第69話「人さらい」

 その日はとても熾烈な戦いだった。シドが用意した多種多様な競技で全員が互いに全力で戦ったのだ。それもそのはず、優勝し海の覇者の称号を手に入れたものにはシドから賞金十万円が贈られるというからだ。中学生にはまったくといっていいほど縁のないその大金に目がくらんだ清志たちは、吊られたニンジンへと走る馬のように激しく争ったのだ。遠泳やビーチバレー、西瓜割、大食いここがとある場面で才能を見せ、笑いあり涙ありの接戦を繰り広げたのち、現在に至る。勝ち残った清志と瞳は最後の戦い片足立ちのケンケン相撲のさなかであった。足場の悪いビーチで片足で立ち、特別ルールとして押し相撲のように相手を押してバランスが崩れた方が負けるのだ。すでに開始から十分以上がたち両者ともに疲労の色が見えるが一向に譲る気配はない。


「まさか最後の相手が瞳とはな。まさかここまでの実力者とは…。」


「君は知らないみたいだけど、私はこれでも体育は得意なんだぜ。清志君二だって負けないくらいに!」


「おっと、そう簡単にいかねえよ。勝つのは俺だ!」


 二人の攻防を皆夫たちはラムネを飲みながら観戦していた。リズに至っては西瓜割で余った西瓜をほおばっている。


「すごい駆け引きだ。押すと見せかけては引き、引いた瞬間さらに圧をかけて相手の精神を消耗させる。まさかこんな戦いが見られる日が来るなんて!」


「はい、なんだか皆夫が妙にキャラが違くなってる気がするのも含めてすごいのです。」


「これだけ長時間の片足立ち、その上あの砂浜が足場なら二人とももう限界は近いはずだ。勝負は一瞬で着くはずだよ!」


「リズ、トイレ行きたいなら我慢しなくていいから行ってきて。別に付き合ってみてなくていい。」


「うーわかった。行ってくる―。」


 膠着状態が続く中、清志は一瞬見えた瞳の隙を見逃さなかった。意識がほんの一瞬ゆるみ手が下がったとき、その手こそが致命的な弱点となる。


「もらった!」


「甘い!」


「なに!?」


 しかしそれすらも瞳の作戦であった。まさに後の先、自分が圧倒的有利と感じているときが最も油断しているときなのだ。清志の一撃は瞳の手に届くことはなく、一気に後ろへ体をそらしよけきったのだ。清志は体勢を立て直すためにさらに隙が生まれてしまう。


「ふふふ!これで終わりだああ!ってあひゃあああ!?」


 ここで瞳が一撃でも清志に入れることができたのなら、そのまま彼女の勝利であっただろう。しかし彼女は完全に自らの体幹の限界を失念していた。体を覆いくそらしすぎたがゆえに、片足では踏ん張り切れない状態になってしまったのだ。完全に体勢が崩れ、重力によって体が地面へと落ちていく。


「危ない!」


 とっさに清志は瞳の手をつかみ、そのまま二人して倒れてしまった。ビーチの砂ぼこりが舞い、それが収まると二人は互いの安否を急いで確認した。


「ご、ごめん清志君!大丈夫かい!?」


「俺は大丈夫だよ。瞳のほうこそけがは…。!?」


 そこでやっと二人は自分たちの状況に気が付いた。瞳をかばった清志は彼女の下敷きになってビーチの砂浜に倒れ込んだ。その時偶然にも瞳を抱きしめるように倒れたのだ。二人は完全に理解して赤面した。すぐに逃げるように離れると小さな声で言った。


「わ、悪い。」


「こちらこそ…。」


「青春だなあ。」


「ですねー。」


 シドと皆夫はそれを生暖かい目で見ていた。洋子は何か言いたげだったが、とりあえず二人の元へ行き、けがの有無を聞いている。そんな様子をなんということもなく千歳はただ見ていたのだが、そのせいで背後の存在に気づきもしなかった。


「むむぐ!?」


 巨大な手で口を押さえられたかと思うと、屈強な腕で体を拘束されうごくことができない。


「なーはっはっはっはっは!ついに捕まえたぞ!日本の美少女ちゃまを!」


「「「「!?」」」」


 その声に清志たちも驚き振り向いた。そこにはガスマスクを身に着け千歳を拘束する大男と昭和の女悪役がつけていそうな目隠しマスクとセクシー寄りの水着をつけた背の低い少女?だ。少女は高笑いをあげる。


「これでこの国に用はない!帰るぞ怪人マツルス!」


「シュコー…シュコー…。」


「むー!ムームー!」


「てめえ!千歳に何を!?」


 清志が叫ぶと同時にシドは人には決して出せないスピードで跳躍し、どこからか取り出した剣で怪人と呼ばれた大男に切りかかった。清志たちがエピックウェポンを使っていたとしても目で追えるかどうかというスピード、それがこの状況がいかに危機的かよく表していた。


「マジかよおい。」


 シドの高速の一撃を怪人マツルスは右手でつまむように受け止めた。まるで紙飛行機を手でつかんだかのようだ。そしてマツルスはシドの腹部にだけ気を入れた。シドはその一撃で吹き飛ばされ、砂浜を削り倒れ込む。口からは血がにじんだ。


「馬鹿め!吸血鬼の眷属風情が我が怪人…ま、っま…マッスルに勝てるわけがあるまい!これにておさらばだ!」


「シュコー…シュコー!」


「まて!」


 マッスルではなくマツルスが砂を踏みしめると周りの砂が延泊のように立ち上った。清志たちはエピックウェポンを起動するが、周りが見えるようになることには跡形もなく、消えていた。突然現れた人さらいになすすべもなく、千歳を連れ去られてしまったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る