第50話「乱戦」

 ダンジョン内はオアシスの街かのような石造りのため者が乱立していた。どこからか照らされる天井の光は夏の太陽のようで、清志はすぐに方針を変えた。


「あまり時間はかけたくねえな。1チーム討伐したらすぐに戻るぞ。」


「そうしないと熱中症で死んじゃいそうだね。変身してるから多少は大丈夫そうだけど、それでも暑いし。」


「先輩。すぐに高所へ向かった方がいいと思うっす。日差しは怖いっすけど、このままだと狙い撃ちされます。」


「ああ。…リクたちより先に入らなくてよかったかもな。」


 この出入口は比較的低所だ。遠距離攻撃持ちのプレイヤーにとって警戒せずのこのこ入ってきたものたちは格好の餌だろう。リクたちは既にここにいないが、もし彼らよりも先に入っていれば前方と後方両方から挟み撃ちになっていた可能性もある。


アイ洋子あかつきから離れるな。皆夫フォランは後方から警戒。俺は前方だ。陣形を崩さず進むぞ。」


「先輩。私は?」


「環も洋子の隣で警戒してくれ。異変があったらすぐに教えてほしい。」


「はいっす!」


 周囲に警戒しながら清志たちは進行を開始した。


 長い階段を上るような石造りの道を上っていく。しばらくすると激しい物音が聞こえ始めた。清志は進むことを中断し比較的高い建物内部に入り、その二階へと昇った。ガラスの内で窓から遠くを見る。


「すごい数っすね。20人以上の乱闘…リーダーは3人みたいっす。」


「わかるのか?」


「風の流れで何となくっすけど。」


 環のエピックウェポンの能力は風を操る能力だ。皆夫のように高出力の暴風などを生み出すことはできないが、足にまとわせて移動速度をあげたりこうして索敵を行ったりと多彩かつ精密な技を持つ。彼女が情報ツウなことも相まって戦闘向きではないが強力な能力だろう。


「性格悪いかもしれないけど、乱闘しているなら消耗したところを狙うのが一番だと思うな。物資の乏しい状態今の状態じゃ正面からは愚策だよ。」


「俺もそう思う。洋子と瞳をここに残して奇襲するか?…最悪洋子さえ無事なら負けはないわけだからな。」


「それは嫌です。」


 清志の提案を洋子は拒んだ。なぜかと問う清志に洋子は彼の袖をつかんで答えた。


「清志、私はただ守られるために来たわけではないのです。みんなで戦って勝つために、こうして集まりました。」


「そうっすね。お二人が鉄壁の守りを持つとはいえ、離れて集中攻撃を受けることがあればむしろ勝率が下がるかもっす。」


 すると瞳が清志の肩をポンとたたいた。


「私が守る、君も洋子もみんな。心配するなよ。どーんと頼ってくれていいんだぜ?」


「わあったよ。ならこのままあそこに向かうぞ。環は周囲の索敵を強化、最適な奇襲ポイントを探る。」


「了解っす。」


 それから清志たちは乱闘場へと向かった。どうやらリクたちはいないらしい。怒号や破壊音に耳をふさぎたくなるが、じっと息を殺し観察した。


「なんだよこれ。ふざけてんのか?」


 戦場を見た清志の第一の感想はそれだった。そこには戦術も作戦もないただの暴動と大差なかった。プレイヤーたちが入り乱れ乱戦を繰り返している。リーダーはより分かりやすいよウニするためか、緑色のオーラが出るようになっているが、本来守護するべきはずの彼らすら前線で戦いに加わっている。その冷静さを欠いた空間はあまりに狂気的で近づくこともためらわれた。


「まるで獣じゃないか。エピックウェポンの能力か?」


「そうじゃなさそうだよ。ある人に聞いたんだけど、能力による持続的な精神干渉をされている人間には僕たちでも認識できる色が出るって。」


 皆夫は魔導王から精神干渉計の能力について聞いたのだろう。その情報からすると彼らにはそのような影響はないらしい。


「全員は鎮圧できそうにねえな。…皆夫と洋子は中距離援護を頼む。環、頼むぞ。」


 清志は足場を創り出し跳躍した。それに続き皆夫たちも走り出す。


「おっららああああ!」


 大声を発しながら空中から刀を振りかぶる。気づいたプレイヤーたちは慌てて清志を攻撃するが、清志の周りに球状に発生したバリアで防がれた。瞳が新たに使えるようになった新技「ホーリーギフト」だ。清志が体勢をかえサイド攻撃する瞬間、バリアが消失し清志は刀の峰で殴りつける。攻撃を防がれたのち隙のできたタガー使いの少年は重い一撃を首に食らい戦闘不能になる。


「くそがああ!」


 激高したほかのプレイヤーが攻撃するもその時にはバリアが復活して防いだ。


「来いよ。」


 挑発するように指で合図する。数人のプレイヤーが清志を囲み、ミンチにしようとする。清志はそれを足場を使ってよけ、躱せないときはバリアで防御した。みねうちでも十分な威力を誇る清志の攻撃で、確実に一人ずつ戦闘不能に追い込んでいった。


