第13話「魔導王との邂逅」
暗い。見慣れた夕焼けも、それに照らされていたはずの公園も整備されていた道も何もなかった。光は高き木々に阻まれまるでほとんど太陽の沈んだ夕方のような薄暗さだ。清志たちはそこが見知らぬ森であることを認識し頭を抱えた。つい数瞬まで自分たちは見知った帰路を歩いていたはずなのだ。ならばなぜこんな場所にいるのかと。何かがやばいと清志は思った。本能からの警告に従い彼は仲間たちに声をかける。
「みんな離れるんじゃねえぞ。絶対にだ。」
瞳、皆夫、洋子、千歳、リズ、全員そろっている。全員の無事を確認し、話しかける。
「誰か、今何が起こってるかわかる奴いるか?」
「いやいやいや、清ちゃん。さすがにわかるわけないでしょ。気が付いたら知らない森の中にいたってことしかさ。」
その言葉に皆沈黙で答えた。それはそうだわかるわけがない。映画を見ていて急に場面が変わったかのように世界が一変したのだから。千歳は瞳の袖をつかみ不安そうにしている。洋子も不安ながらあたりを見回している。そしてリズは、気持ちが悪そうに嗚咽を漏らした。
「リズ!大丈夫ですか?気分が悪そうですよ。」
「変なにおいする。…鉄臭い。」
「鉄?」
その言葉に何か気づいたのか皆夫は歩き出す。清志が制止するが、彼は他に待っていてといい歩を進めた。その時清志も気づいた。皆夫が向かう風上のほうからかすかに鉄のようなにおいがしていることに。その匂いはだんだん強くなる。意を決して清志もそこに向かった。
「清ちゃん!来ちゃだめだ!」
「なにっ!?」
清志はその光景に目を疑った。大きな鼻と緑色の肌を持つ子供程度の大きさの人型の何かが、人間らしきものを喰らっていた。その姿はまるで万人が考えるゴブリンそのものであった。二人の大声に気づいたゴブリンたちは目標を変えた。
「逃げるぞ!」
みんなにそう呼びかけ清志たちはゴブリンと反対方向に走り出す。考える時間はない今は逃げるべきだと清志の本能は彼を行動させたのだ。状況のわからない四人は困惑するも、二人に従った。走ることには適さない獣道、倒れそうになりながらも懸命に逃走する一行だったが理解してしまった。自分たちが追われていることにだ。
「何あれ!?緑色の子供!?」
「気にするんじゃない!走ることに集中するんだ!」
疑問を投げる千歳を瞳がなだめる。その時にはあのゴブリンたちが自分たちを害するものだと全員察していた。同時にこのままでは逃げ切れないことも分かったのだった。もちろん体格的にはゴブリンたちのほうが小さい。しかしなれない獣道を走る清志たちと見慣れた土地であるゴブリンたちの走力の差は歴然であり追いつかれるのは時間の問題だった。故に清志は
「くそったれが!」
「清ちゃん!?」
走る足を止めゴブリンたちに立ちふさがった。それにいち早く気付いた皆夫に彼は言う。
「ここは俺が何とかする!できるだけ離れろ!」
「馬鹿!何やってるんですか清志!」
声は聞こえるももはや後ろを気にする余裕はなかった。清志は持っていた学生かばんをゴブリンたちに投げつけた。予期せぬ投擲にひるむゴブリンにカバンから出していたハンマー脳天から振り下ろした。
「ぴぎい!」
躊躇のないその一撃で一匹が絶命する。飛び散る肉片すら構わずに清志は違う固体を狙いハンマーをスイングする。元とはいえ剣道部の振りはすさまじくゴブリンの体は数メートル先に吹っ飛んだ。
「ぴー---!」
その時残りの二体のゴブリンのうち一体が笛らしきものを吹いたかと思うといっせいに逃げ出した。清志は周りの安全を確認すると、学生かばんを広い地面でハンマーの肉片を落とした。洋子たちはあっけにとられてそれを見ていた。みんなを視認すると清志は怒ったように言った。
「お前ら逃げろって言っただろうが。」
「そ、そんなこと言ったってさ!」
「まあまあ、清ちゃんまずはここを離れよう。仲間を呼ぶってなったら困るでしょう?」
皆夫の冷静な言葉により、ひとまず隠れられそうな場所を探しながらその場を離れた。
休めそうな岩陰を見つけた一行はそこで休憩をとることにした。走りの疲労からかぐったりとした一行の中で千歳は清志をにらんだ。
「ねえ。あんた何なの?」
「何って何がだよ?」
「とぼけないで。おかしいでしょ?化け物とはいえあんなに躊躇なく殺せるなんて絶対におかしい。」
「千歳!それは…。」
洋子の制止を無視して千歳は言葉を投げかける。その眼には恐れにも似た何かがあった。
「それにあのハンマー…持ち歩いてたの?だとしたら…何のために、何に使うつもりだったの?」
千歳の疑問はもっともなものだった。日本という平和な世界において殺すということに抵抗ができるのは普通のことだ。逆に言えば普通の人生を送ったとは言えない千歳ですら、ためらいなく殺しをできる人間は普通ではないのだ。
「…。」
清志はしばらく無言だったかと思うとため息を一つはいた。洋子が心配そうに彼の袖をつかむが、大丈夫だと話を始めた。
「あの化け物は明らかに危ないものだった。俺たちに気づいてすぐに襲ってきたし、刃物らしきものを持っていた。そうしなければこちらが危険だと思ったからやったんだ。」
