫たちや森人たちもじゃじゃ馬のように見物している。清志は刀を抜きもしない。


『もちろんお前が戦わないというならばそれも構わん。その時は連帯責任としてお前たち全員処刑するだけだからな。』


「な…何言ってんだよ。」


『当然だろう?本来そういう契約だ。なに戦わなければの話だ。好きに選びたまえ。』


「くっ。」


 いったからには必ず実行するのが魔導王という男だ。もし清志が戦わなければ本当にこの男はみんなを殺してしまうだろう。そんな冷たさが、言葉の奥から染み出てきていることを清志は痛感した。清志もレグルスを起動した。その力があっても目の前で戦槌を持つ男が、強大な相手に見えた。しばらくして魔導王はリズに声をかける。


『リズ。合図しろ。』


「分かったぞ!はっけよーい、…のこった!」


「いやそれ相撲の合図じゃん!」


 リズによる決闘の合図に突っ込みを入れる千歳。しかし魔導王は気にする様子もなく攻撃を開始した。戦槌を振りあげている魔導王に清志はがら空きになった胴体を攻めようと居合姿勢をとった。


『ふむ素直だな。それを間抜けというのだ。』


 清志が刀を抜こうとした瞬間、魔導王は清志の左側に回り込み、いつの間にか戦槌を右手から離し、清志の刀を押さえつけていた。そしてくるりと回りながら左腕で清志の首元を肘打つ。


「がはっ…!」


 首を襲う衝撃に一瞬気を失う清志、強い衝撃ではなかったからよかったもののこれが本気の一撃ならばここで戦闘不能になっていた。


『後の先が取れるとでも思ったか?』


 魔導王は挑発するように人差し指をうごかした。我流の居合術など子供の遊びだといわんばかりだ。彼方を抜けと誘導してくる。


「はああああ!」


 刀を抜いた清志は魔導王に切りかかった。足場で跳躍しながら高速で距離を縮め、刀を振る。それを魔導王は刃の当たるすれすれでよける。何度も何度も避け続けた。


「あれはシドさんと同じ…!?」


「兄さまとは違うぞ。兄さまは風みたいな軽くて素早い感じだったけど。魔導王の動きは…ジェットみたいだ。」


 魔導王の足さばきは以前見たシドの使っていたものとよく似ていた。彼がシドの弟子であったというのは本当なのかもしれない。しかしリズがジェットの用途表現した通り、流麗というよりも力強く素早いといった風で剣士とはいいがたい動きだ。


『む…。』


 しかし突然魔導王の体勢が崩れる。右足が膝から折れ曲がり、バランスが取れなくなったからだ。初めて魔導王は戦槌で清志の攻撃をガードする。


「あ…!」


 千歳が小さな悲鳴を上げ、清志も驚き距離をとった。魔導王は何事もなさげに立ち上がる。彼の体は人よりも貧弱で、簡単に壊れてしまうようだ。今回も地面を踏みしめ続ける過程で負担をかけすぎたのだろう。


『やはり貧弱な体だな。仕方ない、奥の手を出そう。変身。』


 その言葉と同時に戦槌が輝き魔導王を包んだ。そして漆黒のフルプレートに身を包んだ戦士が姿を現す。


「あれは俺のレグルスと同じ…!?」


『これはお前の武器をつくる前に試作として作ったものだ。いわゆるプロトタイプだな。身体スペックも応用幅もお前にやったものより劣る。だが、変身せずに対抗できるほどやわではないぞ。』


 魔導王が一気に加速し戦槌を振るう。魔術鎧の力は圧倒的だ。清志は対応しきれず、攻撃が直撃する。数メートル吹き飛ばされ、うずくまった。


『まだやる気がないようだな。仕方がないこれでは、全員処刑にするしかないか。』


「ふざ…けんな!変身!」


 清志も立ち上がると同時に変身し、金色の鎧をまとう。これで条件は対等だ。そこに追撃をしてきた魔導王の攻撃を次は刀で受け止めた。しかし、


「がはっ!!?」


 胸部に見えない衝撃が走り、またダウンしてしまった。その異常な光景を見て皆夫は動揺を隠せない。


「今の攻撃は完全に防いだはずなのに、どうして!?」


「あれがあの戦槌の能力だから。生み出した衝撃を物体を通して伝えるの。刀で防いでもそこから体に衝撃が伝達される。」


「あれだろ?前にあの蜘蛛女を倒したやつ。地面叩いても当たるんだもんな。…ちょっと待て千歳、それって清志どうしようもなくないか!?」


「そ。どうやって防いでも、必ず攻撃は直撃したことになるの。」


「なんかうれしそう。…ちょっとは清志も応援してやろうよ。さすがに可哀想だぞ。」


「別にいらないでしょ。」


 にたりと笑い洋々と千歳は魔導王の武器の能力を説明した。防げない攻撃、それはただのリンチに等しい。両手を縛られた状態でがら空きの腹部を殴れる恐ろしさは計り知れない。


「なめんな!」


 そこで清志は魔導王の周りに不可視の足場を生成した。変身時限定で自分一定範囲内に複数の足場を生成し、場所を移動させることができる。これを使い魔導王の攻撃を妨害しようと試みた。


『子供の浅知恵だな。』


 魔導王の振り上げた腕の前に足場を創り出し、ぶつけることで攻撃を中断し体勢を崩させる。銀との戦闘でも使った応用技だ。それを魔導王は見えているかのように避け、地面をたたいた。


「ぐああ!」


『操作が甘い。透明とはいえ、物体だ。相手によっては簡単に感知されるぞ。そして一つの策が失敗すれば後がないなど言語道断だ。二重三重と策を巡らしてこそ戦闘だ。まだまだ未熟だな。』


 地面の衝撃が清志に伝達され、直撃する。皆夫は清志の体の状態が気がかりであると同時に、自分ならどうすれば勝てるのか思考を巡らしていた。戦うものならば必ず自分ならどう勝つかを考えるものだ。遠距離攻撃で仕留めれば何とかなるだろうか。先に攻撃できれば可能性はあるかもしれない。だがあの伝達攻撃の射程距離はわからない。一度でも外せばすぐに距離を詰められ負ける可能性が高い。


「魔導王は僕たちを処刑するために、強力な武器を手元に残してたってわけか。」


「なんか今日の皆夫は頭悪い。」


「いきなりひどい!僕だって何もできないながら一生懸命考えてるんだけどな。」


「言ってたでしょ?あれはプロトタイプだって。あの人なら、まず武器がなくても勝てるんじゃない?多分。」


 そう、武器自体は魔導王の本来の能力ではないのだ。その事実に皆夫は息をのむ。ならばどうして、あれほどの力がありながら自分たちにエピックウェポンを授けたりしたのだろうか。内なる疑問が膨らんでいく。


『本当に無様だな清志。了司だったか?あの粗悪な武器しかもたん男に負け、この俺にも負けた。言っただろう、これはただのプロトタイプ。どちらにおいてもお前が負ける道理はない。少なくとも武器においてはな。だというのにこの有様だ。』


「ちっ…!」


『何、俺はやさしいからな。無様の理由位考えてやるさ。そうだな。聖だったか。自殺したお前の妹のせいだ。すべてそいつが悪いのだろう?』


 その言葉に場は凍りついた。いつも以上に愉快気にわざとらしいくらいの抑揚をつけながら、魔導王は清志に言ってのけた。


『まったくいい迷惑だ。之では最初から生まれぬ方がましだっただろうな。』


 その言葉に清志の中で何かがはじけた。

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