第58話「言葉の力」

 エピックウェポンによってプレイヤーたちは大きな力を手に入れた。場合によっては人一人を吹き飛ばすことも、大きな岩を割ることもできるだろう。だが、何百トンというがれきの山に押しつぶされて生きていられるほど強くはない。倒壊したマンションやビルその下敷きとなってその中にいたどれほどの人間が死んだのか見当もつかなかった。


「その壁は厚いのかのう?がははわしにちょいと見せてみろい!」


「瞳ホーリーウォール全開!」


「岩斬爪!」


 立ちすくむプレイヤーたちを一瞥すると、灰色の人狼は清志たちに狙いを定め技を放った。魔導王と戦っていた時に見せた巨大なエネルギーが爪の形となって彼らを引き裂かんと襲った。


「ホーリーウォール!」


 瞳が障壁を展開した。あの技は一度見ている。一度防げば攻撃の持続時間は短く隙が生まれる。ならばその間に攻撃をたたき込めばいいだけだ。清志は刀を構えて次に備える。


「な、んだと!?」


 しかし予想通りにはならなかった。人狼の爪は十数人のプレイヤーの総攻撃も防ぐほどになった瞳のホーリーウォールをただの一撃で打ち砕いたのだ。


「う…うおおおおおお!」


 そんな可能性は考えていなかった。魔導王が札一枚で防いだ攻撃なのだ。だというのに瞳の障壁は簡単に破壊され、刀で受けた攻撃は手がいかれそうなほど重い。頭によぎった、自分たちの手に入れた力は自分たちが思っていた以上に矮小なものなのではないかと。受け止めきれず清志の体は吹き飛ばされる。前回と同じだ。腕がしびれ力がうまく入らない、外傷がないのは瞳のおかげだろう。


「清ちゃん!」


「俺はいいから二人を!」


「がはは!まだ立ち上がれるか小童!先手はもらっちまったからのう、次はおぬしが打ってこい!」


「お望み通りやってやるよ!」


 瞳の障壁が破られるのならば、一か所に集まるのはむしろ危険だ。機動力と回避性能の高い清志が牽制することが一番だろう。瞳たちは戦線から遠ざからせ、皆夫にはほかチームとの連携を呼び掛けてもらう。これらの指示を念話によって行った。この念話も魔導王が新しく腕輪にアップデートして追加された機能の一つだ。


「がははまだ遅いぞ!もっと打ってこんか!」


 本気で刀を振るっているというのに相手が本気でないことがわかってしまう。地力が違いすぎるのだ。遊ばれている、苛立ちを覚えるも耐えるしかないと思った。


「ぐはっ!?」


 一人で耐えて援軍を要請するゲームにおいてもそれはよくあることだ。しかしこれはゲームではない、清志は完全に失念していたのだ。


「なに…?」


「う、打てみんな!まずはこいつから仕留めるぞ!」


 生き残っていた数人のプレイヤーが清志へと攻撃を加えたのだ。その表情に浮かぶのは恐れとおびえ、先ほどの被害を見て悟ったのだろう勝利条件は人狼を倒すことではなく清志たちを殺す方が楽であると。


「サイクロンスラッシュ!」


「がははこれは困ったな小童、だがわしはまだお前さんと撃ち合いたい!この程度の障害乗り越えて見せろ!」


 皆夫がプレイヤーたちに攻撃し何とか清志への被害を抑えてくれている。これ以上の戦力状況は見込めないようだ。まだ勝利の光は見えない真っ暗闇だ。今は探るしかないと、戦闘を続行した。



 一方瞳と洋子は前線から遠ざかり、現在は一応安全な状態であった。ホーリーギフトで皆夫を援護できているが、壮絶な打ち合いをしている清志の援護はできそうになかった。


「洋子何かないか!?この状況を打破できる方法を考えてくれ!」


 瞳には作戦を考える余裕がない、そもそも考えることが苦手なのだ。しかし洋子はたじろぎ、うつむく。


「清志は下がっていろと言いました、私にできることなんてないのです。」


「下がっていても何もできないだろ!?」


「っ…でも。」


『瞳ちゃん僕はいいから清ちゃんを!』


「くそっ!ホーリーヒール!」


 瞳が清志にできる援助などこれくらいしか思いつかない。しかしゲームと違ってこのホーリーヒールは体力を全快させるような能力はない。回復量は小さくホーリーギフトほどの貢献はできない。


