第54話「眠れる大蛇」
裏切りのシーカー環によって、異界の見知らぬ場所へ出監禁された清志だったが、そこに助けの手が来た。真っ黒のフルフェイスマスクとプロテクターを身に着けた謎の男、清志たちを戦いへといざなった悪魔、魔導王だ。しかし清志は思い出した。魔導王の体は清志たち以上に貧弱で武器の一振りで腕が折れるほどであった。それを問い詰めたい衝動に駆れるが、相手に情報を与えるわけにもいかない。ただ黙っていることしかできなかった。
「貴方が魔導王っすか。もっとゲームの魔王みたいに大きくてまがまがしい化け物だと思っていたっす。」
『魔王と呼ばれる存在は世界中に存在する。その姿かたちは様々だ。しかし魔導王というのは魔王とは根本的に異なる。まあそんなことはどうでもよかろう。』
「動かない方がいいっすよ?最終手段っすけど、私なら今すぐにでも先輩を毒で殺せます。」
『ああ盲点だった。俺からすれば毒なぞ除去すればいいだけのただの汚れに過ぎなかったからな。しかしヒュドラ然りヨルムンガンド然り、神話において毒というものは確かに恐るべきものだ。対策を忘れていたのは俺の落ち度だな。故にもう完了した。』
清志は環が持っている双剣を見る。環のほうも武器を構えて初めて気づいたらしい。彼女の双剣の片方に何やら文字や絵のようなものが描かれた札が張られている。魔導王が手に持っているものとよく似ていた。環は危機を察知して札をはがそうと手を伸ばすが、もはや後の祭りであった。
『所詮粗雑な武器だ。破壊するのは容易い。』
札を張られた武器に亀裂が走ったかと思うと、ガラスが割れるかのように粉々に砕け散ってしまった。環は驚きの表情を見せるが、すぐに平静を取り戻す。
「何のための双剣だと思ってるんすか!?片方破壊しても…。」
『すでにお前たちの武器については調べ終わった。』
破壊されていなかったほうの剣も崩れていく。それに伴い環の変身も解けていった。
「どうして…?」
『お前たちの武器はどれも元は同じものだ。所有者の精神や生命力を反映して様々な形態に変化するコア、それを破壊してしまえばもはやただのちり芥だ。』
「さすが魔導王ってことっすか。ま、こちらもあなたが来ることを想定してましたから仕方ないっすね。」
それでもなお環は笑みを浮かべていた。団が何もしないことも不気味ではあったが、環にはまだ切り札があるらしい。それはすぐにわかった。
「お見事お見事、その札捌き僕でも見えなかったよ。魔道具を調べられるってことは君は魔術師なのかな?しかしどちらかといえば陰陽頭を名乗った方があってる気がするね僕は。」
団はぱちぱちと称賛するように手をたたいて近づいてきた。環はその背に素早く隠れる。
『お前の武器は…なるほど本当の魔術師が作ったものらしいな。表に出ている魔術師は世界に二十人もいないはずだが、これにかかわっているというならば面倒だな。』
「ダイジョブダイジョブよ。僕たちはただ親交があったってだけさ。」
その時団の横にフードをかぶった女が現れる。初めて清志が団に襲われたとき彼と一緒にいた女だ。それだけじゃない。巨大な灰色の狼男、アラクネのように蜘蛛の胴体を持った妖艶な女、鬼の仮面をかぶった和服姿の男が魔導王を取り囲むように現れる。
「お前が魔導王かああ!がははちんまい男よのう!」
「見栄えの悪い子だこと、でも搾り取ったときの泣き声を想像したらぞくぞくするわん♡」
「不用意に近づくな。全員で確実に仕留める。」
「ってわけでこっちも役者がそろったわけよ。どうさすがにピンチって感じ?」
狼男と蜘蛛女あの二人はどう見てもプレイヤーでは、それでどころか人間ですらなかった。特に狼男のほうの気迫は以上だ、清志が少し前に戦った東よりも明らかに強いと戦わずとも理解できた。おそらくほかの怪物たちもあれと同等以上の能力を持っているのだろう。だというのに魔導王はため息をついた。
『あの盗人め、俺を仕留めるためにこの程度の戦力しか持ってこないとは…そこの小娘の情報を軽く見ていたと思いたいものだな。』
「あ?」
「がはは言ってくれるな!」
蜘蛛女はどすの利いた声で魔導王をにらむ。この程度と評価されたことにご立腹らしい。たいして狼男は楽しげに笑った。
「まずは小手調べだ!」
狼男は体を曲げて低く腰を落とすと、両足で地面を蹴った。
「
鋭い爪を生やした腕が巨大化したような灰色のエネルギーが出現し、狼男が腕を振る動作に合わせて巨大な爪が魔導王を襲った。それに対し魔導王は一枚の札を投げる。札が発光し光の盾を生み出し攻撃を防御した。盾が消失してすぐに追撃が入る。蜘蛛糸がまるで銃弾のように魔導王に発射され網のように絡まる。
『む…。』
「
魔導王の動きが鈍化し、それに乗じて仮面の男が岩を固めて作り上げた巨大な棍棒で叩きつける。
「これも合わせてくるか。」
これも魔導王の盾によって完全に防がれる。
『面倒な。』
しかしそこで魔導王は左腕に被弾した。団が放った炎の銃弾が盾に衝突すると、しばらくは持ちこたえていたがその後亀裂とともに破壊され撃ち抜いたのだ。
「聞いたんだけどさ、魔導王様は炎が苦手って本当?」
