第76話「二人の村長候補」

 清志と皆夫はククリが修行をしているという演習場へやってきた。ここは以前清志たちがマナブースターの練習に使わせてもらった広大な台地で、多少地面がえぐれてもしばらくしたら元に戻る変わった性質を持つ場所だ。そして二人が見たものは凄惨な光景だった。


「うひゃああああ!」


「坊!逃げてばかりでは鍛錬になりませんだ!ほらただの木の棒です!向かってきなさい!」


「木の棒だって叩いたら痛いべ!やっぱり怖いだよ!」


 守衛の一人でありククリの修行相手であるココから全力で逃亡する無様なククリ。その姿は平安の祭祀のような装束で、魔導王からもらった新しいエピックウェポンであることがわかる。その武器はほこのようで、彼の衣装とよく似あっている。


「うわあ。」


 しかし情けない姿だ。クルルから少しは自覚が云々という話があったが、それが幻想出会った気がしてきた。しばらくは声をかけず、二人の様子を見守ることにしたのだった。



 一方瞳と洋子は別の場所に向かっていた。クルルの話では彼女は時折その場所で一人過ごしているのだという。神樹から少し離れた森にある、水面が鏡のように美しい池、その傍らにある横に伸びる不思議な樹。そこに腰掛け笛を吹く、黄緑色の瞳とベージュの髪をした美しい童女。彼女とその場所はまるで絵画のように様になって見えた。


「君がキララか。」


「貴女はククリ様の…何か御用ですか?」


「私はアイと呼んでくれ。こっちは友人の洋子アカツキ。少し話をしたいんだがいいかな?」


「構いません。」


 キララは極めて淡々と機械的に応対しているように見えた。洋子は少しとっつきづらそうだと顔をしかめるも、瞳は笑顔を絶やさず彼女に話しかける。包み隠さずクルルから村のいさかいについて聞いたことを語り、キララについて知りたいと話した。


「私について語れることなどありません。」


「そ、そうなのか?」


「好きなことでも何でも良いのですよ。いざとなったら今日の朝食でもいいです。」


「朝食はウドのおひたしと七草がゆ。好きなことは…笛と森を眺めることでしょうか。」


「ウドってあの苦い奴ですか?私あれ苦手なのですよ。」


「苦い奴ではありません。あの香りと甘みを理解できないのでしたら、舌を取り換えた方がよいでしょう。」


「むん…。」


「少し調子出てきたな、笛ってその手に持ってるものか?もしよかったら…。」


 こうしてキララとの会話が続いた。



 ククリの鍛錬も一度休憩ということとなり、ココはぐったりと木製の椅子に座り込んだ。いろいろな意味で疲れているらしい。


「なんつーか。お疲れ。」


「清志殿。お久しぶりですだ。ここにいらっしゃったのはまた鍛錬に?」


「いや今日は別。クルルから話を聞いてククリを見に来たんだよ。」


「坊を。…あの方はどうにも臆病で、今日も一撃すらうってこなかったですだ。攻撃するのもされるのも怖いといった様子で。…その上…。」


「ココの攻撃も当たらねえと。正直回避能力だけなら滅茶苦茶すげえよあれ。」


 ココがククリに接近しようものなら彼は一瞬で個々の視界から外れ遠くに逃げていた。遠目から見てもそれは一瞬の回避。目測半径二十メートル以内であればククリはどこにいようと一瞬で別の場所に瞬間移動できるようだった。ココがどのように策を講じても、完全に回避に回るククリをとらえることはできなかった。


「このまま逃げ足だけ磨いてもどうしようもないですだ。蜘蛛女の時はあんなにも勇敢でしたのに…。俺もどうすればいいか悩んでいるんですだ。」


「うーむ。確かに…。」


 あの瞬間移動に対応して攻撃できるか、清志にも自信はなかった。おそらく連続で移動するにもクールタイムはあるだろうし、タイミングがつかめれば何とかなるのだろうか。そう考えていると皆夫が声をかけてきた。


「ならさ、清ちゃんこんなのどう?」


「ひいいいい!」


  演習場を見るとククリが分厚い竜巻たちに囲まれ震えていた。ククリが瞬間移動できると予想される限界距離まで厚みのある竜巻の壁は、彼を絶対に逃がさない要塞と化している。


「逃げられなければしっかり鍛錬できるもんね。逃げたら死んじゃうわけだし。」


 笑顔でそうのたまう皆夫に若干の恐怖を覚える清志とココであった。




「それではもう時間ですので。」


 キララはそう告げると立ち上がった。長い間話に付き合わせてしまったことを洋子が謝罪すると彼女は構わないと毅然とした態度で答えた。幼い見た目に反してとても大人びている。ククリとは正反対だと思った。


「最後にひとつだけ教えてくれないか?ククリについてどう思ってる?」


「…ククリ様にですか。」


 キララは口元に手を当てながら少々考えるしぐさをとるとため息をついていった。


「あの方には覚悟がない。人として最も必要なものがない。ですので長になるのは私でしょう。あの方はふさわしくない。」


「そ、そうか。」


「それでは失礼いたします。」


 キララは一礼するとそのままその場を離れた。残された瞳と洋子は困った表情を浮かべる。


「どうしよう。反論できない。」


「…べつに彼女が村長でもよいのではないでしょうか?正直。」


 うーんと二人で首をかしげるのだった。

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