第3話「RPGでクラゲは最強クラス」
伝えなければならない。この胸の高鳴りを。誰でも良いわけではない。彼女しかいないのだ。清志は彼女の元にまっすぐに向かい、バン!っと机をたたいた。教室が静まり返ることも気にせず、彼は言う。
「新規アプデ来たぞアイ!」
キラキラと輝く彼の目を見ながら彼女、八神瞳は真顔になった。
「…ちょっと清志君、こっち。」
「いてっ!いてぇっておい!」
右耳をつままれて廊下に引きずり出されていった。クラスメイトはその光景を見てひそひそと話し始める。
「何?あいつ。瞳ちゃんとどんな関係?…」
「意味わかんない。非常識すぎるでしょ。」
「今に始まったことじゃねぇだろ。あいつやべーじゃん。」
「何かあったっけ?」
「知らねえの?あいつ、殺人犯なんだよ。」
人通りの少ない廊下の隅でなぜ自分は睨まれているのだろう?瞳と自分は大体同じ背丈だ。大体同じ目線で睨まれるのは結構恐い。すると瞳は一呼吸おいてから怒気を含んだ声音で行った。
「あのさ清志君。」
「はい…。」
「人にものを伝えるときに机をたたくのはないんじゃないか?みんな固まっていたし、私も恐かった。」
「いやー、その時はちょっとトランスしていたというかなんつーか…。」
「清志君?」
「すみませんでした。」
にらまれて萎縮してしまう。久々にいいことがあったからと言ってやっぱりよくなかった。反省。
「よろしい。それでどうしてそのことを私に?あのいい方からして私に行ったのが初めてみたいだけど、まぁ「アイ」が私だって気づいてくれたのは嬉しいけどさ…。」
うれしそうに顔を赤らめる瞳に対して清志は真顔になる。
「いや、一日目でわかってた。」
「え?」
「正直あの謎のヒロインみたいなさり方はあきれるのを通り越して尊敬したわ。」
「えええええええええええええええ!?」
まだ知らない人に対してならともかく、ほぼ毎日会うであろうクラスメイトに「女は秘密をもって美しくなる」とか言ってよく次の日顔を合わせられたなと思う。俺だったら一年間ぐらい引きこもってる気がする。瞳は先ほどよりも赤面してうつむいてしまった。
「それで新アップデートって!?」
ほぼやけくそ気味になっていた質問にコレキタと思って清志はその目の輝きを取り戻す。
「あぁそれなんだよ!今日から念願の「クラゲシリーズ」が解禁されたんだ!」
「はい?」
ちょっと何言っているかわからなかった。
デビファンの武器は基本的にシリーズ制である。シリーズごとに特有のデザイン、スキルを持ちどれもゲームオタクのコレクター精神をくすぐるかっこよさである。だが…。
「何これ…。」
アイは微妙な表情でクラゲシリーズの広告を見つめていた。率直な感想は「ダサい」。だってクラゲなんだもの。剣に至っては柄の部分がクラゲで持ったら刺されそうなんだけど。
「一体清志君はこれのどこがいいのやら…。」
とはいっても彼に不快な思いをさせる気にはなれない。ここは話を合わせておこう。するとちょうど清志がやってきた。
「オッスオッス。準備できたから行こうぜ。」
いつもよりも陽気な彼がやってきて少し面白い。こんな雰囲気を継続させるためにも…よし!
「はーい。武器見たよ。かっこいいな。」
そういうと
「え?いやこのシリーズはスキルが目的で会ってデザインはちょっと…。もしかしてこういうのが好みなのか?」
と真顔で言われた。
「…ホーリーライトニング。」
ドッカーン!聖なる雷が清志を襲う。モグラのときには考えられないような精度だ。清志は訳が分からないと当惑する。
「チョ!?いきなりPKはやめろ!どうしたんだっての!?」
「うっさいばか!あほ!余計なおせっかいだったよコノヤロー!!」
「マジで何の話!?っていうかその技当たると弱体がやばいからやめ、やめてくださいー!」
今回学んだ教訓は、余計な気をまわしてもそんなことと、命中率が低くても数打てば当たるということだ。
「クラゲの森」それが今回のクエストだ。以前の「土竜の試練」と同様に常設クエストとして公開された特殊ダンジョンだ。舞台は森の中ではあるが、敵は山海月ではない。普通の海月がふよふよ飛んで来るらしい。
「ほかの二人は来ないの?」
「あぁ、洋子は部活。皆夫は普通の風邪で休みだったろ?」
「あぁなるほど。」
初めて知ったっというふうなアイであるが、洋子はともかく皆夫の方は忘れちゃだめだろう。クラスメイトなんだから。普段は風邪とは無縁である皆夫だが、この時期だけは体が弱るという。恐らく今週は学校に来ることはないだろう。今度お見舞いに行こう。
「ま、二人の為にも素材集め頑張ろうぜ。」
「おー!」
二人は意気込んで手を高く掲げる。そしてそこが正真正銘の魔ダンジョンであることなど知らずに、地獄へと足を踏み入れるのだった。
「スタースラッシュ!」
水色のクラゲがセイの一撃によってはじけ飛ぶ。
「ふぅ。あらかた片付いたな。」
「そうだな。それにしてもこの敵さ…。」
基本的にデビファンの敵はかっこいいが、この敵はクラゲの傘に点と線の顔が付いているだけという手抜きデザインで、森の中浮きながら動くのでどちらかというとエイリアンみたいだ。
「一応次がボスっぽいな。せめて一本はドロップさせないと…。」
「笑えて来るくらい何も落ちないからな。あ、幸運値上げとく。」
「サンキュ。」
