第80話「地獄の始まり」

 目の前にいるのは妹の仇。何度殺してやろうと思ったか最早数えることすらできないほどの邪悪の化身だ。それを妨げる了司すら清志には憎悪の対象であった。


「手えどけろよ了司。どういうつもりだ。」


「…。」


「どけろ、さもねえと殺すぞ…!」


 清志の瞳には憎悪しかなかった。しかしその憎しみにあふれた目でにらまれるも了司は眉一つ動かさない。


「やってみろよ。やれるもんならよお。」


 了司の腕を振りほどこうと、清志が力を込める。その時、腹部に強烈な衝撃が放たれた。清志がまさに殴りかかろうとした男、柳健也が蹴り飛ばしたのだ。清志は後ろの机を巻き込みながら倒れ込んだ。みぞ打ちに入ったせいで呼吸もままならない。


「ぎゃははウケる!何殴りたかったの?できなくて残念でした~www!」


「…かっ…はっ…。」


「雑魚のくせに調子乗んなよ。なあ!」


 健也は清志の頭部を踏みつけ高笑いをあげた。


「何やってる!?」


 教室のドアが開かれ担任の白夜が怒鳴りはいった。どうやら騒ぎを見た女生徒の一人がよんできたらしい。


「すんませーん。なんか遊んでたら先輩ころんじゃって~そそっかしいっすよねー。」


「く…!」


 清志は言い返そうとするもいまだ言葉を発することができなかった。了司は何も言わず目をそらす。


「私見てました。清志君がつまずいて転んでました。」


「俺もみた。」


「俺も俺も。」


 清志はその状況に驚く。なぜかクラスにいたほとんどの人間があの状況を見ていたにもかかわらずただ清志がじゃれて転んだだけだと主張し始めたのだ。そして健也はまたいやらしく笑う。


「…盛大に転んだらしいなあ。清志一応保健室に行くぞ。ほかは次の授業までに机を直しておけえ。」


 白夜はそれ以上何も言わず倒れ込んだ清志を立ちあがらせる。破れた教科書や清志の制服の不自然な汚れを一瞥すると保健室へ連れて行った。


「昨日転校してきた泉健也だったかあ。前の中学じゃあどうだか知らないが、うちは染髪は禁止だ。明日までに黒に染め直しておけよ。」


「マジすか~。へー。」


 白夜はそう言い残して教室を後にしたのだった。


「…邪魔だなあの教師。」



 清志は白夜に保健室に連れてこられると、体についた汚れをはたいて落とされた。


「白夜…俺は…。」


「白夜先生だあ。わかってる。なかなか面倒くせえ状況みたいだなあ。」


 怪我している場所はないかと確認した後、白夜は保険医が本来座っている場所に腰掛け行儀悪く頬杖をついた。


「清志、あいつあ急に転校が決まって昨日こっちに来た。接近禁止と暗黙の了解があったはずだがあ…所詮は口約束だ。お前もいろいろ言いたいことはあるだろうが…。」


「…。」


「絶対に手えだすんじゃねえぞ。次問題を起こしたら、ここにいられなくなる。お前の父親や入院している母親にも迷惑がかかるう。わかるな?」


 清志は唇をかみしめ何も言うことができなかった。その様子を見てため息をつくと、白夜は清志の頭を撫でた。


「必ず何とかしてやる。しばらくはつらいだろうが、我慢しろお。」


「わかってる。何にもしねえよ。」


 少年法により健也は罰せられることもなく前科もつかなかった。人を殺したというのにだ。そして悪びれもせず現れ、こちらを見下ろした。教室に帰る間、清志は笑っていた。あのクラスメイトの不自然な挙動、当然のように虚偽を吐き健也をかばった。清志がクラスで孤立しているとはいえ、クラスメイトのほとんどが清志を貶めようとするだろうか。答えは否だ。それを可能とする方法は清志が思いつく中には一つしかない。エピックウェポン、健也もあの異界のプレイヤーであるというのなら、


「異界で殺人は罪じゃねえ、だって法律もねえもんな。誰も困らない。あの場所であいつを殺しても…。」


 その時の清志の顔をほかの仲間には見せられたものではないだろう。くすぶり続けた憎悪を開放できる喜びに清志は心を満たしていたのだった。


 そしてその日、白夜が病院へと運ばれた。

 

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