「僕もあれ以上近づかれてたら同じことしたと思うよ。あのね、できれば言いたくなかったんだけど…さっきの血の匂いはあのゴブリンみたいな怪物の食べていたものから臭ってたんだ。…人間によく似てた。僕たちも捕まったらそうなってたかもしれない。」
皆夫の告白に瞳たちは絶句した。信じられないという気持ちと確かにあった視覚と嗅覚からの記憶のはざまで眉間を寄せる。
「そしてあのハンマーは…いざという時のために持っていたものだ。ある奴らを殺すために用意していたものだ。…異常だといわれれば返す言葉のねえよ。」
その言葉にはさすがの皆夫と洋子も動揺を隠せなかった。特に洋子は血の気が引いたような顔をした。対して千歳は腑に落ちたような顔をした。
「そ。わかったそれで納得してあげる。」
「いいのか?」
「うん、頭のおかしい快楽殺人者とかじゃないみたいだし。」
清志は自分でもおかしなことを言っている自覚があったためその反応には困った。千歳の安全危険の判断基準はなかなか複雑なようだ。疑念も晴れたところで清志たちは今後の方針について議論した。すぐにここからは出られない前提で野宿する場所と食糧特に飲み水の確保を最重要としまずはこの場所を拠点として清志と皆夫の二人が探索することとなった。
「まずは水だよね。僕たちみんな水筒も持ってないし。」
「まだ四月だぞ?登下校だけで必要になるなんて考えねえよ。」
薄暗い森を木々に目印をつけながら歩くこと数分。川のようなものは見つけられない。こういう時のための探し方はあるのだろうが、田舎に住んでいるとはいえそんな知識はまったくなかった。それからしばらくしてさすがに離れすぎたと感じ、戻ろうと考えた。しるしをたどり戻ってみると、その時見つけた。苔むす岩につたう程度であるが流れる水だ。
「皆夫!見ろこれ!」
「わあ、少しだけど水だ!」
「進んでた時はまったく気づかなかったぞ。」
少量しか流れていない湧き水であるが、集めれば飲み水になるだろう。まだすべての問題が解決したわけではないが二人は喜んでみんなに伝えようと急ぎ戻った。しかしその道中
「きゃああああ!」
「なんだ!?」
「瞳ちゃんの声だ!急ごう!」
悲鳴の理由は想像に難くなかった。清志たちは自分たちの浅慮を恥じる。あの時、ゴブリンが吹いた笛の理由は…仲間を呼ぶ理由はもしやと。二人は皆の無事を祈り走った。
「とおおりゃああああ!」
「面!胴!」
瞳の振り回した学生カバンと洋子の振った剣道部用しないがゴブリンに突撃する。清志たちが到着した時にはすでに数体気絶したゴブリンが転がっていた。二人は自分の浅慮を恥じる。彼女たちは普通に強かった。
「清ちゃん…。」
「そういや洋子って剣道大会で入賞してたわ。」
「そういえば瞳ちゃんって運動得意だったね。」
「何テンション落としてるんですか!早く助けてください!」
四人でゴブリンを完全に鎮圧した。
「見てよみんな!ゴブリンの体が…。」
気絶にとどめたゴブリンたちの体が発行したかと思うと粒子に変わり消えてしまった。とても現実とは思えない現象に困惑するが、それよりも全員の無事を喜んだ。
「みんな無事で本当によかったよ。瞳ちゃんってあんなに強かったんだね。」
「強くなんてないぞ。結構怖かったんだからな。」
「ごめんごめん。」
「リズ。まだ気分悪い?」
「うん。なんか気持ち悪い。」
無事とはいえ何の問題もないわけでもなかった。リズが体調を崩しているようで、早めにしっかりと休める場所を確保する必要がありそうだった。
「まずは移動するぞ。湧き水の近くに雨風しのげそうな場所を見つけたんだ。そこに…。」
そう言いかけたとき信じられない光景を見た。自分たちのすぐそばに巨躯の怪物が立っていた。先ほどのゴブリンと同じ緑色の肌と奴ら以上に醜い容姿をした大男。それはトロールのように見えた。
「走れ!」
清志はハンマーを、皆夫は洋子から借りた竹刀を使いトロールに攻撃する。
「うわ…うそでしょ。」
しかしトロールは全く効いていないようで巨大な咆哮を上げる。そしてそのきょわんを振りかぶると皆夫に直撃した。彼の小柄な体は簡単に吹き飛び気に激突する。
「かはっ!」
「皆夫!」
洋子たちは腰が抜けたのかその場から動けなかった。なおも暴れるトロールの注意を引こうと清志はハンマーで何度も殴る。トロールの体は傷つくも光の粒子が集まり少しずつ治癒していた。
「まさか…さっきのゴブリンの光か?」
無造作に暴れるトロールの猛攻にとっさにガードするも腕の砕ける感覚があった。逃げるしかないだがこの状況でどうすればほかのみんなをそれに導けるか?このままでは全員この怪物に殺されてしまうそう思った。
『はっ!もう絶体絶命か。つまらん。』
どこからか声が聞こえた。低い男の小馬鹿にした声だ。
『助けてやろうか?もちろん、対価はもらうがな。』
清志は気づいた。その声は自らがはめていた赤い宝石の指輪から聞こえていたのだ。
「誰だお前は…?」
絞り出すようにそう質問すると、指輪は答える。どこか恐ろしくどこか安心するまるで悪魔のささやきのようだった。
『俺は
それが清志たちを戦いへと導く魔の王との出会いだ。
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