他のエネミーはすでに片付いている。あとはこの大きな扉の向こうにいるボスだけである。今までの敵の傾向から推測するに、麻痺系魔法で攻撃してくると考えられる。一度も食らわずに来てしまったのでどれほどの効果かはわからないが、ファントムでも避けることはできる代わりに跳ね返したとしても敵にはマヒが付いたりはしないようだ。その他の攻撃は全然痛くないので、アイに回復をしてもらいつつ、ミラーナイトとファントムを駆使して麻痺をよけながら叩きのめせばいい。対策は万全である。
そう考えていた自分を殴りたい。
「ねぇ清志君、なんだあれ…?」
「うん。クラゲだな。」
「へ、へぇ。クラゲか。クラゲってさ、あんなにマッチョだったっけ?」
現れたボスの姿は先ほどまでの海月の頭に同じ水色で人型のマッチョの体をくっつけたという奇妙な姿だった。リアル過ぎないことがせめてもの救いだが、気持ち悪い。モグラレベルで気持ちが悪い。最近こんなのばっかだ。
「…なんかびりびりしているな。」
「うん。触ったら大変なことになりそうなくらいびりびりしてる。」
マッチョの周りを取り囲むびりびりは次第に大きくなり、巨大な落雷となって二人を襲った。
「「ぎゃああ!」」
アイはその攻撃をもろに喰らい、清志ファントムを使ってよけた。
「大丈夫かアイ!?」
「うごけないー。60秒間麻痺だって…。」
「60秒!?まじかよ、殴られ放題じゃん!」
マッチョは麻痺を当てたアイを狙って突進する。だが彼女に近づけさせるわけにはいかない。
「おらああ!」
清はマッチョに斬撃を放つ。敵の体に命中し動きはこちらに向くが
「うわっ!びりっといった!」
マッチョとともに自分のHPまで削れてしまった。
「大ー丈ー夫ー?」
「近接攻撃はこっちにもダメージが来るっぽい。結構痛いし近づけないぞこれ。」
麻痺攻撃はファントムで対処できたが、こちらから攻撃した場合は適用されないようだ。ダメージだけなのはまだ助かる。
「ファントム切れた!アイ、あと何秒?」
「あと半分くらい。」
「あーくそ、遠距離アイテムあんまり持っていないってのに!」
清志はカバンから自分の持ちうる唯一の攻撃手段を出した。タッタラー☆「手榴弾」。昔財産の三分の二を使って買い込んだ高級アイテム。中距離から大ダメージを与えられる。これを一つ手に取ってマッチョに投げつけた。手榴弾は勢いよく爆発し、爆炎がマッチョを飲み込んだ。
「おー!すっごーい!」
「…」
アイが歓喜の声を上げる。だが、相手のHPは10%ほどしか減っていない。せめて半分は削ってほしかったけど、うまくはいかないものである。持っている手榴弾はあと7個。…あ、詰んだ。マッチョは数秒静止していたがまた動き出した。
「クッソがああああああああああ!」
半分やけくそになりながら手榴弾を投げる。全財産の三分の二が瞬く間に消えていった。マッチョは黒焦げになりながらそれでもこちらに向かってきて怖すぎる。
「アイ!あと何秒!?」
「あと5秒!」
撤退しないのは単に冷静さを失っているからではない。一つ秘策というか、この状況を打破する方法があるからだ。手榴弾は後四つ。
「解けたぞ!」
「よし!アイ、ホーリーライトニングだ!マッチョを弱体化させろ!」
「え!?私の攻撃は当たらないぞ!」
うろたえているが、そんなことは知っている。土竜の試練の時にそれは嫌になるほどよくわかった。だが、さっき証明されたはずだ。
「数うちゃ当たる!ありったけ打ち込め!」
「…分かったよ!ホーリーライトニング!!」
聖なる神の雷がマッチョの周りを雨のように降り注いでいく。多くは外れていくが
「おおおおおおおりゃああああああああああああああああ!」
「頑張れアイ!」
そしてとうとう一つの光がマッチョを貫いた。
「よっしゃー!」
ホーリーライトニングは単体弱体攻撃で期間は5秒と短い代わりに相手のステータスを50%低下させられる。残りの手榴弾は四つ相手のHPは60。一つの手榴弾で10%削れて、弱体が50%。つまり4×10×1.5=60だ!
「いっけえええええ!」
四つの手榴弾が同時にマッチョのもとで爆発し、粉々に粉砕した。
「やったああああああ!やったぞ清志君!」
「おうやったな!」
ハイタッチを交わし勝利の喜びに震える。近接戦では倒せない強力な敵に、近接戦闘職と回復職だけで立ち向かい倒したのだ。これほどうれしいことはない。
「痕だけ苦労したんだ。アイテムはー…これは…。」
「どうかなどうかな!…これって。」
アイテム欄を見ると新しいアイテムは、回復ポーションとなけなしの金と、クズ(どこにでもある)アイテム。アイが先ほど以上にうろたえる。
「新武器は?ねぇ新武器は?」
「嘘だろ…?財産の三分の二使い切ってドロップなし?」
勝利の喜びなどすべてが水泡に帰し、二人は叫ぶ。
「「くっそがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
どうやら海月シリーズは強力すぎるのでドロップ率はかなり低いらしい。何度も周回するしかないだろう。またこのクエストは近接戦闘職にとって不利すぎるということで、後日バランス調整をされることとなった。使い切った手榴弾は帰ってこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます