第86話「清志と了司」
思い返せば、初めて出会った時からおかしな奴だった。俺が剣道部に入部すると同時期に了司もそこへ入った。小学生のころから剣道をしていて、当然のように入部したのだ。当時の了司は俺と背もほとんど変わらず、幼い印象が強かったがいつも何か思い詰めているように見えた。
「やあああああ!」
今まで了司は竹刀も握ったことないようだった。技量も知識もないが練習時の声だけは印象に残っていた。よく伸びて通るそして力強い声だ。素振りの時も、打ちこみの時もほかの先輩同級生の声をかき消すほどであった。
「付き合えよ清志。」
皆夫が入部するまでは二人で、その後は三人でよく練習をしていた。。練習試合では経験の長い俺がいつも圧勝していたが、そのたびに文句をつけてくるのだ。口は悪いし態度も悪い、だが嫌いじゃなかった。
「また胴打ちやがったな。それしか能がねえのかてめえはよ。」
「なんだとお前が面ばっか狙ってがら空きなのが悪ぃんだろうが。」
「てめえの間抜け面ぶちのめさねえと気が済まねえんだよタコ。」
「隙だらけのあほ面に言われたくないね。」
「んだよコラ?」
「やんのか?」
「まあまあ二人とも、次は僕が二人をぶちのめすから落ち着いて。」
「「喧嘩打ってんのか!?」」
顔を合わせれば喧嘩腰で、了司と話すときだけは異様に口が悪くなってしまう。怒りと隣り合わせの関係だったが、それでも成立する友情があるのだと思っていた。互いに剣道部にいられなくなったあの日までは。
そして今清志の前には了司が立ちふさがっている。あの長く使いづらそうな錫杖を操って、了司は清志と撃ち合う。三度四度と剣戟を重ね、清志は背筋が凍る思いがした。変身している清志と対等に打ち合っているのだ。ブースターのマナはすでに空、早期に決着をつけなければ健也を追うことすらできなくなる。
「やああ…。」
「とおおおおおお!」
清志の声は健也にかき消される。それと同時に刀をはじかれた。気迫で負けているというのか、その瞬間レグルスの鎧は光に消えてしまう。荒い息を立てながら、清志は膝をつく。
「情けねえ野郎だなてめえはよ。この程度でもうへばりやがったのかよ?」
「どけって言ってんだろうがクソが!お前の相手なんてしてる暇ねえんだよ!」
「…正義の復讐者ってか?笑えねえな。てめえはただの殺人鬼なんだよ。まだわかってねえのか?」
「どけえええ!」
突進する清志の顔を了司は蹴り飛ばした。
「どこ見てんだよ?てめえの敵はここにいるだろうが。」
「なんであのごみ野郎をかばう?あいつはな俺の妹を…!」
「全部知ってんだよ。んなこたあよ。」
再度突撃した清志と了司はつばぜり合いのように互いに押し合いになる。いまだ怒りが収まらない清志に対して了司は冷静そのものだった。
「あれは下種だ。生きている価値もねえ人種だ、場合によっちゃのたれじぬだろうよ。だがてめえはそれ以上に質の悪い屑だ。てめえだけは生きてちゃいけねえんだよ。」
「俺があれ以下の屑だと?冗談でも笑えねえよ。」
「なら教えてやるよ。お前の罪科を忘れるな、
そうして現れたのは学校らしき場所だった。幻影か?了司は火を水を、そして岩を生み出し操った。四大元素を操るなどの力かと考えてた。しかしこれではまるで毛色が違う。清志たちのように複数の能力を持つエピックウェポンだというのだろうか。
すでに敵の術中、このようなタイプの能力にどのように対応すればいいのか清志にはわからなかった。しかしその思考もすぐに消し飛ぶことになる。
『死ねよ、死ね死ね死ね死ね!』
聞いたことのある声だ。当然だろう、それは清志の声だった。そこは小学校の図工室、授業の時くらいしか使用されない無人の教室だった。だからこそ、奴らには居心地の良い場所だったのだろう。木製の木の椅子を持った幼い日の清志が、健也とその仲間たちを殴りつけ、殺そうとしている場面だった。
『やめてください!』
