第4話「辛みは味じゃなくて痛みです」

「金曜ですー。明日が休みと思うと心が軽いですね。」


「うむ。」


 金曜日は本当に心が軽い。明日学校に行かなくて良いうえにゲーム三昧の時間を得られるからだ。だからこそ、今日はその前に。


「んじゃ、俺はコンビニ行ってくる。」


「?清志、中学生の買い食いは禁止ですよ。おなかがすいたのなら家で何か作ってあげましょうか?」


「いやそういうんじゃなくて、皆夫へのお見舞いだよ。あいつ、体調崩して休んでるから。」


 すると洋子は驚いたように目を見開いた。


「あらまぁ。そんなに友達思いになって、お母さんうれしいのです。」


「おいこら、誰がお母さんじゃ。」


 ほろりと涙を浮かべている洋子に突っ込む。お母さんって何?少なくとも洋子の方が年下なんだけど。


「では、一度家に帰ってから一緒に行きましょう。私もお見舞いをお見舞いしたいのです。」


 なんかシュッシュッとこぶしを突き出している。


「一応言っておくが、お見舞いは弱ったやつにとどめを刺すことじゃねぇからな。」


「それは意見が分かれそうですね」


 いや分かれちゃだめでしょ?そんな雑談をしながら一度自宅に帰宅した。




 身支度を渡江外に出ると私服姿の洋子がいた。鍵は開いているのだから玄関で座ってでもいればよいというのに。それにしても準備が早い。通常の三倍はあるぞ。


「まだそれ着てんのか。」


「別に良いでしょう?清志にはもう入らないのです。」


「あのなぁ。」


 洋子が私服としてよく来ている大きめで男物のパーカー、これはもともと清志の私物であり、知らないうちに洋子が持って行ったものである。そのパーカーと半ズボンという髪が市松人形みたいでなければ夏の男子小学生といわれても遜色ない姿だ。


「そんなことより急ぐのです。コンビニは24時間開いてますが、皆夫家は違うのですよ。」


「……OK。」


 人のものをとるなんて犯罪よと言いたい。だが今更返品されても困るし指摘がしづらいという、鈴堂洋子、策士である。




 コンビニに着くと、二人は商品の物色を始めた。


「これとこれだな。」


 そこまで時間をかけるつもりはない。皆夫の好きなフルーツ入りのゼリーと、定番のコーラ。この二つで決まりだ。お見舞いにコーラ?と思うかもしれないが、すべての廃人ゲーマーにとってコーラは生命の泉なのである。


