第60話「金色の騎士 レグルス」

 燃え上がった光は炎のように清志の体を包み形を成す。フルプレートの鎧は金色で、それをまとった姿は力と気高さを併せ持つ獅子のようだった。金色の騎士は銀を見据え、刀を構える。


「行くぞ。」


「来い!」


 清志が一歩踏み込む、その瞬間銀は既に背後に回り込んでいた。攻撃しようと腕を振るが、その腕は空を切った。


「なに!?」


 体勢を崩しよろける銀に清志は攻撃する。踏ん張り銀はその攻撃を受け止めるが、その重さにうめいた。膂力は倍以上、押し戻せず体が地面にめり込む感覚があった。


「うおおお!」


 たまらず攻撃を横にいなし、そのまま追撃する。正面からは分が悪いと感じ、銀は腕を振りながら清志の死角を取ろうと走る。しかしその時、体に衝撃が走り吹き飛ばされた。


「攻撃か!?しかしあそこには何もなかったぞ。小童め何をした!?」


「何もしてねえよ。てめえが勝手にぶつかったんだ。」



 清志は以前能力開放のため行った演習時のことを思い出していた。期末試験を終え、バトルロワイヤルの準備に取り掛かっていた清志たちは、急に魔導王に呼ばれククリたちの里に集められた。そこでマナブースターを渡されたのだ。


『清志、お前がこのブースターを使うにあたり、もう一つ使えるようにならねばならない機能がある。』


『機能?ブースターのか?』


『いいや、武器の機能だ。武器の能力は大体二つほどつけれると話しただろう?お前の武器はいまだ「足場」しか使えていないからな。…とりあえず制限は解除した。ブースターを起動しながら「変身」といえ、それで使える。』


 そこに食いついてきたのは瞳だった。「変身」ということばに何かを察したのかポーズをとりながら言えとせかしてきた。仕方がないので清志は言うとおりにする。


『おおーかっこいい!…かっこいいかな…うーんまあかっこいいかな。』


 変身した時の瞳の感想はそんな感じだった。鎧の主な色が金色ということもあるが、今の清志の体が小さいこともあって少し迫力が薄いらしい。清志的にはとてもいいと思った。


『外殻強化式魔術鎧だ。魔力量、熟練度にもよるが、これを着れば身体スペックは最大300%迄強化できる。今のお前ではせいぜい100かそこらだろうがな。強力だが身体負荷も大きい。その負荷軽減のためにエネルギーを消費するため、ブースターにマナが十分あったとしても、おおよそ5分が活動限界だろうな。体を鍛え上げればその分のエネルギーは省略できるが…あと10年は待つ必要が有る。』


『最後のダメ押しってわけか。』


『今のうちにならしておけ。強力な魔物は身体能力からして高い傾向がある。これからは地力も必要ということだ。うまく使え。』



 あと4分、思った以上に時間の流れが速い。覚醒中は時間が遅くなるものだと思うのだが、なぜこんなにもおわれているのかと清志は心の中で毒づいた。負荷が軽減しているとはいえ、こうしてたった一分の戦闘ですら少なくない疲労がある。筋肉がちぎれてしまいそうなほどだ。


「ホーリーヒール!」


 瞳が継続的に回復を行ってくれていることが本当にありがたかった。銀はこちらの作戦通り翻弄され、焦りを覚えてくれている。しかし未だこちらが有利とは言い切れなかった。


「岩斬爪!」


「させるかよ!」


 銀は必殺の一撃をくりだそうと腕を振るが、そこに清志は介入した。振った腕は見えない何かにはじかれ発動はキャンセルされる。


「はっ!」


 その隙をつき、清志は銀の胴体に一撃を入れた。完璧に攻撃は入ったが、やはり固い。毛皮を引き裂き血が噴き出すが傷は浅かった。


「がははは!やるな小童!」


「あんたにもう勝ち目はねえよ。」


「そう急ぐんじゃねえ!それとも急がねえといけない理由があるのかのう!?」


 見透かされている。銀はむやみに動き回らず、接近戦を始めた。打ち合いはこちらが有利なはずだが、徐々に押され始めた。その時気づいたのだ、銀の体中から岩斬爪と同じ灰色のエネルギーがあふれ出している。清志は急いで距離をとる。銀は追撃しなかった。


「あんたのその力…。」


「おうよ!俺の神通力はいたって単純、ぶっ飛ばしてぶっ壊す!岩だろうが鉄だろうがぶっ飛ばしてぶっ壊せる。空気をぶっ飛ばせば素早く動けるし、これでぶん殴ればあのバカでかい住処も一撃よ!だがおめえとの戦いには相性が悪いからのう。遠くからだとはじかれるし、近くても力負けよ。がははみっともねえ。だがら仕方ねえ、俺は馬鹿だからな、全力全身真正面から挑むしかあるめえ。」


