第43話「狂人乱舞」

 泣き女を打倒し事件が解決されたと思った矢先、空から人間が降ってきた。その顔は歓喜に満ちていてまるで遊園地に来た子供のようだ。しかしその歓喜の内容はおよそ子供とは思えないものだった。


「さあ殺しあおう!死ぬまで!殺すまでええええ!」


 制服姿の男はそう言って叫ぶとすぐに真顔に戻る。右手を敬礼のように額に当て、あたりをよく見渡した。その唐突な変化がより一層不気味さを醸し出していた。


「おーおーいい感じなのがいるなあ。お前とお前とお前!いいねいいねえ。」


 環と皆夫、清志を指さす。清志は洋子と環を守るように前に立った。


「それ以上に最高だぜ何とかさん!あんたが最上級だ!」


 男はそう言って魔導王に指さした。その様子に魔導王はため息をつく。


「何もかもぶち壊したいって気持ちがビンビン伝わってくる!いいぜいいぜええ!俺が受け止めてやる!」


『やかましい。さっさと帰れ。』


「ちょっと!?」


 しっしと虫でも払うようなしぐさをする魔導王に皆夫は困惑した。しかし男は気にする様子もなく狂気的な笑みをたたえた。そして清志にも劣らないスピードで魔導王の元へ突進した。


「さあ本気で来てくれ俺も本気出すからさああああ!」


『はあ、行けい清チュー。』


 すると魔導王は何の遠慮もなしに、清志の首をつかむとそのまま自らと突進する男の線状に置いた。


「え?ちょなにすんだ!?」


ガキン!


 清志はとっさに刀を抜き男に一太刀を浴びせようと振った。それを男は神がかり的な反射速度でよける。そしてそのまま清志にこぶしを向けた。清志はすぐに察する。これはよけられない。すでに体勢を崩した状態で回避の行動を行うことは不可能だった。しかし


「わふん!」


 瞬間男は魔導王のいつの間にか持っていた戦槌せんついで顔面を殴られ吹き飛ばされた。ちなみに清志は足を払われすでに地面に転んでいた。


「やああやべええ!たのすいいい!」


『やめておけ。今のお前では相手にならん。』


「かはっ…あれ?」


 すぐに起き上がりまた笑う男に魔導王が声をかける。すると先ほど迄笑っていた男の口から大量の血があふれた。


『次の一撃で終わるわけだが、さてどうする?お前の楽しみはこの程度で満足か?』


「げほっ…うーんまだたんねえ。わかったもっと強くなってから出直すよ。遊んでくれてありがとうなあ!強くなったらまたやろう!」


『さっさと帰れ。』


「じゃあなあああ!」


 すると男はすぐにその場から消えていった。あまりの急展開で皆が固まる中、清志は恨めしそうに魔導王を見ながら質問する。


「なんで見逃したんだよ?明らかにやべえ奴だろあれ。」


『早めに切り上げたかったからな。この体も貧弱なのだ。』


 そう言って魔導王が見せた彼の両手はプラプラと無残に折れ曲がっていた。おそらく先ほどの一撃が原因だろう。


『さて、お前たちはさっさと変身を解けさすがに死ぬぞ?』


「え、変身?わかった。」


 皆夫が変身を解くと続いてほかのみんなも同じように変身を解いた。すると先ほどまで感じなかったすさまじい倦怠感が体を襲った。特に皆夫と洋子はたっていられないほどの苦痛に襲われる。


「な、何が?」


『こちらは魔力濃度が低いからな。子供の低い体力で武器を使い続ければそうなるのは当たり前だ。特に今は武器に慣れてもいないだろうからな。自らの魔力を使いすぎれば死ぬと理解しておけ。特に変身時は疲労や痛みに鈍くなる。』


