第55話「予選決着」
結果から言えば、瞳たちは全員無事だった。清志が環に誘拐された後、目を覚ました瞳たちは両手ほどの大きさの蜘蛛のモンスターの大軍に襲われるも、東たちと協力して対応することで何とか退けることに成功した。また東は自らの敗北を認め、エピックウェポンを差し出すことで勝敗も決着することとなったのだった。
清志の傷も瞳によって治癒され、戦いは一度終止符を打たれた。それから数日は休養ということになり、その時清志は環が転校することを知った。
「本当に来るとは思わなかったっすよ。不用心っすね先輩!」
「そうかもな。」
下足入れに入っていた一通の手紙、それに呼び出されて清志はいつも異界に入るときに訪れている公園にやってきた。
「次は殺されるかもしれないっすよ?実はこのかばんにナイフを忍ばせていたりして…。」
「そしたら叩き落とすに決まってんだろ。元剣道部なめんな。」
「そうだったっすね。あの時の先輩もカッコよかったな。」
二人はベンチに腰掛け、公園の景色を眺めた。夏が近づき、日差しがじりじりと暑い。きっともうすぐここもやかましい蝉の声で埋め尽くされるのだろう。この風の音だけが響く静寂はもうすぐ終わりを迎える。
「どうして誘拐なんてまねしたんだ?いくら考えてもよくわかんなかった。」
「隣に置いておきたかったんですよ。独占欲ってやつっす。離れ離れになるくらい習って、ヤンデレヒロイン思考全開っす。」
「それだけじゃねえだろ?」
環はしばらく何も答えなかった。しばらくの間、環と過ごしてきた。彼女について分かったことなど、全体から見ればほんのわずかなことだっただろう。それでも清志には、彼女がただの感情や衝動だけでこのような行動に出るとは思えなかった。確かに大胆な行動をするところもあったが、基本的にクレバーな子だ。誘拐後の未来を想像すれば、考えなしに実行するはずはないと思った。
「言わないっすよ。ただついてきてもらえないのなら、子供な先輩には何もできないっす。ただ重荷になるだけっす。責任の取れないことはしたくないですから。」
「別に構わねえよ。お前には何度も助けられた。本当に困っていて、助けてほしいって思うなら言ってくれよ。俺たちは仲間だろう?」
「仲間っすか。いいですねそれ。今でもそう思ってくれるなんて思ってなかったすけど。…その手を取れたらどんなにいいんでしょうか。」
環は立ち上がり清志と向かい合った。
「ならこうしましょう。先輩が大人になって私が助けを求めたら、正義のヒーローになって助けてほしいっす。ちゃんと白馬の王子様とか騎士様みたいにかっこよくないとだめっすよ?にしし!」
「言ったな?絶対だぞ!必ず言いに来いよ!」
冗談めかして笑う環に清志は真剣なまなざしで答えた。環は困ったように一度目をそらして、そのあと困ったまま微笑んだ。
「仕方ないっすね。大人になるまで待ってあげるっす。先輩的にもそっちの方がいいみたいですし。」
そうして環は手を振った。
「またね先輩!もう悪い女に騙されちゃだめっすよ!」
環はそう言い残して去っていった。清志はそれをただ見守っていた。彼女が視界から完全にいなくなると、一度大きく息を吐いて、空を見た。
「あのまま帰してよかったのか?」
「うおっ瞳!?」
突然視界に瞳の顔が覆いかぶさるように現れる。驚いて飛び起きそうになるも、ぶつかりそうなので清志は必死にこらえる。
「ついてきてたのかよ。」
「様子がおかしかったからな。君は隠し事をよくするタイプだから念のためな。」
瞳は先ほど環が座っていた場所に座ると背伸びをした。
「悩んでいるなら相談位乗るぜ?」
隠し事をよくする、清志自身はそんなつもりはなかったのだがどうやらそうであるらしい。ある種矛盾しているなと思いながら清志は話始めた。
「俺は子供だから何もできないってさ。大人になったら助けてほしいって言われた。なんだろうな大人って。」
「難しい質問だな。私もまだ子供だし、大人を見ていればわかるかっていえば…背丈ぐらいしか思い浮かばないな。」
瞳はうーんと頭をひねる。考えることは苦手といいつつ、こういう時彼女はいつも一生懸命考える。
「私の父親は飲んだくれのろくでなしでね、失業を言い訳に私を孤児院に捨てた。最低な父親だった。もしあれも大人だというのなら、やはり時間だけが大人と子供を分けるのかもしれない。」
知らなかった。まさか瞳が孤児院で生活しているなんて考えもしなかった。驚く清志に瞳は話を続けた。
「だけどきっと環や清志君が求める大人ってそうじゃないはずだ。きっと君が求める大人になるためのピースはもう持ってるさ。」
「ピース?」
「誰かを助けたいって想い。それを実現する力を持って初めて役に立つものだけど、思いがなくちゃなんにも始まらない。」
「想いと力か。」
「うん。今のところ思いつくのはそれくらい。」
確かにそうかもしれない。何もできない人間がただ助けを聞いて何になるのだろう。それは双方にただ重荷をつけるだけの行為だ。だから環は何も言わなかったのかもしれない。
「なれるかな。俺もそんな大人にさ。」
「きっとなれる。私が保証してやろう。」
「どこ目線だよ。…頑張んねえとな。」
仲間だった、大切な後輩だった。だから困っているというならば助けたいと思った。身勝手な想いかもしれない、それでも清志の心には固い誓いとしてそれは刻まれることとなったのだった。こうして第二回バトルロワイヤル予選は決着した。
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