第84話「形勢逆転」
『よし千歳、あの偉そうなクソガキに向かって撃て。』
「大丈夫なのそれ?」
『ただの閃光弾だ。それで死ぬならもはや笑いものだろう。』
「はあ、わかった。」
千歳の姿は以前ゲームアバターとして作成したキャラクターにも似たエルフチックな少女の姿をしていた。その手に持つ弓がエピックウェポンだろう。魔導王から渡された矢をつがえ、不慣れな手つきで引き発射した。
「あ…。」
初めて弓を使ったのだろうか、矢はヘロヘロとあらぬ方向へ発射される。しかし急にその軌道が変わったかと思えば、矢は加速し敵の元へと突進した。そしてある場所でさく裂し強烈な光が放たれた。
「ぎゃああああ!」
アンノウンや健也の悲鳴が聞こえる。強烈な光に目をやられたのだろう。その隙をついて念力のように浮き上がった森人たちが魔導王によって回収されていく。
『その弓は発射したものを目標へ追尾する魔術を付与することができる。その分魔力を消費するから威力をあげたいなら腕を磨く必要が有るが、なかなか面白いだろう?』
「問題は射程距離かな。二百メートルくらい?なら何とか当てられそうだけど、ライフルには及ばないかも。」
『…透明化も付けた。』
「これ?うん自分だとよくわかんないけど、全然見えないみたい。でも現代だと温度センサとかいろいろあるから見つからないのは難しいのかな。」
『そんなもの運用次第だ。』
「なんだか…怒ってる?」
『怒ってない。リズ、右方回収完了したさっさと蹴散らせ。』
『はーい…魔導王なんか拗ねてるのかー?』
『すねてない。』
魔導王の指示のもと、機械龍もといジャンクドラゴンの口に光が集まり、レーザービームのように発射される。その間抜けな見た目に反して強力なその光線は、当たった場所から爆発し、アンノウンたちを消し炭へ変えてゆく。
「なんだよ…なんなんだよこれはあああ!」
あまりに圧倒的な力に健也が悲痛な叫びをあげるのも仕方がないだろう。一瞬で形勢が逆転するその状況をククリを含む森人たちは唖然と見ていたのだった。
「ホーリーヒール。」
「悪い瞳。」
「…。」
癒しの光を放ちながら瞳はしばらくの間沈黙を貫いていた。洋子はいまだ気絶しているが、呼吸も正常で命には別条がないようだ。その状況に清志は気まずそうに唇をかむ。
「私は怒っているぞ。」
治療が終わると瞳は下を向きながらそう言った。
「感情的には驚きとか悲しさとか、そんなのばかりだ。でも怒るべきだと思うから怒ってる。それだけは言っておく。」
「うん。」
『終わったか?ならば次だ。あらかたは片づけたが残党を処理せねばならん。清志はそれに向かえ、瞳は洋子を連れてこちらへ帰還しろ。』
「…私は君にも怒っているぞ魔導王!いつも監視しているくせに肝心な時に役に立ってないじゃないか!」
『カバーしてやっているのだからありがたく思えたわけ者。逆に言えば俺がいなければあのような体たらくになったということだろう?ゆえに教訓が必要なのだ。お前たちを一生面倒見るなぞ、ごめん被る。』
「ぐぬぬ…反論しづらいけど一言多い…!」
『お前が狙っていたクソガキもまだ残っているらしいな。』
「ああ。行くよ。」
「清志君…。」
「決着をつけてくる。」
心配そうな瞳に背を向けて清志は歩き出した。
数百どころか線を超えるであろうアンノウンの軍勢、何か月もかけ集めた最強の軍隊であったはずだ。プレイヤーがいくら集まろうが数には勝てない。ただの一度も敗北はなかった。だというのに、この状況は何だ?間抜けな機械龍の一吹きでアンノウンの大半が消し飛び、たった一人のプレイヤーの雷撃でプレイヤーたちが戦闘不能に陥った。
「これも全部魔導王の力だっていうのかよ。ふざけんな!あの天使め!たった四人しかいないって言ったくせによおおお!あの雑魚い森人どもを殺せば俺は…!」
「健也。」
突如地面が大きく振動する。正確には健也が乗っていた巨大なゴーレムが崩れ落ちたのだ。あの機械龍の攻撃ではない。ゴーレムの体中に切られたのような傷が都が無数に表れ、崩壊を始めたのだ。
「嘘だろこいつはエピックウェポンでも破壊できない最強の…。」
崩れ落ち地面へ落下した健也が見上げるとそこには金色の騎士がいた。その青い目からはまがまがしい憎しみにまみれた赤い閃光が走っているように見える。その姿を見て健也は悲鳴を上げた。
「覚悟しろ。てめえは楽には殺さねえ!」
憎悪の色に支配された哀れな男はそのすぐ近くで見守る、同じ色をした男などきっと視界には入らなかったのだろう。刀を構え、走り出した。
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