第20話「噂」

 常識が一変したあの事件の日から数日が経過したある日のこと、瞳はいつものように学校へ登校した。いつものように教室に入るとクラスメイト達が元気よく挨拶を返してくれる。瞳はその瞬間がとても好きだった。そのあとはクラスメイトと好きな漫画の話をしたり、放課後の予定を話したり軽い雑談をするのが日課だった。授業は難しいから苦手ではあるけれど、親切なみんなのおかげで何とか乗り切ることができている。瞳はクラスメイト達が好きであるし、クラスメイト達も瞳のことが大好きだった。しかし四時間目が終わった後の昼休み、そんなクラスメイトの一人、五味里美ごみさとみは瞳に言った。


「瞳。最近あいつらと仲よさそうだけどさ、やめておいた方がいいよ。」


「あいつらって清志君たちのことか?」


「そうだよ。知らないの?あの清志ってやつ人殺しだってこの学校じゃ有名なんだから。」


「人、殺し?」


「だから瞳も近づかない方がいいって!」


「なあ里美、誰が言ったんだ?」


「え?」


「誰がそんなことを言い始めたんだ?」


 里美はその言葉を聞いて背筋に悪寒を覚えた。いつも表情豊かな瞳ではあるがその顔だけは初めてだったからだ。


「瞳…なんか怖いよ。」


「え?ごめんそんなに怖かったか?」


 その言葉にはっと我に返った瞳は里美に謝罪した。その言葉に安心した里美は大丈夫と笑う。


「その噂誰から聞いたか教えてくれないか?」


「誰って…経澤了司つねざわりょうじ君からだけど…。」


 経澤了司、瞳のクラスメイトの一人で剣道部の主将候補といわれる男だ。中学生にしてはガタイもよく成績も優秀、しかし高圧的で品行方正とはいいがたい。瞳は放課後彼を呼び出し話を聞いた。


「んでなんだよ話ってのはよ。」


「清志君の悪い噂、君が流しているみたいだな。その理由が聞きたい。」


「そんなことか。はあ。」


 了司は懐から煙草を取り出すとライターで火をつけた。紫煙立つそれを加え大きなため息を吐いた。


「ここは学校だぞ。」


「うるせえな。誰も気にしやしねえよ。どいつもこいつもビビッてやがるからな。」


 煙を吐き出し了司は面倒そうに瞳を見つめた。


「こんなこと誰も気にしねえんだよ。なんせこの学校はあんな犯罪者をのうのうと通わせてるんだからな。」


「君は清志君が犯罪者だというけれど私にはそう見えない。勝手なことを言わないでほしいんだ。」


「見えないねえ。お前にそんなことがわかんのかよ?誰にでも優しく誰からも好かれる学校のアイドルのお前がよ。」


 心底馬鹿にするように了司は瞳を指さす。瞳は動揺する様子もなく了司に言った。


「私は私が知っている彼を信じるよ。だからやめてくれないか?こんなやり方は君の名誉も傷つくものだよ。」


「アイドル様は相変わらず優しいねえ。」


 捨てた煙草を踏みつけ了司は瞳に近づき見下ろした。威圧するように至近距離まで近づく。しかし瞳は動じない。


「あいつは生きてちゃいけないんだよ。どんな手を使ってでもあいつを地獄に落としてやる。あのごみくず犯罪者をよ。」


 その眼は確かに憎悪に満ちていた。たまらず後ずさる瞳であったが、了司はすでにその場を離れ始めていた。


「巻き込まれたくなかったらおとなしく良い子してろよ瞳ちゃんよ。」


 人がいなくなった校舎裏で瞳は一人考える。了司にはやはり清志を恨む理由があるらしい。それに踏み込んでいいものか止められるものなのか自信がなかった。


「でもわたしは…彼の味方だ。」


 近い将来の衝突を予感しながら瞳は約束の場所へ歩き出したのだった。

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