第39話「制限」

 清志は皆夫たちと合流したのち、ことの経緯を説明した。襲われた三家真由美は無事であったが、泣き女は取逃がしたこと。環がエピックウェポンを所持していること。彼女の攻撃は手ごたえがまったくなかったこと。特に反応が大きかったのはもちろん環の件ではあるが、それに対して皆夫の反応は薄かった。どうも最初から知っていたらしい。後日問いたださないといけないと思った清志であった。その後明日も集まることを決め、今日は解散になった。そのまま帰路につくはずであったが、清志は自宅とは異なる方向に歩き出す。洋子は仕方がないので彼についていくことにした。


「何かありましたか?こっちのスーパーはもうやってませんよ?」


「買い物じゃねえよ。ちょっと千歳の家に用がある。」


「そうなんですね。ではついていくのです。」


「へいへい。」


 千歳の家につくと、清志は遠慮なしにインターフォンを押した。はーいと元気な声がそこから聞こえるとドアが開く。千歳の友人であるリズだ。


「あれ清志と洋子じゃん。どうかしたのか?」


「ちょっと話したいことがあるんだ。入っていいか?」


「おういいぞー。入れ入れ。」


 リズは気軽な様子で二人を屋内に招き入れる。そしてリビングに案内した。


「魔導王に用があるんだろ?今そっちで寝てる。」


 リズが指さす先には大きなソファーに寝そべる黒いヘルメット型の仮面とプロテクターを身に着けた男がいた。洋子の話に聞いていた指輪の姿から変身した魔導王だ。


「おおかっけえ。」


「だろっ!?」


 特撮ヒーローものも割と好きな清志はその姿に感銘を受ける。ダークヒーローっぽさがあって好きなデザインだった。リズは魔導王に駆け寄ると起きろ起きろと体をゆすった。


『騒がしい。静かにしろぉ。』


「あ、ちょっ魔導王―!」


 その声は若干寝ぼけた様子で彼はリズを持ち上げ後ろから抱き枕のように抱きしめもう一度寝ようとする。見られているからかリズは若干恥ずかしそうだ。清志たちが来ているといっても待たせておけと全く気にする様子もなかった。仕方がないので二人はしばらく椅子に座って待つことにした。


『それで何の用だ?』


 起きた魔導王はソファーに座り直し、リズを片手間にいじりながらそう問いかけた。少女を誘拐した不審者に見えなくもない目の前の光景に戸惑いつつも、清志は早速本題を切り出した。


「要件は二つ。一つは最近噂の泣き女の能力について、そしてもう一つはレグルスの不具合についてだ。」


『不具合だと?』


 清志はその詳細を話し始めた。一つ目は泣き女のこと。緑色の濁った水でできたようなその女はマンホールの下の下水道を素早く移動しているようだ。能力はおそらく液状化、水に近い存在になることで環の攻撃も難なく避けたのではないかと推測したのだ。しかしそれでは自分たちに皆夫の雷属性攻撃位しか攻撃手段がないことになる。この場合の対応についての相談をすることにした。そして二つ目は今回レグルスを使った時に起きた不具合だ。いつも以上に体が重く足場による移動も鈍化していた。その上体を守っているバリアも弱まっており、いつもなら無傷ですむような攻撃で負傷したこと。特に懸念されるのは二つ目のほうだ。今まで考えても来なかったが、あちらの世界でエピックウェポンがこのような問題を出す事態になれば、自分だけでなく仲間も危険にさらす可能性があるからだ。以上の話を終えると魔導王ははあとため息をつきつまらなそうにリズの頬をいじった。


『そんな話か。下らん。』


「下らんってこっちは結構深刻に悩んで…!」


『では教えてやる。まずはその泣き女とやらの能力についてだ。結論から言えばその女の能力は液状化ではないだろう。』


「なんでだよ。確かに見たぞ。マンホールから液体になった泣き女が飛び出してきたし、環の攻撃も体を液化させて避けていた。」


『まず武器の能力で人体を液体化させられるかの是非についてだが、それは可能だ。アンノウンの中にはより液体に近いスライムのような個体は多数存在する。場合によっては高い変形能力と素早さを持つ厄介なものもある。』