「洋子大丈夫か!?」


「清志…。」


 清志が差し出す手を洋子は縋りつくように握った。いまだ苦しそうな彼女に対して魔導王は言葉を続ける。


『洋子。泣き女との戦いにおいて、お前の行動は最善手ではあった。あの水の鎧をはがせるのは、おまえか皆夫位だ。皆夫が弱体化で大技をためらう以上、それが最も明快な答えだった。…しかしお前は情報共有を怠った。強力ゆえに大技を打てば戦闘不能になるお前が勝手な行動をすればお前の周りの人間が割を食う。当然のことだ。今回の清志の負傷もお前の身勝手が結果だ。これはお前ひとりの責任で賄えるものではない。場合によってはお前が殺したということだ。次からは自重しろ。』


その言葉に洋子は青ざめる。呼吸が止まりそうなほど緊張する洋子の背中をさすり、清志は無言で魔導王をにらんだ。


『そこの泣き女についてはまあ問題なかろう。とりあえずしばらく暖かくして寝かせておくんだな。では、俺は帰るぞ。』


 そう言って魔導王はすたすたと帰っていった。


「…とりあえず帰ろっか。」


「だな。泣き女は武に任せようぜ。」


「んな!?」


「そっすね。同じ高校生ですしね。」


「あ、ククリもありがとうな。もう帰っていいぞ。」


「扱い軽くないだか!?…いや…あんまり役に立てなくて悪かっただよ。」


「…。」


 何も言わない洋子をおんぶし、清志は立ち上がった。雨はすでに止んでおり、雲の間から日がさしている。


「ごめんなさい。…ごめんなさい清志…私…。」


「謝んなよ。洋子がいなかったら勝てなかったんだ。むしろ謝んのは俺だ。何もできなかった。」


「先輩…。」


「それいったら僕もそうだな。洋子ちゃんがいなかったらどうやって勝てたか今も分からない。有事に弱いって…一番格好悪いや。」


「強くなるよ。もっと…誰にも負けないくらいに。だから…泣くな洋子。」


「うう…。」


 何もかもがうまくいかないということはあるものだ。超常の力を手に入れてなお自分たちは漫画のキャラクターのように超人になったわけではない。だからこそ強く、賢くならなければならない。この戦いは清志たちにそう強く思わせる一戦であった。


 ぐしゃりと生々しい音がする。わき腹がえぐれて内臓が飛び出す音だ。そのすさまじい激痛にハジメは目を閉じることすらできなくなった。自分は最強とまでいかずともそれなりに強いと思っていた。仲間もいた。しかしあたりにはネネやほかの仲間たちの死体がまき散らされている。それを創り出したのは目の前で自らの内臓をなめる狂人だった。


「腸って思ったより苦いのな。でも触感はいい。いいぜ!噛めば噛むほどびくついて!ああ楽しかったああ。」


 自らの能力、ジェットは高速移動や高威力の攻撃戦闘において優秀な力だ。しかし男にはそのどれも命中することはなかった。まるで自分が道化にでもなったかのようにこぶしは宙を切った。勝つとか負けるとかそんなものはなかった。勝負にすらならない。目の前の狂人は本当に人間なのかそれすらわからなかった。


「なんで…こん…なあ。」


 絞り出したその声を聴いて狂人はこちらを見る。一瞬真顔だったのがすぐに笑顔に戻る。


「お、死ぬのかあ?死ぬよなあ。いいぞ死ね!見捨てたりしないさ。最後の最期まで俺がそばにいるよ!」


 立っていることもできず。ハジメは倒れ込む。しばらくぴくぴくと痙攣したのちその呼吸も止まり、痙攣もやんだ。それをうっとりと愛おしそうに眺め続けたその狂人は両手を拝むように合わせた。


「楽しかったありがとう!また生まれ変わったら遊ぼうぜ!」


 そして男は散らばった死体を一つずつ丁寧に埋めた。


「強くなるよ。もっともっと強く。そしたらもっと楽しいものなあああ!早く殺しあいたいぜええええ!!」


 狂人は舞い踊るようにくるくると踊りながら死体を埋め続けた。


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