第41話「五月雨と狂女」
どんよりとした天気の下、真由美は洋子に同じ部活の仲間であった坂口みのりについて話していた。
「みのりはすごく小柄で話しにくい娘だったわ。話しかけるとすぐにおどおどして何か言いかけるんだけど、そのまま逃げるような…。バレー部ってやっぱり背が高い方が有利だからあの子はエンジョイ勢かなって思ってたんだけど、そうじゃなかった。すごいのよあたしの胸位の身長なのにジャンプしたら先輩たちと同じ高さになるんだもの。嫉妬するくらいすごかった。」
真由美の胸位の身長というと130から140センチほどだろうか?バレーボールのネットの高さは2メートル以上あることを考えれば手を出すだけでもすごいことだろう。洋子は140より少しは高いし鍛えてきたつもりではあったが、バレーボールで高校生たちと張り合えるジャンプなどできる気もしない。
「バレーもうまくて一年生からレギュラー入りして県の大会で入賞迄したのよ。今までは地区大会どまりだったのにね。アシストもこなしてまさにエースって感じ。でもまったく部員とはうまくいかなかった。だってしゃべりもしないんだもの。先輩たちとの仲も険悪になった。それで今年の四月に入るくらいには…。」
みのりの先輩たちは練習と称していじめのような仕打ちを彼女にし始めたらしい。アンダーパスの練習といって強烈なレシーブを腕が内出血して赤黒くなるまで浴びせ続けたり、わざと体育館の外までボールを飛ばして何度もとりにいかせたりなどいろいろなことをしたという。
「あの子は泣くだけで何も言わなかった。私も見ていて何もしなかった。…堪忍袋が切れたんだろうね。ある日あの子は発狂したみたいに泣き叫んで先輩たちにつかみかかった。すぐに取り押さえられて先生を呼ばれて…そのあとも話にならなくて…。」
「それでレギュラーからも降ろされて先輩方と真由美さんはのうのうと学校でバレーを満喫してたんですか。恨まれて当然ですね。」
「先輩たちはそう。でも私は!」
「一緒ですよ。」
「え?」
真由美は急に背筋が凍りつくような気がした。静かな怒気を含んだ冷たい声色が耳から心臓に突き抜けるようだった。隣にいる少女はまるで蛆虫でも見るかのようにこちらを見上げ、抑揚なくいった。
「加害者も傍観者も一緒なのですよ。被害者からすれば等しく最悪のくずなのです。憎くて憎くて憎くてたまらない殺してやっても足りないくらいにおぞましい存在なのです。」
「何言って…。」
「くだらない茶番ですね。どうして貴女みたいな人のために清志たちが頑張らないといけないのですか?」
洋子はブレスレットを見るエぴくウェポンが収納されているブレスレットだ。そしてそれにそっと指で触れる。
「復讐は遂げるが花だとは思いませんか?」
清志は自分の浅慮に後悔を禁じえなかった。四対一という圧倒的有利の中、未だ泣き女を仕留め切ることができていない。それどころかまともに攻撃が通らない状態が続いていた。
「はあ!」
武のハンマーでの打撃は環のナイフと同じように水を切るだけで本体にかすりもしない。
「ライトニング!」
皆夫のテンペスタスによる雷撃は最も有効打であろうと思っていたのだが、それを浴びても泣き女は全くダメージがないようだった。
「おかしいな…なんでだろうねセイちゃん!」
「純水は電気を通しにくいっていうけどそんな威力じゃねえよ!わかんねえ!」
「先輩危ないっす!」
「うああああああああああ!」
「うおっ!」
泣き女の片腕が巨大化し清志に攻撃を仕掛ける。足場を使ってよけることはできたが、このままでは平行線が続くだろう。
「おそらく本体に触れない形で液体を集めることで電気を地面に逃がしたのだろう。車と似た原理か…。」
「あれですかね、水の電気分解的な感じで皆夫先輩に頑張ってもらえれば最終的に水もなくなるんじゃないっすか?」
「ちょっと魔力が持ちそうにないなあ…。」
防御に専念しながらそんな会話をしていると、ぴたりと泣き女の動きが止まった。