「清志之も買いましょう!」


 何やらコンビニをちょこちょこ回っているかと思えば、洋子が持ってきたのはポテトチップス(ドラゴンブレスチリハバネロ味)だ。


「…お前本当にとどめを刺す気か?今そんなの食ったらあいつ確実に死ぬぞ?」


 このドラゴンブレスチリ味は確か世界で一番辛い唐辛子を使っているらしく、袋に堂々と何があっても当社は責任を負いませんと書いてあるくらいだ。


「違います。私に買えと言っているのです。」


「なぜそうなる。」


「ほしいからです。」


「自分で買え。」


 中学生のなけなしの金しか持ち合わせていないというのに、なぜ元気な洋子にまで買ってやらねばならないのか。


「かわいい妹分がねだってやっているのですよ?2、300円くらい安いのです。」


 にやにやと笑いう洋子。本当はここで「買わねぇ」と言われて引き下がるつもりだったのだが、


「………。」


「あ…。」


 無言になる清志に顔を青くした。そしてすぐに頭を下げる。


「ごめんなさい!悪ふざけが過ぎたのです。すぐ、すぐ戻しま…。」


「しゃーねぇな。買ってやるよ。」


 清志は洋子から商品を取り上げ会計に向かい、その後皆夫宅に向かった。到着するまでの間、引いた血の気は戻らなかった。




ピンポーン


 どこにでもありそうな中流階級の家、ここが皆夫に家だ。インターホンを鳴らすとすぐに返事が返ってきた。


「はーい。」


 バタバタと音がした後ドアが開く。


「あれ?清ちゃん?」


「よっ。元気そうだな皆夫。」


「お見舞いをお見舞いしに来たのです。」


 出てきたのはいつも通りの皆夫であった。




 リビングに通されると、普通にお茶を出され洋子は顔をしかめる。


「…皆夫、すっごく元気じゃないですか。」


「そうだよ。」


「ずずっ…。グルタミン酸ナトリウムの味がする。」


「なんとなくお見舞いイベントって対象が結構熱を出してひぃーひぃー言っているイメージなのですが。」


「そう?ごめんね。昨日にはすっかり良くなってたんだ。今日は一応休んでおこうと思って。」


「皆夫は月曜から休んでたし、五日もあれば大体の病気治るだろ。」


 清志は冷静にお茶をすする。うん。昆布茶だ。


「お見舞いに行くっていうし、重症なのかと思っていたのですよ。」


「心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから。」


「ま、皆夫がこの時期休むのはいつものことだしな。」


「いつもって、二人は中学からの付き合いではないですか。」


 無視して思い出したように買い物袋を探る。


「そういえば、皆夫、これ。」


 先ほど買ってきた品物を渡す。


「葡萄ゼリー。あとコーラだ。ありがとう!」


 喜んでもらえたみたいで何よりだ。すると洋子が清志の手から買い物袋を奪い取りあれを取り出した。


「では皆夫も元気そうですし、これをみんなで食べましょう。」


 洋子はそういってポテトチップス(ドラゴンブレスチリハバネロ味)を取り出した。


「あ!ドラゴンブレスチリ・ハバネロ味だ!」


「おい洋子!?」


 まさかここであれを出すとは思っていなかった。この味は、下手すると普通に元気な人間でも病院送りにする代物だ。


「やめとけよ洋子。元気とはいえ病み上がりだぞ。」


「僕これ大好きなんだよねー。ありがとう洋子ちゃん。」


「皆夫!?」


 思いがけない発言にかなり動揺する。


「どういたしましてなのです。」


「ちょっと待って?」


 二人はポテトチップスの袋を開け、真っ赤なチップスを食べ始める。


「んー!美味しい!」


「この味がわかるとは皆夫、通ですね。」


「洋子ちゃんもね!僕、辛いものには目がなくて…。」


「わかります!」


 パリパリと気持ちのいい音が部屋中に響く。え?何?何で皆夫平気なの?洋子は知ってるよ。父親と一緒に毎日レベルでメキシコ人が失神するくらいの辛いもの食べてるし。でも皆夫は常識人だよな?え?違うのそっち側なの!?


「あれ?清ちゃん食べないの?」


「早く食べないとなくなってしまいますよ。」


 いや、皆夫は一般人のはずだ。恐らくあのポテチは一般人向けのただ少し辛いだけのポテトなのだ。そうでなければ彼が食べられるはずがない。


「じゃあいただきます。」


 サクッ


 ガクッ


「清ちゃんが死んだ!!」


「この人で…じゃなくて大丈夫ですか清志!?」


「み、水…。」


 なんだよこれ!?食ったら舌が焼けれるみたいに痛いんだけど!息ができないやばいし死ぬうううう!


「清ちゃんはいこれ!」


 皆夫に渡された水をひたすらに飲み干す。下が水に触れる一瞬だけ痛みは引くが、流れた瞬間に舞い戻る。痛みが和らぐまでに少なくとも五杯は水を飲む羽目になった。




「はぁあ。…ひどい目にあった。」


「ごめん清ちゃん。辛い物が苦手って知らなくて…。」


「馬鹿、別に辛い物が食えないわけじゃねえっつうの。レトルトカレーの激辛とか、激辛タンタンメンとか。」


 そうどちらかといえば、清志は絡み物にはもっぱら強い、ただこのチップスはその域をあまりにも超えすぎているのだ。


「んー、でもああいう激辛系って名前だけだよね。全然辛くないし。」


「そー言うと思ったよ畜生!」


 こいつもやっぱり洋子側だった。あいつ芸能人とかが死にかけている超激辛料理食べて「ピリ辛ですね。」とか言って10分くらいで食いやがったんだよ。完全に舌が麻痺ってやがる。


