第42話「泣き女との決着」
脳裏をよぎるのは紅い記憶、どうやっても償えない私の罪だ。なぜ目を背けた?なぜ寄り添おうとしなかった?ただ一言でも言葉をかけてさえいれば変えられたのではないか?
「復讐は遂げるが花だとは思いませんか?」
目の前にいる女は私だ。いや、私以上に醜悪な存在だ。加害者が罪を償う方法は一つしかない。被害者が心のすむまで罰を与えることだけだ。恵まれた話だ。この女はその術を未だ持っているのだから。
「な、なに?」
私はエルエスを起動する。あとはこの女を泣き女の元迄持ってゆけばいい。あとは彼女次第。復讐さえ終われば彼女の心もきっと晴れるだろう。清志たちが戦う必要もない。私はおびえる女の首根っこをつかむべく手を伸ばした。
『やめておけ。』
その時邪魔が入った。金縛りでも起きたかのように体が動かない。頭に響く腹立たしい声に私は念じ返した。
「邪魔しないでほしいのです。」
『だめだ。』
「貴方には関係ない事でしょう!?」
『そしてお前とも関係のない話だ。でしゃばるな。』
その言葉に嚙み締めすぎて奥歯が砕けそうなほど苛立ちを感じる。いつもいつも邪魔をする。この男は本当に…。
『さて、構えろ洋子。そろそろ清志たちが来るぞ。』
「何を言って…。」
その瞬間、空中から突然まぶしい光が出現し、今のような状況になったのだ。
雨は時間がたつごとに激しくなっていた。その雨を吸収して巨大化した泣き女は帰るとも河童ともいえるような異様な怪物に変貌し、清志たちに襲い掛かる。皆夫と洋子はそこで自分の身体能力の違和感を実感した。
「動きづらいですね。これが清志の言っていた弱体化ですか。」
「防御力とかも結構落ちてるから注意しろよ。いつもの感覚で攻撃受けたら死にかねない。」
「どうしよう今のところ逃げる以外やることないや。」
洋子のエピックウェポン、エクエスの能力は「吸収と反射」相手の攻撃を受けてそのエネルギーを吸収し一気に放出する。つまりこの力の絶対条件は相手の攻撃を受けきることだ。一撃必殺の攻撃は受けようがない。慎重にならざる負えない現状洋子は無能力に等しかった。
「先輩!」
清志のもとに環が駆け寄る。泣き女の気を引くように飛び回る清志に平然とついていく彼女の姿を見て洋子はさらにいら立ちを募らせた。
「おそらくみのりさんの体力っていうか魔力量は私たちと大して変わらないはずっす。雨の恩恵があるとはいえ、あの大量の水をずっと操り続けることができるでしょうか?」
「このまま暴れさせてばてるのを待とうってことか?」
「牽制だけなら今もできてますし、それが一番堅実だと思うっす。」
「…確かにそうだな。無理に倒す必要もないか。」
変身のおかげで聴覚もよくなっているのだろうか、雨がうるさいというのに二人の会話はよく聞こえる。二人を見ながら洋子は唇をかんだ。
「なんでそこにいるのですか?」
いらだって仕方がなかった。環を感心する清志も、それにしたり顔をする環も、にやけ面で牽制を続ける皆夫もほかの役に立たない男たちも、何もかもが今の洋子をいらだたせた。
「じゃああああまあああああ!」
泣き女が叫ぶ。恨みを晴らさんと進撃する姿は共感さえ覚えるものであった。しかし洋子はもはやそれのことなどどうでもよくなった。
「うるせえ。」
「洋子?」
「うるせえって言ってるのです!!」
洋子はそう叫ぶと突進するように泣き女の元へ走った。驚愕する全員を無視して走った。泣き女の薙ぎ払いをいなし防御する。防御力が下がっているのなら受けきれるレベルまで攻撃を弱めればいいのだ。力がたまる感覚がある。メンバーの中で最大の火力その自負があった。だから叫んだのだ。
「リフレクタルインパクト!!」