「キッツいな。」


「やっぱりそうだよね。明らかに前よりプレイヤーたちの攻撃力が高い。」


 瞳は洋子に担がれ清志が見える位置に隠れながら少しずつ移動していた。皆夫は磁気を待ちながら二人を守るために周囲を警戒している。


「やっぱり魔導王の作ったものと普通のエピックウェポンでは根本的に違うのでしょうか?あくまで一能力の特化、防御力は低いけれど特化された能力は侮れません。」


「やっぱりホーリーギフトは調整が難しいな。之じゃあすぐに魔力が無くなっちゃうよ。」


「あとは環ちゃんに任せるしかないね。できる限り早いといいんだけど。」


 そう思った矢先、合図が来た。かすかな風の合図。それに気づいた瞬間皆夫は暴風を推進力に一人動き出したのだった。


 自分がやられればチームが負ける。そのような状況下においてそのリーダーはどのような判断をするだろうか。考えなしでなければ、できる限り戦闘を避け隠れひそもうとするだろう。最低限の護衛をつけてじっと待つのだ。しかし環にとってそれこそが獲物だった。その男はガタイもよく、自頭もよさそうだった。乱闘場から近すぎず離れすぎずの位置で建物に隠れている。おそらく清志たちと同じく、あの乱闘騒ぎに乗じて戦力をそぐつもりだったのだろう。フィールドの建造物はあの乱闘でも破壊しきれない程度には強固だ。逃亡の準備も見張りも万全だ。足音一つない暗殺者がいなければの話だが。


「動くな。」


「!?」


 日の差し込まない暗闇から刃が伸びる。気づけば男の首元にそれは突き付けられていた。環が男の背後を取り、刃を突きつけたのだ。


「てめっ!」


「お仲間も、動くなっす。変身しているといえど、この肌から刃を通せば致命傷っすよ?」


 男の仲間も動けない。


「武器を捨てて両手をあげて投降してください。さもないとこの首いただくことになるっす。」


「くっ…。」


 男とその仲間はそれぞれ武器を床に落とす。


「変身も解いてほしいっす。」


「わかったよ!」


「!?」


 男は空いた手で環の刃を持った腕をつかみ投げた。怪力が自慢なのだろう。彼女の小さな体は大きく投げ飛ばされ、風の推進力でも耐えきれず天井に激突する。


「なめんじゃねえ!子ネズミが!」


 素早く武器を拾い、落ちてくる娘を仕留めようと走り出す。2対1、力の弱い彼女では対応しようがなかった。


「あ?」


 しかしいつまでたっても環が床に落ちることはなかった。風の力で浮いていたのだ。そして彼女に集中していた男たちは窓からのぞく脅威にも気づいていなかったのだ。


「ナイスタイミングだよ環ちゃん。轟けテンペスタス!アサルトトルネード!」


 皆夫の刀に風が巻き付き巨大なドリルのように変形する。そして放たれた渾身の突きは男たち全員を巻き込んで壁にたたきつけた。


「「ぐあああああ!」」


 その衝撃に耐えかね、男たちは完全に気絶し戦闘不能になった。


「ちょっと巻き込まれるかと思ったっす!」


「ごめんごめん。」


 その後すぐに環から全員に合図が送られた。


「清志が撤退します!バリア合わせてください。」


「おう!」


 善戦するもやはり清志一人であの乱闘を鎮めることはできず、攻撃を受けながら撤退する。逃げる彼を仕留めようと遠距離攻撃のできるプレイヤーたちが強力な攻撃の準備を始めた。


「頼むぞ洋子!」


「ハイなのです!」


 そして清志めがけてたくさんの破壊のエネルギーが放たれた。示し合わせたわけではないだろうが、魔法同士が一ベクトル方向に混ざり合い合体技のように清志へと向かう。そこに割り込むように洋子が大剣を構える。


「は!」


 大剣を振るとそこに流れ込むかのように破壊のエネルギーが吸収される。そしてそのまま回転し一時的に吸収したその力を解き放った。


「新技なのです!スパイラルブレード!」


 ため時間が短く、威力も低くなるが魔力消費も少ない改良技だ。それでも追撃してきたプレイヤーたちを吹き飛ばすには十分だった。それに乗じて清志一行は撤退したのだった。


「サンキューな!久しぶりにゲームやったみたいにスカッとした!」


「まさか本当に環がリーダー倒したんですか!?すごいのです。」


「あくまでサポートっすよ。皆夫先輩がいなかったらやられてたっす。」


「いいやお手柄だ。さすがオカルト部部長だな。」


「ほめすぎっすよ先輩。」


 ダンジョンから脱出しお互いをたたえあう。皆夫たちは新技が決まったこともあってかとても満足げだ。


「清志君、何かあったか?」


「は?」


 しかし瞳だけが異変に気付いた。清志に問いかけるも首を振る。


「なんにもねえよ。今日はもう帰ろうぜ。明日のことは明日考えればいい。」


「…。」


「センパーイ。ご褒美ほしいっすご褒美!」


「何言ってるのですか、それなら私もよこせなのです!」


「なんでだ!?こちとらコーラ費で小遣いすっからかんなんだよ。そんな金あるか!」


「清ちゃんさすがに太るよー?」


 ゲーム終わりでテンションが高いこと以外はほとんど違和感のないいつもの光景だ。しかし数瞬清志の目に怯えのようなものが見えた、それが瞳の気がかりだった。しかし問い詰めることもできず、その日は解散するほかなかった。

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