「本当おかしいよお前ら…。」


「そう?普通じゃないかなー?」


「今度ほかの奴に聞いてみろよ!絶対まともじゃないっていうぞ!」


「じゃあ今度瞳ちゃんにでも聞いてみよっか。」


「…ああ。」


 さすがに瞳まで麻痺っているなんてそんな…いやフラグだこれ。いやいや馬鹿でノーコンでも、したくらいはましなはずだ。……フラグだよこれ!


「ポテトチーップス、チープなチーップス。ポテトチーップス、ピリ辛チーップス♪」


 洋子はこちらの気苦労も知らないで残ったチップスを楽しんでいる。


「洋子ちゃんポテチ好きなんだね。なんか歌ってるし。」


「あれはあいつらが小学校の時に作ったポテチの讃美歌だな。あいつにポテチを一袋持たせると一時間は歌い続けながら食すという。又周りの人間を狂わす洗脳歌でもある。


「洗脳歌なの?」


「前にうちの母親があれでノイローゼになった。」


「あはは御冗談を。」


「あははははそうだったらよかったな。」


「え…うそ、なんだよね?」


 のでうちではできる限り極力絶対こいつにポテチは与えてはいけない。悪気がなくとも面倒なことになるからだ。


「それはさておき、皆夫、明日からは出れそうか?」


「デビファンは全然大丈夫だよ。どこ行く?」


「そうだな…。」


「あ、明日はそれを使うのでだめですよ?明後日からにしましょう。」


「ようこ、それって俺のことじゃねえよな?俺はitじゃねえよな?」


「わかった。じゃ、日曜日からね。」


「納得しないでくんない?」


 日本語ではわかりづらいが、それ=itは基本的にモノ、人以外の動物に用いる名詞だ。ということは清志は完全に人間扱いさせていないということである。


「さて清志、用も済みましたし、帰りましょう。」


「ちょっとその前にせめて俺を人間に昇格させろ。」


「嫌です。」


「テメこの野郎。」


「清ちゃん。女性にはこのアマあああ!が正しいと思うよ。」


「そりゃどうも!」


 はあやれやれと首を振る洋子に怒りが湧き出る。皆夫も突っ込むところがずれているし、今日は本当に散々だ。


「はあ、皆夫は常識人だと思ってたのに。」


「えー、ボクは普通だと思うんだけど。」


「キーヨーシ!帰りますよ!」


「ヘイヘイ。じゃ、またな。」


「うん。又明後日。」


 洋子も喧しいし、疲れたし、もうさっさと帰ろう。ただ見舞いに来ただけだというのになぜこんなにもひどい目に合わなければならないのか。目的は達成できたので良しとすべきかもだけど。


「清志。手、つないでください。」


「え、なんだ急に?」


「寒いのです。」


「わあったよ。」


 まだ人間扱いしてないことを許したわけではないが、今日はもう色々疲れた。そういう話は明日以降にしよう。すると洋子が珍しくしおらしく、


「私は、ずっと隣にいますから。」


というもので、


「けっ、そうですかっ。」


と笑ってしまった。


「ケッとは何ですか!大体レディが寒そうにしているのですからその服ぐらいよこしたらどうですか!少しはジェントルマンになってくださいよもう中学生ですよ!」


「また俺の服盗む気かこの盗賊め!こら引っ張るな!脱がそうとするな!」


 やっぱり全然しおらしくなかった。弾にはおしとやかにしろよお願いだから!そのあとはやっと落ち着いて二人で家に向かった。小さい彼女の手は少し冷えたこの夕暮れにはちょうど良いくらいには温かかった。


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