両手を広げて清志に立つ少女がいた。聞き出したいじめグループの中にはいなかったはずだ。だが奴らをかばうのだ、同罪に決まっている。そう思って清志はためらいなくその椅子で少女を殴りつけた。机に体をぶつけながら倒れた少女の頭部から少なくない血が流れる。その後も教師たちにつかまるまで清志は健也たちに暴行を続けた。頭だけは狙わなかったと思う。意識が薄れて痛みが消えたら許せないからだ。何度も何度も骨が折れようとも殴り続けた。
以前の記憶を再生されているのだろうか、今見てもすっとする記憶だ。だがまだ足りないと思った。あいつらがこの世で生きていること自体おぞましい。聖のいるあの世に行かせるのも論外だ。ならば生死のはざまの煉獄で永遠に焼かれ続けてはくれないものかと何度夢想したことか。
「てめえが殴り飛ばしたちびの女がいただろ?あれは俺の妹だ。」
「お前の?何言ってんだ?別の小学校だったじゃねえかよ。」
「親が別居してたんだよ。ろくでもねえ理由でな。名前は
「だから何だ?復讐のつもりかよ?奴らをかばった時点で同罪だ。」
「かばったらなぜ同罪なんだよ。何のためにそうしたのかてめえにはわかんねえのか?」
「知るかよそんなこと下らねえ正義感だろ。」
その言葉を聞いて了司の顔はゆがんだ。奥歯をかみしめ怒りを抑えながら言葉を続ける。
「桑田聖の自殺は事故と片付けられた。てめえが知っている通りな。無罪放免になった健也たちがそれでおとなしくなると思うのか?次の標的は誰になると思うよ?」
「だから洋子になったんだろうが!聖と一番仲が良く危険だから。」
そうあの場所は健也たちが人目を隠れて標的をいたぶる拷問部屋だったのだ。弱みを握り呼び出しいじめる。俺はその現場に突入し制裁したのだ。
「楓は洋子を守るためにあの場にいたんだよ。少しでも楽になるようにとあの下種共の攻撃からかばっていたんだ!」
「は?」
なぜいじめグループでもないあの少女があの場にいたのかなんて考えたこともなかった。だとしたら俺は…そう考えてその考えを振り払う。
「そこにいもしなかったお前になんでそんなことが言える?」
「たった一人の妹だ分かるに決まってんだろ。…そしてこの能力がある今、確信している。だから考えてみやがれ、なぜかばったのか?」
何を言えばいいのかわからなくなってしまった。言葉に詰まる清志に了司は畳みかける。
「てめえを!てめえを犯罪者にしないためだろうが!あんな奴らのために手を汚させるわけにはいかないってよ!それが下らない正義感だとてめえが言えた口かクソが!」
「違う…違う俺は!」
「あれから楓は壊れちまったよ。この数年人前にも出られない、話すことすらできねえんだ。てめえのせいでな!」
「ぐあっ!」
「てめえを気遣い守ろうとした、その心すら理解できない!差し伸べられた手を無慈悲に叩き潰した!憎しみに駆られて善悪の区別なく殺そうとするその精神、殺人鬼以外の何物でもねえだろうがよ!」
言い返そうとする清志に了司は容赦なく錫杖で攻撃を加える。首や胴体、足腕へ猛攻を受け反撃もできなかった。幻影が消え元の場所へ戻るも、何もできない。
「それを正義と勘違いしてるんだから始末に負えねえ。だから殺してやるよ清志。てめえは生きてちゃいけねえんだよ!」
刀も握れず両ひざをつく。これは立ち上がる気力のない、完全に屈服した姿だった。その姿を一瞥して了司は錫杖を振り上げる。
「
錫杖に業火が宿る。あの炎に無防備な清志が包まれればたちまち全身に回り死に至るだろう。それほどの火力だ。だが清志にはもうどうでもよかった。
「何のつもりだよ。」
「これ以上は許さないぞ。やりたきゃ私を倒してからにするんだな。」
無気力に顔をあげれば見知った背中があった。両手を広げて了司の前に立ちふさがっている。
「前に忠告したことも覚えてねえのかよ瞳ちゃんよ。」
「承知の上さ。もう一度言う。これから先は私を倒してからにするんだな。」
まっすぐ目を見てそう告げる瞳を、了司は冷酷に見下した。
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