大剣を振るった瞬間、ため込まれた力が一気に放出される。光線にも爆発にも見えるそれは泣き女の巨大な体を呑み込んだ。
「これで…。」
全身の力が抜ける感覚がある。脅威は去った。そう安心した。
「洋子!」
それを油断という。気を抜いたとき、すでに魔の手は迫っていた。
「清志?」
気が付いたときには目の前に清志の背中があった。その先に人型サイズまで縮んだ泣き女がいた。体と同じぐらいの大きさの腕から血を滴らせていた。泣き女の地ではない。洋子をかばった清志の肩を切り裂いてついた血液だった。
「嫌…嘘…。」
頭が真っ白になる。洋子は顔を青くして涙を流し尻もちをつきながらみじめに後退した。何が起こったのか理解しながら必死に理解しないように首を振る。泣き女はまた巨大化をはじめ…。
「皆夫!武!」
「ああ!このサイズならば問題ない!止めろ
武は流動する水の中から泣き女のエピックウェポンが手に付ける防具であるガントレットだと見抜いた。そしてそれを静止させる。
「これならさすがによけれないよね!サイクロンスラッシュ!」
そして皆夫の放った暴風が泣き女に命中する。薄くなった水の防壁を弾き飛ばし本体に命中する。
「あ、あが…。」
白目をむいた泣き女、みのりはそのまま気絶したのだった。
清志は泣き女が倒されたことを確認すると、地面に座り込んだ。今も血が流れ落ちている。相当な痛みのはずだが、少し顔をゆがめる程度で縋りつく洋子の頭を撫でた。
「先輩!どうしよう今すぐ病院に!」
『必要ない。すぐに治療する。』
「あ、貴方誰っすか!?」
慌てる環の横には清志の知っている男が立っていた。
「まどっむぐ!」
『真藤零だ。なにお前たちと同じプレイヤーだよ。』
清志が名前を言いかけると謎の念力で押さえつけられた。黒い仮面をつけた男魔導王の力だ。
『どれ傷を見せろ。…少し痛むだろうが殺菌のためだ我慢しろ。』
「ぐっああ。」
魔導王が手をかざすと、光を発しながら清志の傷がふさがっていった。すべての傷がふさがると魔導王はため息をつく。
『余計な魔力を使わせおって。』
「ありがとう…真藤?」
『ついでだ。これはもらっていく。』
みのりのガントレットを外すとそれをカバンにしまう。武と環は何か言いたげだが、説明する気力がなかったので清志は何も言わず横で泣く洋子の背中をさすっていた。
「み、みんな!何かがこっちに来てるだよ!」
ほっと一息ついていた一行の雰囲気をククリの声が破った。面倒くさそうに魔導王が空を見上げると、そこから何かが降ってきた。着地するとあたりにたまっていた水が飛び散る。傘でガードした魔導王以外はその水をもろに食らう。
「何者だ!?」
武が叫ぶ。飛び散った水の中心には男が立っていたのだ。口が裂けんばかりに笑みを浮かべ喜びに満ちた顔でこちらを見る。
「楽しそうなことやってんなあああああ!俺も混ぜてくれよ!」
『さて帰るか。』
「いやいやいやここで帰ろうとしないでよ!」
男の言葉を聞いてすぐに魔導王は背を向けて帰ろうとする。それを必死に皆夫が止めた。
『あれは絶対に面倒な奴だ。関わらん方がいい。』
疲弊した清志たちのエネルギーを吸い取ったのかと思うほどその男は活力に満ちていた。武には男のその歓喜の目の中に形容しがたい狂気を見た。清志は立ち上がり刀を構える。皆夫たちも男を警戒してエピックウェポンを構えた。それに男はいいねいいねと首を回した。
「さあ殺しあおう!死ぬまで!殺すまでええええ!」
それは清志たちが出会った初めての純粋な狂人だった。
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