第67話「温泉」

 江の島のシーキャンドルを観光した後、ホテルへ行くことになった。夕食前に温泉に入れということらしい。部屋割りは清志、皆夫、白夜の男組と瞳、洋子、麻里佳の女組、魔導王、千歳、リズが同じ部屋となっている。シドは一人だ。魔導王が同室になることを断固拒否したとかなんとからしい。ホテルの部屋は洋風で、ベッドも大きく高級感のあるものであった。


「なあ、私たちは今日で人生終わりだったりするか?」


「何いきなりとんでもないこと言いだしてるんですか!?」


 その部屋を見た途端瞳は体を震わせてそう言った。瞳の人生においてこのような高級そうな部屋に停まるなどという経験はなかったため、人生最後の慈悲なのではないかと思い始めていたのだ。どうにも尋常じゃないので洋子が説得を行っていると、麻里佳が荷解きを済ませやってきた。


「とりあえず温泉に行きましょうか。六時までに集まらないといけないし、その方が余裕があるわ。」


「温泉…温泉!」


「分かったのです。でもちょっと瞳がおかしいので、どうすればいいでしょうか?」


「そうね、着替えだけ持ってそのまま連行するのが一番手っ取り早いんじゃないかしらね。」


「結構強引ですね!?」


 その後千歳たちを呼びに行き、五人で温泉に向かった。温泉は洞窟をそのまま流用した少し変わったもので、水深が深く子供である洋子たちには座って入ることが難しいものであった。しかし暖色のライトで照らされた洞窟風呂は、麻里佳でさえ初めての経験だ。全員がその風景を堪能していた。


「はふう。」


「ちょっと熱いのですー。」


「足からゆっくり慣らしていけば大丈夫よ。」


 瞳はすぐ温泉に順応し、肩まで使って極楽といった顔をしている。一方洋子や千歳は熱めのお湯に悪戦苦闘しながら麻里佳の助言のもとにゆっくり入った。ようやくひと段落し全員が温泉に入ることに成功した。


「麻里佳さんはお父さんと結婚するつもりなのですか?」


「え!?いや、その…。」


「別にごまかさなくていいのですよ。麻里佳さんも独身ですし、お父さんも…お母さんをなくしてから結構たつのです。」


「…そうね。確かに隠しても仕方ない事かも。」


 何やら二人だけのシリアスな雰囲気がしてきたので、そっと空気を読んで瞳は千歳たちの元へちゃちゃを入れに行った。


「麻里佳さんならとっくに結婚していそうなのに。お父さんのどこを好きになったのですか?」


「結構ぐいぐい来るわね。…順序が逆かな。こういう話をしていいのかわからないけれど、そうね仕方ないわ。私はね、昔白夜とは恋仲だったのよ。幼馴染で職場までずっと一緒だったくらい。私が引っ付いていただけだけどね。」


 洋子は岩壁に取り付けられた灯りを眺めながら「そうですか」とつぶやいた。


「でもあの人、ずっと仕事一筋でまじめで私じゃついていけなかったのよ。やりたいことができたからって、別れてそれから私はずっと海外暮らし。結婚するって連絡も無視してたくらい。其れから何年もたって、あの人の職場で大きな事故が起こったってニュースを聞いた。そしたら急に怖くなって、後悔したの。どうしてあんなことしちゃったんだろうって。あの人の無事を知ったのも本当に最近で、それで来たの。」


「分かったのです。」


「もちろん洋子ちゃんが嫌だというならあきらめるわ。私のただのわがままだもの。」


「別に嫌ではないのですよ。麻里佳さんがいい人なのはわかっているのです。そういうのはお父さんと決めてください。私は大丈夫なのです。」


「…洋子ちゃん。」


「ただ私は…お母さんのことも大好きだったので、それだけなのですよ。」


「そうね。あなたのお母さんは一人だけだわ。」


「こういう話は家じゃなかなかできませんからね。話せてよかったのです。」


「洋子ちゃんなかなか男前ね。ふふっ大人になったらモテモテかも。」


「それはあんまりうれしくないのです!」


 全くもうと洋子は瞳たちのいる湯船に行ってしまった。それを眺めて麻里佳は少し緊張がほぐれたように微笑んだのだった。


「む、胸を揉まれた!?」


「はい。当然のように触ってきて、別に異常はないな。みたいなこと言って本当にデリカシーがないんです。」


「どうしたのですか?」


 瞳たちはなにやら魔導王のことで盛り上がっていた。洋子が千歳に質問すると、別にと何も言ってくれないので瞳が事のあらましを教えてくれたのだった。なんでもゴールデンウィークに千歳たちは魔導王とともにカピバラを見に行ったそうだが、その旅館で千歳は魔導王に胸を揉まれたらしい。それを聞いて洋子は真顔になった。


「事案じゃないですか。通報しておきましょうか?」


「別に、ただ私の胸は変だから温泉に入りたくないって言ったら…ただ人より大きめなだけだってそういう話。」


 千歳は顔を赤くしながら恥ずかしそうにそっぽを向いた。つまり千歳は自分の胸の大きさがコンプレックスで人に見られたくないと魔導王に伝えたところ、確認されて問題ないといわれたということらしい。


「確かに…大きいな。」


「…はい。同い年とは思えない。」


「あんまり…見ないで。」


 瞳と洋子は自らの胸と千歳の胸を比べてため息をついた。千歳の発育は二人よりもだいぶ進んで見えた。


「ところでリズ、さっきからおとなしい…って大丈夫か!?」


「あついー。」


「真っ赤じゃないですか!」


 やたらおとなしいと思っていたらリズは完全にのぼせ上っていた。話は中断され瞳たちはリズを急いで更衣室へ運ぶのだった。

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