「邪魔をおおおおするなああああああああ。」
今までのただの泣き声とは違う、明確な意思を持った言葉を発した。それに一同が驚いた瞬間、泣き女の体が光る。
「ぐっ!」
この光は武が異界移動に使った時と同じ光だ。清志は嫌な予感がした。そして目を開けるとそこには見知った世界があった。
「嘘だろ…。」
そこは下水道ではない。先ほどまで清志たちが作戦を練っていた公園だった。
「洋子!」
「清志!?どうしてこっちに!?」
「洋子早く真由美を連れて逃げろ!攻撃してくるぞ!」
「!…あ…。」
「何やってんだ速く!」
洋子は泣き女を確認し状況も理解していた。しかし清志の必死の呼びかけに気まずそうに動けずにいた。泣き女が洋子たちに向き直る清志は急いで二人のもとに行こうとするが、そこで予想しないことが起こる。真由美が泣き女に向かって歩き出したのだ。すぐに救出しようとしたが、環に腕をつかまれ静止される。
「あんた…本当にみのりなの?」
「ま、まああゆううみいいいいい。」
「そっか。そうなのね。」
すると真由美は衝撃の行動に出た。公園の砂ぼこりの立つ地面にもかかわらず、頭を地面にこすりつけて土下座をしたのだ。
「ごめんなさい。あんたが先輩にいじめられているのを知っていながら見て見ぬふりをしていた。嫉妬してた。あんたとちゃんと向かい合おうともしてなかった。」
「こおおろおおすううううううううううううう!」
「あたしが憎いのは当然だと思う。だけどもうこんなことやめて!私は殺されてあげるわけにはいかないし、あんたを人殺しにさせるわけにもいかない。勝手なのはわかってるでも、ほかにちゃんと償いをさせてほしい。」
「あああああああああああ!」
「くっ!」
その言葉を聞いてなお泣き女は止まらなかった。環の拘束を振りほどいて清志は跳躍し真由美を抱えて泣き女の攻撃から回避する。
「状況はよくわかんねえけど、今のあれは正気じゃねえ。あとにしてくれ。」
「っ…でもあの子は…。」
「でも誠意は伝わった。俺たちが何とかするから償いはそのあとだ。まあ、大事だよな償いって…。」
「あんた…。」
清志は真由美を下すと遠くに避難するように言ってみんなのもとにまた跳躍した。先ほどよりも雲は暗くなり雨が降り始める。皆夫たちが必死にけん制しているが、やはり苦戦を強いられている。それどころか…。
「ねえ清ちゃんどうしよう!?なんかでっかくなってる!」
「あれですよ清志!巨大なカエルですか河童ですか!?なんでしょうあれ!?」
「知らねえよ!…やべえ勝てる気しねえ。」
雨を吸収したのだろう。泣き女の体の大きさは先ほどより数倍巨大化し、その姿は蛙にも河童にも見える巨大な怪物へ変化していた。人の声にも聞こえなくなった雄たけびを上げて清志たちを仕留めんと暴れだす。その巨大な腕の一撃は先ほどよりものろいが遊具が一瞬でペシャンコになるほどだ。清志は冷汗をかきながらへっと笑う。強がりだ。しかし強がらないわけにはいかなかった。これが街を暴れまわられる子ほど危険なことはない。ここで倒さなければならないのだ。
「悪ぃけど今回は腹をくくってくれよみんな。ファイナルステージだ。勝って終わらせるぞ!」
「えー先輩…あれ勝てるんすか?」
「そこはおーでいいんだよ!勝つしかねえだろ。」
「おーかっこいいっす先輩惚れそうっすよー。」
「ちょっとなに抱き着いてるんですか!?離れてください!」
「あれれー洋子ちゃん焼きもちっすか?負けヒロインぽいっすよ?」
「そのキャラクター性もどっちかといえば負けヒロインなのです!」
「緊張感ないな…。」
「その方が僕たちらしいって気がするんですよねー。じゃあ、やろうかみんな!」
「「「おー!」」」
「あれ!?」
皆夫の号令で清志を抜いた全員が戦闘態勢に入る。そして泣き女との最終決戦が始まったのだった。
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