EX2「働く魔導王様」
清志たちが初めてクレイジー・ノイジー・シティに乗り込んだ時、リズは陽気に鼻歌を歌いながら千歳と共に帰宅していた。
「ふんふふーん♪なあ魔導王。魔導王はどこから来たんだ?」
『お前たちの知らない世界からだ。』
「へーどんな感じなんだ?」
『別にここと大差はない。そうだな…まあここよりはサブカルチャーが発展しているとはいえるか。』
「サブカルチャーってなんだ?」
リズは魔導王のことが気になるようでいろんなことを聞いた。面倒くさそうにしながらも律儀に答える彼を見て千歳は少しおかしく思った。そしてある一軒家につくと二人はそこに入る。標識には「天照院」とある。しかし当然のようにリズがポケットからカギを出し開けたのだった。
「なんだお前たちは一緒に住んでいるのか?」
「そうだぞ。あたしも千歳も親が大体いないからこの方が楽なんだ。」
子供二人ですむには大きすぎる家である。だがあまり散らかってはいないようだ。
「週二回家政婦が掃除していくから。」
『週二だと?それ以外はお前たちのみで生活しているのか?』
「そう。…でも私は早く一人で暮らしたい。」
表情を変えずそう千歳は答えた。やとわれの家政婦とはあまりうまくいっておらずできる限り会いたくないらしい。陰気な顔を察してかリズは明るく彼女に問いかけた。
「なあなあ!今日は何する?あたしカレーにしようかと思うんだけどさー。」
「…じゃあシーフードとかかな。まだ早くない?」
「あそっか。じゃあテレビ見てからにしよっと。」
『…ちょっとまて。もしやお前らいつもそれを食べてるのか?』
リズが手に持つものはカップ麺。棚の中にはまるで店頭のように立ち並ぶそれが仰々しく存在していた。魔導王の問いにリズは当然のように答える。
「うまいぞカップ麺。すぐ作れるし何がいけないんだ?」
『…正気かこいつら?』
絶句する魔導王にリズはあどけなく首をかしげる。しばらく無言を通したのちに魔導王は決心したようによしとつぶやいた。
『仕方ない。良策とはいえんが現状の打破が先決か。』
「痛っ!」
突然魔導王の指輪をつけていた親指に痛みが走りリズは声を上げた。血がにじんだかと思うと指輪が光りだす。それを見て驚き千歳は立ち上がった。指輪はリズの指を外れ光が大きく膨らみ形を成す。その光が消えると一人の男性らしき人物が立っていた。黒い仮面とプロテクターをまとったその男はため息を一つつく。
「魔導王なのか?」
『ああ。で?冷蔵庫の中は…。』
「あ、ちょっと!」
ためらいもなく冷蔵庫を物色する彼に千歳は苦言を呈するが彼はそれを無視した。一通り中身を確認するとあきれ果てたようだ。
『なんだこれは。もはや冷蔵庫ではなく餌箱だな。』
「なんだと!?」
冷凍食品や冷蔵する必要のない菓子などしか入っていない冷蔵庫は彼にはそう見えたようだった。そのあとキッチンも確認し終えると魔導王は千歳に言った。
『お前今手持ちはいくらある?』
「お前じゃない。千歳。」
『そんなことは今…。』
「千歳。」
『…千歳。これでいいだろう?』
「ん。手持ちはえーっと…五十万くらい?」
『なぜそんなに持ってるのだ?なくすぞおい。』
「余計なお世話。」
なぜそんなことを聞くのかと思えば彼は手に光を集め始めた。そしてそれが収まるとそこには美しい宝石が現れる。
『これを買え。』
「何これ?」
『ダイヤモンドだ。心配ならば鑑定にでも出せばいい。今はその時間も惜しいからな。手付金は一万でいい。』
「なんで?」
『これから買い物に行く。』
それから三人は近くのスーパーマーケットに向かい買い物をした。流れるように商品をかごに詰める魔導王。あんなにも特異な姿をしていながらほかの客や店員がまったく気にしないのはとても不思議だった。そして急ぎ足で家に戻り千歳たちに皿などの用意と片づけを命令した。なんでこんなことにとも思う二人だったが逆らうのは少し怖くて何も言わずに従った。
「おい見ろよ千歳!魔導王すっごい速さでキャベツ切ってるぞ!」
「…本当だ。テレビの料理人みたい。」
二人が驚くほどのスピードでキャベツの千切りを終え、さらに同時並行で主催と汁物を創る姿はまるで本当の料理人のようだった。そして日も暮れ始めたとき、二人のテーブルの前にそれは出された。
『とんかつ御膳だ。』
「わあ!」
「…。」
魔導王が作ったのはあめ色に挙げられたとんかつと冷ややっこと香ばしい香りの味噌汁だった。ものの数十分でこんなものができてしまうことに二人はまた驚く。
「魔導王お前料理出来たんだな!」
『ふん。この程度まともな大人なら作れて当然だ。一人暮らししたいだの大口をたたく前にこれくらいできずにどうする?』
「む…!」
その言葉に内心腹を立てる千歳であったが、魔導王はさっさと食えと二人に促した。
「いただきまーす!」
「いただきます。」
手を合わせて食べ始める。手始めにとんかつの一切れを口に入れるとサクッと気持ちいい音がした。
「うまっ!魔導王これ店のよりうまいぞ!」
『当然だ。俺の師匠直伝なのだ、そんじょそこらの店になぞ負けるわけがあるまい。』
「あっそ。…まあ悪くない。」
とんかつだけでなく味噌汁さえうまみがよくわかるものだった。いつものカップ麺とは違った温かさを感じたのだ。
『何を泣いている?』
「何のこと?」
なぜか目元が熱いが千歳にとってはどうでもよい事だった。
「なあ魔導王。魔導王の分はどこにあるんだ?」
『お代わりか?』
「そうじゃない…いやほしいけど!魔導王は一緒に食べないのかってことだよ。」
『あれは俺の金じゃないからな。これはお前たちに己の未熟さを見せつける為であって別に…むぐっ!』
勝ち誇るように話す魔導王の顔に容赦なくとんかつの一切れをぶち込んだ。仮面を貫通する現場を見て千歳が絶句する。
『何をする?』
「やっぱりそれ見た目だけで本当は存在しないんだな。」
「幻影ってこと?…あ、本当だ。」
手を伸ばして触ってみると魔導王のプロテクターは触れずその奥に普通の服らしきものの感触があった。これで理解が及んだ。彼の特異な姿にスーパーの誰も指摘しなかったのは彼らにはごく普通に見えていたということなのだ。
「なんでそんなことしてるの?」
『ふん。』
答えるつもりはないようだった。
「なあ魔導王。作るんならやっぱり三人分がいい。みんなで食べた方がもっとおいしいし。」
『言っただろうこれは俺の金では…。』
「私はこれを買ったから。」
言い訳をする魔導王に千歳は宝石を見せる。先ほど魔導王が作り出したダイヤモンドだ。
「返すつもりなんてないから。」
『…。』
「次からは自分の分は作らないなんて許さない。」
『ちっ。これだからこざかしいガキは…。』
ばつの悪そうに頬杖を突き悪態づく魔導王。しかし千歳にはそのあと彼が少し笑った気がした。
『まあいい。しばらくはここに厄介になるわけだ、飯くらい作ってやるさ。その間せいぜい手伝って技術を盗むんだな。』
「本当か!?やった!」
「ひねくれ者。」
こうして三人の奇妙な共同生活が始まったのだった。
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