第83話「狩人罠にかかる」

 森人たちに襲い掛かるアンノウンとプレイヤー、もはやそれを無視することはできない。目に映る敵を飛び回りながら撃破するが、その数は圧倒的だ。


「スパイラルブレード…。」


「くっ!」


 簡易的にため込まれた力がビームのような光となって清志を襲う。足場で跳躍する瞬間を狙われ、清志には避けられず左肩に直撃を受けた。苦痛に顔をゆがめ、地面へと激突する。洋子はそこへ接近しさらに追撃を加えた。操られているとはいえ、剣道部で好成績を収める洋子の太刀筋は清志といえども手を抜けるものではない。焦りが心の中を支配した。


「あ、いいこと教えてあげますよ先輩。俺の能力は支配、アンノウンや人間の行動や認識を操作するんすよ。馬鹿ならすぐできるんすけどある程度意志が強かったりプレイヤーだとちょっと面倒で、条件があるですよねえ。なんだと思いますww?」


 健也は清志の攻防を肘をつきながら眺め見下した。


「それは恐怖、心の底から恐怖した時完全に服従する。白夜先生が父親ってのは知らなかったっすけど、始末しといてよかったっすよ。次は殺すって脅したら簡単に落とせましたwww」


「スパイラルブレード!」


 洋子の高い防御力で防がれ、力がたまれば強力な攻撃で一方的にダメージを食らう。近接戦闘においてこれほどやりにくい相手だとは考えもしなかった。それ以上に敵対する可能性すら考えていなかったのだ。スパイラルブレードを受け、防具はボロボロになり、清志も膝をついた。刀を杖代わりにしなければ満足に立てもしない。


「つまり洋子ちゃんは裏切ったわけでも好きで戦ってるわけでもないんすよねえ。優しい先輩はそんな洋子ちゃんを傷つけるなんてえ、そんなひどいことしませんよね~wwwwぎゃははははは!」


 清志は自分の浅慮を恥じるほかなかった。健也に異界に引きずり込ませれば、あとは殺すだけ。なぜそんなことがうまくいくと思ったのか。相手のほうがより用意周到に自分を殺す準備を整えていた。罠にかかったのはこちらの方だったのだ。それに森人族も洋子も巻き込んでしまった。


「畜生…くそ…くそがああああ!」


 負け犬のように叫ぶしかない。変身して洋子を殺せば、森人族を見捨てればまだ健也に刃が届くかもしれない。そんなことを選ぶ覚悟なんてなかった。なんてみじめな話だろうか。聖を殺し、白夜を傷つけ、洋子を脅迫し支配した邪悪を目の前にして、また自分は無力な子供のままだ。何もせずできず、ウジの湧いた肥溜めのような魂の餌になることが自分の運命であったのだろうか。


「き…よし…ごめんな…にげ…。」


 大剣を振り上げる洋子の顔を見た。大粒の涙を流しながら両腕をこわばらせていた。敵の術中にいながらもあらがっているのだ。悪いのは無謀な自分だというのにこちらを気遣って泣いている。


「ごめん。ごめんなあ洋子。…お前は悪くないんだ。俺が…。」


 清志はこれは罰なんだろうと思った。どこまでも自分のことばかりで、周りをおもんばかることができない自身への罰だ。聖には悪いと思う。けれどもう万策尽きてしまった。これで死ぬというのなら地獄で懺悔するしかないだろうそう思い目を閉じた。


『飽きたな。もうよかろう。ほれ清志、次の段階に行くぞ。受け止めろ。』


「は?」


 急に頭に響く声、それに驚き目を開いた。大剣が振り下ろされることはなく、代わりにごつんと何かが頭から降ってきた。気絶した洋子が倒れてきたのだ。


『瞳、清志たちを回復しろ。皆夫は西方へ範囲攻撃。馬鹿どもの回収は俺がやる。』


 洋子を抱えあたりを見回すと、健也率いるレオニダスの軍勢のほかに、まったく別の存在がいた。煙で汚れた森人たちと皆夫と瞳、さらに健也が乗ったゴーレムと同じくらい巨大で間抜けな顔をした機械龍だ。


「な…なんでてめえが!」


『見つけた。』


 機械龍の上に立つ男は健也になど目もくれずどことも知れぬ場所を見て笑っているようだ。そして、こちらを視認して言った。


『少しは良い教訓になっただろう?短気は損気、感情だけでは世の中やっていけんということだ。これからは自重しろ。』


「魔導王!?」


『さっさと立て。面倒ごとは早期解決が望ましい。』


 窮地にこそ現れる、この時ばかりはあの悪魔のような男がヒーローに見えた。

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