第38話「調査失敗」

 突然の環の変身に清志は驚きを隠せなかった。どや顔の環は歪曲した二本のナイフを携えて、音もなく跳躍する。そして女子高生を襲っている泣き女に向かってその刃を振るう。


「うわあああああ!」


 泣き女は体液のような緑色の液体を空中に集め、攻撃をガードした。しかしその時には環の姿はない。すでに背後に回り音なく泣き女を切り裂いた。


「あれ?なんか手ごたえが…!?」


 しかし切り裂いたはずのナイフには何の感触もなかった。泣き女の背中には一瞬切り口が見えるもすぐに元に戻ってしまっていたのだ。泣き女の巨大な腕が環を薙ぎはらおうと振るわれる。接近しすぎた環はそれに反応が遅れた。


「や、やっば…。」


 ガシュっ!


 泣き女の一撃が環の胴体に直撃したかに思われたが、そうはならなかった。清志が足場を使って環を救出したのだ。抱きしめられる形になった環は顔を紅潮させる。


「あ、ありがとうございます。」


「…重いな。」


「何いきなり失礼なこと言ってんすか!?」


「な、何だよいきなり!?叩くんじゃねえ!」


「乙女に重いなんて最低っす!女の敵っす!」


「そんな話はしてねえっつの!」


 そんなやり取りをしていたせいで二人は態勢を崩し豪快に倒れた。いててとぶつけた背中をさすり起き上がるときにようやく泣き女のことを思い出した。


「あ、泣き女は!?」


 しかしその時にはすでに泣き女の姿はどこにもなかった。襲われていた女子高生は無事のようだが、それならばと清志は今浮かんでいる疑問に頭を悩ませることに集中した。


「せ、先輩!腕が…!」


「腕?…あー。」


 清志の左腕は先ほど環をかばったことで泣き女の腕がかすったらしい、防具を破壊された上に皮膚も切られていた。どくどくと鮮血が流れているが、あまり痛みはなく少しずつ血も収まりつつあった。非常にゆっくりではあるが瞳の回復能力のように治癒している感覚がある。


「ほっときゃ治るよ。」


「何言ってんすか!?ばい菌入ったりしたら大変なんですよ!ほら、腕まくってください。消毒するっす。」


「あ、ああ。」


 環は変身を解き、制服の懐から消毒液と包帯を取り出して清志を治療した。なぜ中学生がそんなものを持っているのか清志は疑問だったが、お礼を言って治療が終わるのを待つことにした。


「カバンにもう少しいい薬あったんすけど…学校において来ちゃってたっす。ごめんなさい。」


「何言ってんだよ。サンキューな。十分助かったよ。」


「そ、そうっすか。なら良かったっす。」


「今日は帰るか。もう時間だし、皆夫たちと合流しよう。」


「わかりました。」


 そう言って帰ろうとすると後ろからちょっと待ってと声をかけられた。だれか思うと先ほど襲われていた女子高生、三家真由美だった。


「あんたたちさっきの怪物知ってんの!?それにさっきの姿はいったい何!?」


「…やべえ。」


 清志はその存在を完全に忘れていた。とっさに変身してしまったせいで、その瞬間もばっちり見られたであろう。魔導王との秘匿の約束を破ってしまったことになるのだ。


「それについてはあとでお話しするっす。これ連絡先ですからどうぞ。」


「あ、ちょっと!」


「お気を付けてお帰りくださいっスー!」


 環は真由美に連絡先を渡すと清志の手を取り走り出した。しかし気が抜けたのか真由美が追ってくることはなかった。強硬手段が過ぎると思ったが、現状打破できたので従うことにした清志であった。


「先輩!」


「どうした?」


「さっきは助けてくれてありがとうございました。かっこよかったっす!」


「え、ああうん。そうか。」


「何照れてるんですかー?」


「て、照れてねえし!」


 調査は失敗。情報こそ得られたが、これで相手の警戒もより高くなるだろう。また大きな懸念も出てきてしまった。これは魔導王に相談しなければならないだろう。いろいろな思考が清志の頭を駆け巡る。しかし自らの手を引く環の笑顔を見て、まずは彼女が無事であったことを素直に喜ぼうと思った。


「後輩か。悪くねえな。」


 初めての後輩らしい後輩に内心喚起する清志だった。

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