第66話「二足の草鞋」
江の島の砂浜は多くの鉄分を含むらしく少し黒ずんでいる。人によってはその色を敬遠するものもいるが、多くの人々に親しまれた砂浜である。
「さてさてさて、じゃあ第二ラウンドと行きますかね。」
シドは砂浜をサンダルで歩いていたかと思うと、そのまま海に向かって歩き始める。それに千歳たちは首をかしげたが、彼は不思議なことに海の上を歩きだしたのだ。どこかの鳥やトカゲのように足を高速回転させているわけではなく、ただ普通に速さで会場を歩行しているのだ。
「な、なにあれ!?」
『行くぞ。別に大したことではい。空中と同等の屈折率と透過率を持つ床があるだけだ。』
千歳が恐る恐る海の上に足をのせると、木の板のように少し弾んだ硬い床の感触があった。本当にただ見えない床があるだけだったのだ。
「こっちはその原理じゃないんだよなー。魔導王分かる?」
『単純に記録した映像を出力しているだけだろう?むしろ巨大な分作りやすかったのではないか?』
シドが何やら操作をすると、海上の何もない部分がドアのように開き、まったく別の空間が現れた。その内部は室内用の運動場のように広くて充実した施設のようだった。
「これ持ってくるの頑張ったんだぜ?聞いたらお前たち海なし県に住んでんだもんなあ。」
「兄さま!なんだこれすごい!」
「すごいだろう?ブラッドリー家製造のゴーストハウスだぜ!耐久性、ステルス性、利便性を兼ね備えた海上型トレーニングルームだ。」
『売れもしないものをよくこれだけ作ったものだな。』
「シドさんのポケットマネーよ。」
清志たちはエピックウェポンを起動し、まずは清志が刀を構えた。
『三分以内に終わらせろ。』
「んな無茶な。」
『できんことは言わん。』
シドの剣術チャレンジ、ここしばらくの間はずっとこのことばかり考えていた。剣の腕前、足さばき、経験値、どれをとってもシドの方が優れている。身体能力を底上げし、人間以上の能力をもってしても武器の一つ持たない彼に手も足も出なかった。屈辱だった。
「こういうやり方は嫌いなんだけどな。」
清志は今まで最も練習してきた面からの胴打ちを撃った。それを起点にシドに攻撃を仕掛けていく。しかしシドの雲のようにつかみどころのない足さばきでそのどれもがよけられてしまう。何十回とこの回避術にやられてきたのだ。相手の動きを予測し、何度も試行錯誤したが失敗に終わった。ただの一度も当てることができなかったのだ。
「いつも通りじゃあねえか。これじゃあ三分どころかまた一日…!」
「…本当嫌な勝ち方だよ。試合に勝って勝負に負けた感じ。」
「あんにゃろう、また姑息な手を。」
シドは自らの足元を見る。シドの足は踏み出された清志の右足によって踏まれていた。清志が刀で攻撃する瞬間先に足を延ばして、シドのつま先を踏みつけたのだ。
『一撃いれればよいのだろう?これで清志の勝ちだ。』
シドは一度も刀で一撃を入れなければならないとは言わなかった。清志は魔導王に念話で言われたことを思い出す。
『あの男は人間レベルまで身体機能のすべてを抑えている状態だ。むろん反応速度もな。お前たちの行動を予測し、ぎりぎり反応が追い付いている。極端に言えば、銃口の向きから弾をよけていると考えていい。この場合弾とは刃のことだ。』
『だからどっちにせよ攻撃が当てらんねえんじゃねえかよ。足場は使わねえぞ。なんか負けた気になるから。』
『何必要ない。銃弾に意識を全集中させているのだ。それ以外の横やりなど考える余裕はないとは思わんかね?つまりはそういうことだ。』
清志たちは刀をシドにあてることばかり考えていた。達人である彼が回避に回れば今の清志たちの力量では攻撃は当てようがない。ならば別の攻撃方法で当てればいい。子供でも思いつく発想であり、あまりに姑息だった。少々自慢げな魔導王に千歳とリズは冷ややかな目を向ける。
「なんかかっこ悪いぞこれ。」
「うん。卑怯っていうか本当に姑息。」
『実戦とはそういうものだ。必ずしも一つの方法で正々堂々戦うなどできん。特に命を懸ける戦いにおいて、卑怯も何もあるまい。どこぞの究極生命体の言葉を知らんのか?最終的に勝てばよかろうなのだ。』
「ったくよ、そういや前にもお前にこんな感じでやられたっけな。」
「これでよかったんだろうか。」
「んー、まあ実力で勝つのはこの後でもいいんじゃない?断食旅行よりは。」
「…確かに。」
その後、皆夫はシドに警戒されつつも華麗な不意打ちをかまして、二人とも難易度人間をクリアすることができた。次の難易度は明日以降チャレンジすることが決まり、瞳たちの元へ向かうこととなったのだった。
「それにしても甘いねえ魔導王。ただの人間にずいぶん情をかけるじゃねえか。」
『馬鹿を言うな。俺は楽がしたいんだ。そのための投資を惜しんでどうする?』
「なっはっは!いいねえそういう素直なところ好きだぜ。」
『ちっ…行くぞ千歳、リズ。リゾートに来てまでおっさんの顔を見ても仕方がないからな。』
「おいおい俺はまだ三百年くらいしか生きてねえよ?」
魔導王は千歳とリズを連れそそくさと歩いて行ってしまう。シドはまったくと小さくため息をつくと、新しいおもちゃをみつけてそちらに興味が移り向かった。
「さてさてさて、よくもこのシドさんを姑息な手で倒してくれたな。これはちょっと仕返しし解かねえと収まりがつかねえなあ。」
「なんだよその手、おい何だよこっち来んな。」
「なんか手つきがいやらしいんですけど!何する気ですか!?」
「ほらほら逃げろガキども!捕まったらくすぐり三十分の刑だぜ!」
「に、逃げよう清ちゃんこの人冗談が冗談じゃないもん。」
「おう!いやマジこっち来んな!」
それからしばらく清志たちとシドの鬼ごっこが続いたのだった。
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