第68話「海水浴」

 江の島旅行二日目になった。今日の予定は海水浴、チャレンジはお預けとなり、全員で海に繰り出した。


「畜生シドの奴なめやがって。」


「まあまあ、コンビニ飯は昼食だけらしいしいいんじゃない?」


 清志たちがチャレンジ延期となった理由は、二人の実力ではこのままスーパーマンの難易度を行ってもクリアが難しいと判断されたためだ。今日の夜それに代わるチャレンジを用意するから、しばらく遊んでいいといわれたのである。清志からすれば遺憾なことであったが、皆夫は海水浴ができてうれしそうだ。


「清ちゃんまずはスピード勝負と行こうよ。あのロープ迄泳いで先についた方が勝ちでどう?」


「皆夫は水泳得意だもんな。いいぜ、罰ゲーム何にする?」


「えーどうしようかなー?」


 勝負勝負と楽しそうに話す二人を何やらいぶかしげに観察する子供たちがいた。瞳と洋子である。


「やっぱり…。」


「仲良いですね。」


「「じー。」」


 清志と皆夫は異様な視線の気配を感じたのか一瞬ぞくりと背筋を震わせるが気にしないように準備運動を始めた。


「瞳先輩たちなんか変だぞ。」


「うん。まあしばらくほっとこう。」


 二人が清志たちをいぶかし気な目で見つめる理由は昨夜までさかのぼる。のぼせたリズを部屋まで送り届けた瞳たちは、夕食の時間まで部屋で雑談をしながら休憩することにしたのだ。麻里佳が雑誌を読みながらくつろぐ横で三人はたわいのない会話をしていたのだが、そんな中で清志たちの話題が上がった。


『せっかくみんなで旅行に来たっていうのにさ、清志君たち二人でゲームしてなんだかなんだよなー。』


『男の子たちの間ってなんだか入りにくいところありますよねー。あの二人は特に仲いいのです。』


 清志と皆夫はこの旅館にあった小さなゲームセンターにあるカーレースゲームに夢中で一緒に遊べないことが二人には不満だった。しかし彼らの仲良くゲームをする様子はとても楽しそうでとても邪魔する気にはなれなかったのだ。そんな話が出たとき千歳がとんでもないことを言い出したのだ。


『そういえばあの二人って付き合っているって噂ありますよね。』


『付き合う?まあたしかにいろいろ付き合ってるよな。ゲームとか。』


『そうですねー仲良いですもんねー。』


『いやそうじゃなくて、恋愛として付き合ってるって噂が。』


 そこで場が凍り付いた。


『ははは、何を言っているんだ千歳は。そんなことあるはずがないだろう?』


『そそそそうですよ。二人は親友ですけど同性なのです。』


 乾いた笑いを浮かべる瞳と動揺する洋子。二人の必死の否定に対して千歳はとても純朴な顔で言った。


『あくまで噂です。でも古来から同性愛というものは存在していますし、最近の社会から見てもおかしいものではないのでは?』


 その言葉に瞳たちはだらだらと温泉に入ったばかりだというのに冷や汗を流した。麻里佳は雑誌を見ながらも苦笑いが隠しきれていなかった。


『ま、まーさかそんナーなー。』


『そーそーうなのですーよー♪』


 千歳の前ではそう言って話を流した二人であったがその頭の中にはその疑念が生まれてしまったのだ。二人はまさか本当にそういう関係なのでは!?そうして現在まで戻ってくるわけである。


「先輩も洋子も分かりやすいというか、…ていうかなんでそんなことに興味あるんだろう?所詮ただの噂なのに。」


 身内ネタとして話題を提供したつもりであったのに変にこじれてしまった気がしている千歳であったが、おそらく真実がわかるまでどうしようもないだろうと放っておくことにした。海に入る前に準備運動をしていたのだが、ともに体を伸ばしていたリズはどこか憂鬱気であった。


「はあ。」


「どうしたのリズ?具合悪い?」


「え?いいや悪くないぞ!ただ…魔導王どっか行っちゃったからどうしたのかって…思って。」


「あー。」


 今日の朝魔導王に海水浴へ行くことを伝えられたのだが、そのとき彼は二人に言った。


『今日はシドについて行け。あれが保護者係だ。まああれがいれば海に流されることもあるまいが、万が一何かあればお前たちにやったブレスレットで連絡しろ。』


『魔導王は海行かないのか?』


『ああ。別に用がある。』


『なら私もそっち行くー。』


『駄目だ。』


『なんでさー。』


『予定というものがあるのだ。狂わされてはかなわん。なに夕方には戻る。それまではガキ同士で馬鹿なことをしていればいい。其れも経験だ。』


 などと訳の分からない理由でおいていかれたわけである。リズは本当に魔導王になついている。おいていかれた子犬のようにしょんぼりとしていたのだった。


「はあめんどくさい。」


 しかし一応友人であるリズに一日中個の顔をされては困る。なんとか調子を戻す方法を思案する千歳であった。



「おお、全員そろってるな。よーしみんな集まれ!」


 少し遅れてシドがやってきた。清志たちを呼び寄せるとほほーうと特に女子たちをまじまじと見た。


「どうしたんだよシド?」


「なんか視線がいやらしいのです。」


「兄さまこれから何かやるのか?」


 シドは二ヘラと笑うと顎に手を当て二度うなづいた。


「いやーみんな将来性抜群じゃあねえか。スク水だけだが、それもなかなか。惜しむべくは千歳以外胸の厚みが…。」


「あ、先輩これどうぞ。」


「なんだこれ?銃?」


 つらつらと話し出すシドを無視して千歳は瞳にあるものを渡した。黒銀といった色合いに青い蛍光色のラインの入った拳銃のようだった。


「護身用にってもらいました。シドさんにセクハラされたら迷わず打つようにって。銀の弾丸が発射できる追尾弾搭載の拳銃だそうです。」


「もう撃っていいんじゃないでしょうか?」


「撃つか。」


「ちょちょちょ待ってそれはシャレになんない。ごめんごめんって!」


 銀といえば吸血鬼の弱点としてとてもメジャーなものだ。太陽の下でもへっちゃらなシド相手にそれがどれほどの効力があるのか定かではないが、彼の慌てようから察するに割と効くのかも知れない。しかし銃なんて危険なものをポンと女子中学生に渡していいものなのだろうかと、自分が刀をもらっている分際で清志は魔導王のうかつさを内心嘆いた。もうセクハラをしないと約束したシドはこほんと咳払いをしてから話を元に戻した。


「さて、今日は新しいシドさんチャレンジを用意したぞ。名付けて「チキチキ海の覇者はドイツだ個人対抗戦」!」


「まーたなんだかあほっぽい…。」


「もう慣れたけどね。」


「豪華賞品目指して頑張ってくれたまえ少年少女?」


 やはり優雅な海水浴とはいかず、熾烈な戦いへと誘われる清志たちなのであった。

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