第82話「レオニダスの侵攻」

 柳健也はいら立ちを募らせていた。この一週間、清志のクラスメイトと教師を掌握し、屈辱を与え続けてきた。だというのに、清志はいまだ答えた様子もなく反抗的な態度は変わらない。激昂して殴りかかってくればそのプライドが折れるほど叩きのめせるというものを。その上面倒なのは、皆夫と瞳の存在だった。あの男から聞いていた通り、エピックウェポンを所持する彼らを支配するのは今の状況では困難だ。心の支えとなってしまっている可能性が高い。三人とも潰しにかかるか、しかしエピックウェポン持ちを複数相手にするのは危険だ。


「もういいやめんどくさ。次に行こう。」


 幸い奴らが手を出すことはないようだ。この機会に、清志をさらに追い込むとしよう。健也は嫌らしく笑いながら、鞭を振るう。それに伴って彼の背後には無数のアンノウンが現れたのだった。


 その日夜も更けたころに、清志は健也に呼び出された。口約束での呼び出し、脅しも何もないそれは本来無視しても構わないだろう。健也がよほどの阿呆なのか、それとも清志が必ず来るという確信があったのかそれはわからない。しかし清志にとってこれは大きな好機だと思った。誰にも言わず、ただ家を出て健也が指定した場所へと向かう。この一週間で健也の性格は大方理解した。下劣で傲慢でそれでいて憶病。清志をいじめるときも常に一人ではなく数人の集団を形成して動いていた。陰湿なものから暴力迄、いじめの方法自体は様々だったが奴は周りが味方で囲まれていなければ大それたことはできない男だ。それが能力にも影響したのだろう。クラスメイトや教師の認識や行動を操ることができる。以前武たちが捕まえた催眠術を操るプレイヤーとも似ているが、強制力はこちらの方が低く汎用性は高いように見える。操作するための条件があるのだろうか。少なくとも皆夫や瞳が操作されていないことから、エピックウェポンを持つものを操作するのは通常より難しいのではないかと予想した。


「臆病で仲間をたくさん集めて、俺を徹底的につぶしたい。だけど自分が不利にはなりたくない。例えば操作できていない一般人に見つかってネットにさらされるとか。」


 夜道を歩きながら清志は笑う。きっと奴は俺と同じことを考えていると思ったからだ。悪事がばれず、犯罪にならず、思う存分いたぶることができる場所。もっとも簡単にそれが満たせる場所がここにはあった。


「マジで来たんだwwつーかジャージかよださwww」


 健也は中学にある大きな石階段の上で清志を見下ろしていた。彼の周りには案の定見知らぬ人間が取り巻いている。おそらく彼が操作しているプレイヤーだろう。


「んで何の用だよ。」


「敬語使えよゴミ。」


「敬意持てるような人間じゃねえだろ。」


「は?殺すぞ。」


「やってみろよ。」


 二人のにらみ合いが続く。しばらくして急に健也はにやけだした。


「冗談っすよセンパーイ。なにマジになちゃってんすかwww?今日は先輩と遊びたくって呼んだんすよー。ゲームしましょうゲーム。」


 健也はエピックウェポンであろう鞭を取り出すと、体が変化した。上裸で土気色のカッシウスをかぶるその姿は貧相なスパルタ兵に見える。


「やっぱりてめえがレオニダスだったんだな。」


 以前武がやったように世界が侵食されるように変化する。そして健也の後方には大量のアンノウンが現れた。周りは業火で燃え叫び声がやかましい。


「頑張ってくださいね先輩ww俺の軍と先輩どっちが強いかゲームしましょうww」


 健也は巨大で臼のようなゴーレムの上に乗り、こちらを見下す。彼が連れていたプレイヤーたちもエピックウェポンを起動し、清志の周りを取り囲んだ。


「手っ取り早くて助かるよ。レグルス!」


 清志もレグルスを起動し、敵へ向かって走り出した。


 プレイヤーとアンノウンが共闘し、自らへと襲い掛かってくる様子はまさにラスボスにでもなった気分だった。だが今はその感覚が心地いい。どんな戦い方でも許される気がしたからだ。シドとの特訓で覚えた剣術と足さばき、魔導王に言われた敵の観察と不意打ち、それらを駆使して清志は敵を次々と薙ぎ払い、同時に攻撃してきた敵同士を相打ちに誘導した。


「操作がお粗末だぜレオニダス!どんなに力と数があっても頭が弱けりゃ意味ねえな!」


 一点突破だ。すべての敵を相手取っても意味はない。健也に近づける必要最適減の敵を倒せばいい。そしてその首を今度こそ切り裂いてやる。やっとやっとかなうのだ。


「ふふは…はははは!」


 弱い弱いこの程度で俺を殺せると思ってんのか?ただ烏合の集まった砂上の楼閣じゃないか。弱くて醜いもの共の掃き溜めでしかない。お前をよく表しているよ。


 まるでゲームのように次々と敵をなぎ倒し健也の首をとるため突進した。狂ったように笑い声をあげる清志、しかしなぜかその眼からは涙がこぼれていた。何度も何度も敵を倒し遂にそこにたどり着く。健也はそれを見下しながら笑っていた。


「キモww」


「ぐっ!」


 健也の乗っていたゴーレムが清志を薙ぎ払った。ほかのアンノウンとは比べ物にならない力だ。さすがの清志も刀を地面に刺して少々後退した。


「え?」


 その時背中に何かがぶつかった。振り向いた清志はそれを見て絶句する。


「ノノ?」


 そこには血だらけで倒れた森人のノノがいた。その時ふっと我に返りあたりを見回した。炎で包まれていたのはアンノウンやエピックウェポンの能力じゃない。単純に燃えていたのだ。森が、エルフの森がだ。ココが異界のどこなのか、やっと清志は理解した。


「ずわんねんでしたあwww」


 その姿を見て健也は心の底からおかしそうに笑った。先ほど薙ぎ払った肉壁たちは既に補充され清志の前に立ちふさがっている。それがわかり切っていたかのような顔だ。まるで自分は本当に遊んでいるかのようだ。


「お前…まさか!」


「次のステージ頑張ってくださいねえ先輩ww次の相手はこ・い・つww」


「…は?」


 すでに清志の理解力は追いついていなかった。これは健也を返り討ちにして自分が復讐を終えるだけのはずだ。なのになぜ森人たちが襲われているのか。その上目の前で大剣を構える少女は良く知っている。


「洋…子、どうして?」


「ぎゃはははははwwww!」


 健也の狙いはエルフの森。清志との戦いはそのスパイスでしかなかったのだった。呆然とする清志の耳元に汚らしい嘲笑の声が響き続けていた。

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