体をえぐり内部から肉を焼く嫌な音が聞こえる。いたがりも叫びもしない魔導王であるが、一度だけ舌打ちをした。清志は何もできていない自分に腹が立って仕方がなかった。このままではいずれ魔導王の持っている札もなくなる、それ以前にやられてしまう可能性もある。
「う、うおおおおああああ!」
何もしないわけにはいかなかった。残る体のしびれを気合で対抗し、刀を抜いて走り出した。追撃のために構えた狼男に向かって跳躍し、攻撃する。
「がはははは!威勢のいいガキだのう!」
体を翻し高速の斬撃を放つが、狼男は大きく体をそらしそれをよける。それは想定内だと体制を変えずに二度目の斬撃を放った。しかしそれも空を切った、先ほどまでいたはずの場所から奴はいなくなっていた。
「だがまだ遅い!」
すでに背後をとられていたのだ。圧倒的なスピード、魔導王との戦闘時も早いと思ったが、至近距離ではこれほどとは清志も思わなかった。
「くうう!」
自分の持てるすべての力を振り絞り、受け身をとる。刀で防御した狼男の爪は、先ほどのようなエネルギーをまとっていないというのに、清志の防御をはがし切り体を吹き飛ばした。そのまま気に激突し数秒息ができなくなる。ただの一撃で腕には生々しい切り傷が付けられた。
『やめておけ。武器の性能の半分も出せん今のお前では勝ちようがない。』
自分も危険な状態だというのに、魔導王はいつもの調子でそう清志に語りかけた。持っている札もあと数枚だ。だというのに相手は無傷というゲームならば負けが確定した状況だった。
「もちろん救援は来ないわよん♡あちしのかわいい子供たちがもうみんな殺してるから。」
「…。」
「な…なんだと!?」
蜘蛛女は愉快そうに両手の扇をひらひらと動かし笑う。
「あちしの子蜘蛛は体の体液を残さず飲み干すの。あなたのお仲間はどんな干物になってるかしらあん♡」
「て、てめえええ!」
『ほれ落ち着け、案外激高しやすい奴だなお前は。』
怒りに任せ叫ぶ清志を魔導王は団をけん制しながらなだめた。そして蜘蛛女を挑発するように人差し指を揺らしていう。
『殺したならば動揺するがいい。だがこれは子蜘蛛の現在を把握なぞしていない。不確定要素で威張る小物の言葉を当てにするんじゃない。』
「あんた本当に生意気ぃ!」
「まあまあ落ち着いて。さて魔導王様、もう札は尽きたようだけどこれからどうするつもりかな?ここはシティ外界、救援が来ないというのは間違いじゃないもんね。」
団は銃口を向けながら魔導王に質問した。確かにここはクレイジー・ノイジー・シティではないたとえ皆夫たちが無事でも簡単に来られるものだろうか?
『ああ、今回は分が悪いな。正直なところ、それを捨て置いて帰ってもよかったのだが、やはりやめた。』
手が尽きたであろうに魔導王は余裕そうな雰囲気を醸し出す。しかし清志はそれをただのブラフだと思った。団たちも同じように思ったようで、魔王王を確実に仕留める魔法の準備を始めていた。
『しかしぬかったな。ここは異界、イレギュラーというものはなかなかどうしてあるらしい。』
その時山が動いた。密林で見えにくかったが、ここには清志たちが見上げるほどの、彼らの地域のイメージで言えば八ヶ岳に匹敵する巨大な山々が連なっていた。
それがまるで生きているかのように脈動し始めたかと思うと地割れとともに大地全体が揺れ始める。
「
仮面の男が水の壁を生み出し落下してくる岩や石を防ぐ。
「なんなのんあれは!?」
山から何かが生える。それは巨大な蛇の頭それも一つじゃない。一つ、二つ、三つと増えていき、そのそれぞれが耳が張り裂けんばかりの咆哮を放った。その頭の一つが団たちを襲う。高い空から鉄槌のように降ったその頭突きは先ほどまでの戦いが児戯であったかのように圧倒的な破壊力を持っていた。
『ずいぶんと耳元でやかましかったからな、どうやら目覚めてしまったらしい。』
その時すでに魔導王は清志と環を抱えて空中に避難していた。環を守っていたフードの女もあっけにとられて気づかなかったらしい。蜘蛛女はわめきながら大蛇を攻撃し、仮面の男も援護する。狼男はこちらを見据えているが、ここまで距離をとってしまえば攻撃しようがなかった。
「これも作戦のうちなのかい?」
『さあな。だがよく覚えておくがいい。神域とは本来足を踏み入れてはならん場所だ。運が良ければ好き勝手出来るだろうが、場合によっては鬼も出れば蛇も出るものだ。』
唯一攻撃可能であった団も大蛇の攻撃の余波を浴びて、こちらに構っている余裕はないようだった。魔導王は彼らを残してその場から離れ始める。
「なんなんすかこれ…本当にあなたは何者?」
『俺は魔導王だ、それ以上もそれ以下もない。子供のやんちゃとはいえ、これからは自重するんだな小娘。』
環は目を伏せそれ以上何も言わなかった。清志は大蛇の顔を思い出す、ただの巨大な蛇ではない龍のような厳かな、存在自体が世界を揺るがさん天災のような。あれこそが神だと思った。
『…何を笑っている?』
清志は気づけば口角をあげ笑っていた。いつか自分もあのような神々と渡り合えるのだろうかと、彼らと刃を交える夢を思い描いていた。ゲームでラスボスを見たときのような高揚感だった。
『…今日は出前でいいか。』
魔導王はいさめる気力がなかったので考えるのをやめた。
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