第52話「マナの真価」
石造りの建物が並ぶ街のようなフィールドに潜み、じっと息を殺す清志たちにリクはスピーカーで呼びかける。正々堂々というおおよそリクという男に似合わないであろう発言に、清志たちはすぐさま罠だと思った。あちらにも索敵能力があったとしても、この頑丈な建築物を簡単に破壊はできないだろう。このまま隠れながら期をうかがうのが最善だと思った。
「出てこないならあぶりだしてやるよ。」
リクはそういうと自らの斧型のエピックウェポンを取り出した。光球を生み出す能力の女性が背負っていたリュックサックを下すと、それを開けた。
(嘘だろ?あれ全部マナじゃねえか。)
そこに入っていたのはリュックサック満杯迄満たされた大量のマナだった。その量は千や二千ではない。彼らはあれを集めるのにどれだけのダンジョンを巡ったのだろうか。危機感を感じた清志は全員瞳の近くに集まるように指示した。
「マナブースト、天地動転!」
そしてリクはそのリュックサックめがけて斧を振り下ろした。マナに蓄えられていたエネルギーが噴き出し、それがリクの斧に吸収され一気に解き放たれた。
「
「ホーリーウォール!」
瞳のバリアで全員を保護する。そこからはあまりにも常識とかけ離れていた。強固なはずの大量の建築物は粘度がこねられるがごとくねじれ動き、どこへか移動していく。このフィールド全体に影響を及ぼしているのだ。これがマナの真価だとでもいうのか、あまりにも自分たちが扱える力とかけ離れた圧倒的なものだった。気がつけば、町のようだったこのフィールドは広く平たんな荒野のように変貌し、清志たちは見事にあぶりだされた。
「はあ…はあ…よお、また会ったな。」
息を切らしながらリクは笑みを浮かべた。彼の斧は力に耐えきれなかったのか、崩れ彼自身の変身も解けていく。だというのにどこか満足げだった。こちらはほとんど無傷だというのにだ。
「どういうつもりだ?」
「わかってたのさ。お前たちは戦うには強すぎる。小細工をしようとこっちの被害は計り知れない。」
「今の攻撃、集中させれば倒せたはずだ。」
「無茶言うなよ。お前たちに倒されて索敵係はいないんだよ。アイちゃんのバリアがあれば、結局防がれてたはずさ。」
リクの表情は以前のような優男に戻っていた。少し違うのは以前のようなうさん臭さが薄れていることだろうか。
「とりあえず先に言わせてもらう。サユキたちのことありがとう。」
「え、どういうことだ?」
瞳たちが困惑しているが、清志は何も言わなかった。
「だが悪いな。ここで負けてくれないか?いいや、正確に言えばこの異世界にもう二度とこないでほしい。この通りだ。」
そういってリクは頭を下げた。それが誠意とでもいうのだろうか?自らの武器を失ってでもその要求を通したい、そんな思惑があるのだろうと清志は思った。
「不可能だ。」
「そっか。なら仕方ないな。それならばあくまで一対一の勝負にしてくれないか。僕たちはまだここで終わるわけにはいかないんだよ。」
「エピックウェポンもなくなったのに…そちらが約束を守る保証は?」
皆夫はいつでも攻撃ができるように刀を構える。
「証明しようがないから口約束しかできない。もし約束を破ることがあればそのまま乱戦になる。それだけかな。」
リクが脱落したことで人数は五対五の互角。疑うべきなのだろうが、それは無粋だと思った。
「なら俺が出る。そっちは?」
「俺だ。」
そうして出てきたのはリクたちのチームのリーダーだった。最後まで消耗させずに残していたのだろう。中国拳法にありそうな道着を着たガタイの良い青年だ。最後まで能力を見せていない未知の相手だ。雰囲気からして強いとわかる。
「
「…
名乗られた以上名乗り返す。それこそが礼儀だと思った。フィールドのおおよそ中央に二人の男が向かい合って立つ。それ以外は少し離れて二人を見守った。
「行くぞ。」
「来い!」
そして戦いの火ぶたが切られた。清志は足場を使って空中に構え、跳躍しながら待った。武道をかじった人間なら少しは聞いたことがあるだろう。攻撃の瞬間こそ隙が生まれる。先手必勝ができるとは思えなかったのだ。
「はっ!」
東は影声とともに地面を蹴りつけたかと思うと、轟音とともにその体が大きく飛び上がった。足元が爆発し、その威力に乗って跳躍したのだ。空中でも爆発を繰り返しながら移動してくる。以前共闘したハジメのジェットに近い能力だろうか。加速性能だけを見ればそれを大きく上回る。東のこぶしが清志をとらえる。防御するも症とする瞬間爆発が発生し、清志に命中する。
「ぐああ!」
「清志君!」
