第75話「神樹の魔法使い」

 森人たちはまさに森と共に生きる種族だ。水も食料も家具も服も彼らの生活を構成するすべてが森から供給される。現世であればその循環を成立させるエネルギーは太陽からくるものと考えていいだろう。一方森人たちのすむこの森はそのエネルギー源がまったく異なる。この森は神樹と神樹の魔法使いによって成立しているのだ。


「この樹が神樹、ククノチ様だ。」


 クルルに連れてこられた森の奥、そこにはククリたちの家などとは比べ物にならないほど巨大な樹が合った。もしそれを表現するのなら世界樹、この世界全てを支え理解しているようにすら思える巨大さと美しさを持っていた。


「これ以上近づいちゃだめだ。体が崩れてこの世にはいられなくなる。」


「あ、…よかった危うく近づいちゃいそうだったよ。」


「私もです。本当にきれいで…。」


 無意識に手を伸ばして触れたくなる、そんな魅力がそこにはあった。クルルの話を聞いてまるで食虫植物に食われる虫になった気がした。


「ククノチ様はおらたちの村を守り、恵みをくださるありがたい樹だ。んでもククノチ様の力を十分おらたちの森にいきわたるには、ククノチ様に認められた御子がいないといけねえだ。」


「それが神樹の魔法使いか。」


「そうだ。おらとククリの父親はその魔法使いでこの村の村長だっただよ。」


 ククリとクルルは代々神樹の魔法使いになる家系で、特に魔法と人格に優れたものが村長に任命されてきた。しかし二人の父親は病で早くに亡くなり、クルルは魔法を使えることができないのだという。


「それであのおじいさんは…。」


「ということはいま村長になれるのはククリさんだけってこと?」


「…いんや。それが問題なんだよ。」


「あーやっぱりか。」


「分かったのかい清志君?」


「つまりあの爺の勢力に別の魔法使いがいるってことだろ?村長になりえる存在が別の家系に二人、その椅子取りゲームってわけだ。」


「清志ちゃんは本当に頭が良いだね。何でもお見通しだ。」


「ちょっと待って確かにさっき予想外して躍起になってたけどさ、そういわれるとむしろみじめになる!」


「本心だよ。キキト老の孫娘、キララはククリと同じ魔法使いだ。ククリは頼りねえから、不安に思うものも多いだよ。」


 幼いながらも秀でた魔法の才能を持つというキララを次期村長として推すものたちも多いという。一方従来の村長の一族を押す村人たちとの間で関係は悪化し、今も険悪な雰囲気を放っているようだ。


「おらとキララが実は取り違えられた子供であの子が本当のククリの兄妹なら話は少し速かったんだけども、時期が違いすぎるからなあ。」


 そんな笑えない冗談を言いつつ、クルルの表情は暗かった。村という閉鎖された空間でいさかいが続いていれば無理もないだろう。


「今ククリは魔法と魔導王様が授けてくださった…神器の修行をしているだ。何よりもまず鍛えないとならねえ。村人が襲われてからあの子もちょっとは自覚が出てきたみたいだ。」


『俺がくれてやったのは神器ではない。誤解の招く表現をするな。』


「ひょあ!?魔導王様!?」


 突然聞こえてきた低い男の声、案の定会話を盗み聞きしていた魔導王の声だ。驚いたクルルは変な悲鳴を上げて飛び上がった。


『俺がやったのは魔術を駆使して作り上げた魔道具に過ぎない。神器とは全く異なるものだ。二度とそのような脚色をするな。』


「も、申し訳ありません!」


 まさに紫電一閃といった勢いでクルルが土下座をした。この村にも土下座の文化があるらしい。クルルは魔導王を深く敬愛している様子だ。そのような言い方では彼女に余計な心労を書けるだろうと清志は眉を顰める。


「それだけ大事にしてくれているってことだろ?別にいいじゃねえか。」


『本物の神器と渡り合えると勘違いする間抜けが出たらどうする?誤解を招く表現は避けるべきだ。』


「神器って本当にあんの?」


『ああ。お前たちもいつか見ることがあるだろう。』


「それにしたって言い方がですね…。」


「私たちのことを思ってそんな配慮まで…イカすだ~。」


「…まあクルルがいいならいいんだけど、もうちょっとチクチク言葉は控えた方がいいぞ魔導王?」


「チクチク言葉って…。」


『…ククリの鍛錬に必要ならこのガキどもの半分くらいは貸してもいい。好きに使えクルル。』


「は?」


 そう言って魔導王との通話は切れてしまった。清志たちの目は点になる。


「魔導王様…ありがとうございますだ!…本当に何でもお見通しだ~。」


 魔導王をほめたたえながら喜ぶクルル。もちろん清志たちはクルルたちに協力するつもりだ。友人が困っているのなら力になりたいと思うのは当然、しかし知らないうちに魔導王の好感度稼ぎに利用されていた。


「「「「…釈然としない。」」」」


 口にこそ出さなかったが、その思いがぬぐえなかったのだった。

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