 魔導王の話ではアンノウンは準エネルギー性生命体というものらしい。質量のある物質とエネルギーは互いに変換可能な存在であり生命体は物質とエネルギーを使い分けて活動しているのだという。アンノウンは人間などに比べてはるかにエネルギーの割合が高いらしい。それにより体を損傷してもエネルギーを使って素早く再生でき、高い強度や身体能力を可能にしているのだという。


『しかしそれを維持するためには現世の生物とは比べ物にならんほどのエネルギーを消費する。ましてやエネルギーと物質の変換だけでもロスが発生するのだ。お前たちのようなガキンちょ程度のエネルギーでは全く足りん。不可能ではないが、効率が悪すぎるのだ。可能性があるとすればせいぜい水を操作して身にまとう程度だろう。そうしておけば体の大きさはミスリードできるし、お前が述べたような芸当は可能だ。』


「…な、なるほど。」


『またたとえ液状化していたとしてもお前の刀は当たればダメージは与えられる。』


 高い再生能力を持つアンノウンは通常の攻撃で倒すことは難しい。しかし高いエネルギーをまとった武器での傷は再生を阻害し致命傷を与えることもできるらしい。レグルスも同様に起動時は刀身がエネルギーをまとっているのだという。故にアンノウンも倒すことができるのだ。


『次に武器の不具合についてだが、それは不具合ではない。問題は使った場所の環境だ。お前が今回使ったのは異界ではなくこちらの現世で間違いないんだな?』


「ああ。」


『原因はそれだ。こちらはあの異界と異なり大気中の魔力濃度がほぼゼロに等しい。補助要素がないのだから弱体化するのは当たり前だ。』


「そんな補助あったのか?」


『当然だ。普通の子供があれだけのエネルギーを簡単に賄えるわけがないだろう?食事量もせいぜい倍程度に増えただけではとても足りん。もともと人間に魔力はないのだからな。こちらで弱体化したのはお前の体が無意識にそれに気づいて制限しただけだ。あちらと同じように戦うのはリスクが高いとな。』


「なら、こっちじゃあんなに弱体化したまま戦わねえといけないのか?」


『そういうことだ。』


 清志は内心頭を抱える。清志の体感六割は弱体化している。そんな状況で満足に戦えるのか不安が募る。


『何まだ試験中ではあるがマナを使った補助装置は開発中だ。もうしばらくすればそれもくれてやる。だからさっさとその女を何とかして魔力集めに戻れ。』


「でもなあ。皆夫たちも合わせたとしても大丈夫だろうか…。」


『ならあの貧弱男でも使えばよかろう。あれにやった分析装置なら弱点暗い発見できる。』


「ああ忘れてた!」


『貴様、前に散々忘れるなんて言語道断だといっていた分際で…。』


「サンキュー魔導王!ちょっと明日頑張ってみるわ!」


『さっさと帰れ。車に気をつけろ。』


 魔導王の助言で光明が見えた清志は一気に明るい顔になり礼を言って家を出た。玄関で帰ってきた千歳に遭遇するが彼女にも簡単に挨拶すると足早にその場を後にしたのだった。


「清志、結局どうするつもりなんですか?まだ全然話が見えないのですが…。」


「発想を変えたんだよ。今回のことで心配だったことは大体解決した。あとは明日、やるだけやってみるさ。」


「嫌だから何がどういうことなんですかって聞いてるのです!」


「明日ちゃんと説明する。協力頼むぜ洋子!」


 帰路を歩く中振り返り笑う彼の顔はゲームに燃えるときとよく似ている。洋子はやれやれと首を振ると仕方ないですねと笑い返した。


「それで作戦名は何なのですか?」


「そうだな…異世界転生作戦とか?」


「ダサいのです。」


「…名前なんてどうでもいいだろ?まずやることは…。」


 明日決着をつける、その決意を胸に清志は作戦を練り始めるのだった。


 


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