「…どうしたんだ洋子らしくないぞ?君は人の指示がなければ何もできない人間じゃないはずだ。」


「でも、私が何かしたらまた…清志やみんなを傷つけてしまうかもしれないのです。そんなの…ダメなのです。」


 瞳は清志たちから聞いた泣き女の事件の話を思い出した。苦戦する中洋子が先走り、清志がけがを負った。魔導王にもこれをとがめられたらしいと。予選の中洋子が意見するときもあったが、その大半は清志に断られだんだんと意見を言わなくなっていったように思える。そんな経緯を思い出し瞳は言った。


「正直言うと、清志君は絶対洋子を前に出そうとはしないだろうな。自分が戦うのはいいけれど、洋子が傷つくのは認められないって思っているのは見てればわかる。だけどそれでいいのか?私たちはただ守ってもらうだけで本当にいいのか?」


「そんなの嫌に決まってるじゃないですか。でもそれで清志の重荷になるのなら何もしない方がましなのです!」


「何にもする気がないならこんなところに来るな!」


 こんなこと話している場合じゃない、そんなことはわかっている。だが洋子はそれほど緊迫した状況だからこそ動けなくなってしまったのだ。瞳は洋子の力が必要だと知っている。だからこそ伝えなければならないと思った。


「誰だって失敗する、私も君も誰でも。でも私たちは一人じゃない。話し合って分かり合っていれば、いくらでもカバーできる。私たちは仲間だろう?」


 一人でできることなどたかが知れている、人間とはそういう生き物だ。だから手を取り合って生きていく、一人で成せないこともみんなでならできるからだ。


「洋子がいくら失敗しても私がカバーしてやる。それでもだめなら皆夫も呼ぶし、清志君も巻き込む。それでいいんだ。なにが悪いっていうんだ。迷惑どんとこいそれがうれしいんだよ。」


 一番悲しいのは何も言わず壊れてしまうことだ。それは洋子も知っていることだ。何度も後悔したことなのだ。自殺してしまった親友に一度でも辛いといってほしかった。自殺なんてする前に、助けてといってほしかった。


「君はどうしたいんだ?教えてくれよ。君が本気なら私は本気で協力する。清志君と皆夫を助けるために何ができる!?君の言葉で私たちに!」


 洋子は唇をかんだ。何度だって思ったのだ。それでも拒絶されるのも失敗することも怖かったのだ。その言葉は本当に言ってほしかった言葉なのだ。


「本当にいいのですか?迷惑かけても…。」


「いいよ。私は君を信じてる。」


「…私は清志の隣に立ちたい。っていうか近距離防御は私の仕事なのです!いつも勝手に一人前に出てムカついてたのですよ!」


「よし、ならあの思いあがった鼻を明かしてやろうぜ!」


「はい!」



 清志の疲労は着実にたまっていた。スピード、パワーどちらにおいても上回る相手に手加減されながらぎりぎりの戦いを行っている。それは子供が大人と腕相撲するかのように体力を削られるのだ。あまりに地力が足りない。切り札はある。しかしこの状態でそれを使っても勝機は薄いのだ。


「がははもう限界か!?」


「畜生!」


 皆夫はプレイヤーとの戦いでこちらに来れない。逃げ切れる自信もない。じり貧だった。


「一発きついのくれてやろう!激突!」


 人狼は頭にエネルギーの壁をつくり、頭突きをせんと走り出した。イノシシではないが猪突猛進といったところだろうか。受けるしかない、しかし受けきれる自信がなかった。せめてダメージを与えんと剣先を人狼に向ける。


「ソードシールド!」


 清志と人狼の間に割り込むように一人の姫騎士が現れる。大剣を地面に突き刺すと、そこからシールドが形成され人狼の頭突きを防御した。


「洋子!?」


「パーティーゲームですからね。いいところは譲れないのです。」


「馬鹿これはゲームじゃねえ…!」


『清志君、今は洋子に任せて回復しろ!』


「瞳!?」


『たまには信じてやれよ。君が思っているほど、洋子は弱くないぞ。』


 人狼の攻撃を受けきり、シールドも消失する。目の前に現れた新しい敵に人狼はが母と笑い飛ばす。


「めんこい娘っ子じゃのう!しかしおなごがわしと戦えるのか!?」


「なめんじゃねえなのです。乙女の本気の一撃は誰よりも重いですよ。」


 大剣を引き抜き洋子は笑った。どこかすがすがしい晴れやかな笑みだ。その姿を見て清志ははっとする。


「しばらく相手をしてやるのです。手加減してかかってこい!」

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