バリアを合わせられるタイミングであった。しかし一対一の約束のせいで瞳は見ていることしかできない。それがあまりにやるせなかった。皆夫はリクのほかのメンバーを警戒し常に刀の柄に手を置き、じっと耐えた。リクの仲間もこちらを強く警戒する。一瞬でもどちらかが怪しい行動をとれば、一触即発となりかねない。そんな中リクは以前の柔和な態度で話し出した。
「健太郎は僕たちのエースの一人だ。能力は爆破、インパクトに合わせて爆発を発生させるシンプルな能力。遠距離は苦手だけど、近距離戦ならスピード、パワーともに最高クラスだ。」
「防御しても爆風でダメージを受ける、近づくしかない清志のような近距離型こそ天敵になるのですね。あなたの考えそうなことです。」
「僕は別に彼が出ることは強制してないぜ。むしろ彼がおかしいくらいだ。わざわざ相手が名乗る前に自分が出ると宣言した、まるでほかの仲間には戦ってほしくないみたいだ。」
「清志君…。」
清志にぴったりと同じ距離を保ちながら攻撃を加える東、超近距離戦において長物を扱う清志はより不利である。致命的な一撃を食らってはいない、しかし連続子攻撃によって徐々に小さなダメージが蓄積していた。
「おとなしく投降しろ。その防御力、お前のエピックウェポンはどうやら俺たちのものとは違うらしい。だがそれももう続かないだろう。」
「スピードもパワーも相性も勝ち目がないってか?」
その顔を見て東は驚いた。肌はところどころやけ始め、痛みもあるだろうに笑っていたのだ。まるで強いボスキャラをどう攻略するか考える子供のように、目を輝かせて笑っている。
「考えたよ。どうすればお前を崩せるか、俺が使えるのはこの刀と足場だけだ。それだけなんだ。」
「何を言っているんだ!?」
東が清志の胴体を狙って渾身のこぶしをたたき込もうとする。それをよけるため清志は体を横にずらす。しかしそれは東の想定内、すぐに態勢を整え二撃目につなげるはずだった。
「何!?ぐううう!」
東がこぶしを静止する前にそこへとてつもない衝撃が走った。こぶしを放った方向と逆方向に吹き飛ばされる。しかしその背中にも衝撃が走りまた戻された。そして目の前に立っていた清志の一閃が東を襲った。ガードも崩され腕が砕ける音がする。たまらず膝をついた東を清志は見下ろした。
「何が起こったんだ!?」
リクの仲間たちは状況が理解できず困惑した。皆夫たちは全く怪しい行動などしていない。エピックウェポンを使った様子などない。ただ東は見えない何かに攻撃されたようにしか思えなかった。しかしリクや東はそれが何なのかすぐにカンパしてみせる。
「これはお前が跳躍に使った足場だな。弾性を持つ不可視の足場を殴ったことでその衝撃が返ってきた。」
「散々動き回ったからな。もう逃げられねえよ。」
清志が生成する弾性を持つ足場は生成時の魔力量によってその耐久時間が変化する。東との戦闘を行う間に清志は足場の結界ともいえる独自のフィールドを形作ったのだ。
「不可視のトラップというわけか。しかしトラップとして使用するには正確に足場を把握する必要が有る。見えるのか?」
「いいや勘だ。」
「くくく、冗談じゃないみたいだな。どんな頭してんのか。」
初めて東が笑みを浮かべる。このままでは満足に攻撃もできない。防御力の低い東ではもう一撃喰らえば戦闘不能になることは明白だった。
「だがからくりがわかれば対処できる小細工だ!」
東は地面を殴りつけ爆発させる。それと同時に大量の砂ぼこりが舞い上がった。それによってぼやけながらも砂が堆積する場所を見出す。清志が作り出した足場だ。
「させるか!」
清志は東を仕留めんと走りだした。足場は無限にあるわけでも自由に動かせるわけでもない、場所を把握されてしまえばもはや結界とは言えない。
「うおおおおお!」
東も清志の元へ走り出す。足場の場所はぼんやりとしかわからないが構わない。あと一撃、それだけを考え走った。その気迫が勝ったのだろう、東の一撃が清志の体を穿った。
「がああ!」
わかっていた、東という男は清志以上の反射神経と加速力を持つ子の一撃はあえて食らうしかないとわかっていた。
(だが弱っている!攻撃を反射されぼろぼろの腕では倒せない!)
激痛こそ走るが、戦闘不能になるほどじゃない。清志は自分の勝利を確信した。
「!?」
確信したのだ。しかしその時清志の視界が揺れた。体から一気に力な抜けたのだ。
「な…に…?」
レバー、脳震盪、気道、清志が考えうる打撃による人間の弱点どれにも該当しないだというのに自分は意識がもうろうとしている。第三者の介入の可能性をその頭に浮かべるころには清志の意識は深い闇に落ちていった。
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