「そのぶっ壊すエネルギーをまとうってわけかよ。そんな事すればどうなるかわかってんだろ?」


「がははあたぼうよ!わしも全力だ。お前も本気で来い小童!」


 銀の発する力は純粋な破壊のエネルギー、全身にまとわせれば徐々に体が崩壊していく。しかし銀の体から一切の重荷を取り外し、その力を最大限に高めていた。


「WOOOOOH!」


「はああああ!」


 どちらもあまり時間が残されていないことは明白だった。雄たけびにも似た声とともに二人は打ち合う。両者の全力は拮抗し、一瞬も気の抜けない誰もが魅入られる攻防だった。洋子は言葉を失い、瞳は回復も忘れその死合いに釘付けとなった。二人は笑っていた。銀は簡単に人の命を奪う怪物だ。清志はそんな怪物と殺し合っている、だというのにまるで幼い少年二人が力比べに燃えるように純粋な笑顔だ。そして両者の攻撃がぶつかり合い、はじける。どちらも満身創痍で息を切らしながら言った。


「わしも歳だからな、まったくこればかりには勝てんわい。あと打てて一発ってところか。」


「畜生め、完全に武器に振り回されてる。もう少し慣れればもっと…。」


 しょうもない言い訳を口にして笑いあった。清志も銀も決めたことがある。次の一手で仕留めると決めたのだ。そこに臆病はない。策も何もない純粋な戦闘、その中でしか生まれない友情があった。清志は一度刀を鞘にしまい、柄に手をかけた。銀は両手を地につき、獣のように吠える。


「これでしまいだ。狼王急駛ろうおうきゅうし!」


 銀は体中がから破壊のエネルギーをあふれさせ獣のように疾走する。そのスピードは渦を描きながら上がっていき、最後には流星のように空中を駆けだした。そして流星は好敵手を撃たんと、落下する。洋子と瞳が力を合わせようとも直撃すれば守り切れないそう確信させられる強大な力だ。清志はそれをただ待ち構えた。


「居合術・陰中陽!」


 清志は刀を抜き、衝突の瞬間流星を受け流しその力を利用しながら、銀の胴体を切り伏せた。洋子のリフレクタルインパクト、清志との攻防によるダメージ、そして銀自身の破壊のエネルギーによって、清志の刀は銀の体を完全に両断したのだ。銀は力を失い地面に落下する。清志は彼に背を向けながら、刀を鞘に納めた。


「悪く思うなよ。お前は殺しすぎた。」


「がはは…恨まねえさ。むしろすがすがしい気分だ。最高の戦いだった。…おまえさんならあいつも救えるかもしれないのう。」


「俺はそうでもないな。一人じゃ勝てなかった。」


「…人間はそんなもんじゃ。しかしお前さんならいつか…いいやそれでは英雄か。がはははは!」


 体が真っ二つになったというのに銀は豪快に笑う。痛みがないのだろうか、そんなはずはない。やはり彼は自分の常識とは全く異なる怪物なのだろうと清志は思った。


「楽しかったぞ。…たのしかった。わしは満足…。」


 そうして銀は息を引き取った。その体はアンノウンと同じように光の粒子になって消えてゆく。どこまでも勝手な男だった。本来なら憎むべき相手なのだろう。加減できる相手ではなかった。殺さねばならない男だった。そのために手を汚した。普通の人間ならばそこに苦悩し崩れ落ちるのかもしれない。しかし清志には憎しみも苦悩もなかった。そこにあったのはライバルを打倒した満足感と堂々とした強さを持った銀への敬意だけだ。きっと銀も同じ気持ちなのだろう。


「俺も楽しかったよ。じゃあな銀。ゆっくり眠れ。」


 ブースターの魔力ゲージはすでにゼロになっていた。気が緩み変身が解ける。倒れる清志を瞳が受け止めた。


「清志君大丈夫か!?…あれ、寝てる?」


 銀が倒されたことで、アナウンスが流れていた。DJトルティーヤがまたやかましい放送をしているのだろうが、いまは気にならなかった。洋子や皆夫も急いで清志たちの元へ向かった。そして眠りこける少年の顔を覗き込む。


「大丈夫。ただ眠っているだけだ。」


「本当に勝っちゃうなんてびっくりだよ。みんな無事でよかった。」


「皆夫も無事でよかったのです。みんなで勝ち取った勝利ですよ。」


「…そうだな。なあ見てみろよ。この満足そうな顔。」


「本当だ。結構かわいいね。」


「皆夫が言うとなんか気持ち悪いのです。…かっこよかったですよ清志。」


「さて仕方ないからおぶって帰ろうか。うちのヒーロー様はしばらく起きそうにないしな。」


 こうして第二回バトルロワイヤルは決着した。この日の戦いを清志は生涯忘れることはないだろう。戦いこそが生き甲斐であった狂った怪物との間で、たった一戦の中でうまれた奇妙な友情を。死力を尽くして戦った剣戟を。そして瞳に背負われて家まで帰った事実に、清志が羞恥しながらもだえることになるのはもう少し後のことだ。これも忘れるに忘れられない思い出となったのだった。

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