第11話 芽生えたオンナのココロ。

 映画館に来た二人はさっそくチケットを購入した。有名監督のシリーズ物のアクション映画で、メイもレモンも好きな映画だ。



 前作も大ヒットした映画で、二人ともワクワクしながら続編の開幕を待った。


 ……のだが、前作で人気をはくした主人公が冒頭の戦闘シーンでアッサリと爆散。前作で主人公にあれだけ必死で守られていたヒロインやコミカルで憎めないキャラクターなどの魅力的な仲間たちも、一人残らず全員死んでしまっていた。

 さらにはそれらの人物がゾンビとなり、新しくなった主人公に襲い来る始末。


 さらにはどのシーンも銃や爆弾でドーン、バーンでまた爆発オチという、ストーリーもクソもないグッダグダな内容だった。



 それはゲームやアニメなどの娯楽に対してだけは非常に真摯な構えであるメイでさえ、途中からウトウトと居眠りをしてしまうほどであった。


 まぁ映画がつまらなかった、というだけではなくレモンとの慣れないデートで疲れていたのかもしれない。

 隣りの席でキャラメルポップコーンを食べていたレモンは、小さく寝息を立てている彼を見て『まったく、しょうがないなぁ』とクスクス笑っていた。



 普段学校で彼女に接触して来る男子と言えば、彼女のルックスやモデルをやっているという肩書きが目的で近付いてくる者が多い。

 それも女慣れしたチャラい輩か、自分がモテると勘違いして調子に乗っているような連中ばっかりなのだ。


 それに比べて、いやらしさや下心も無く接してくれているメイ。

 そんな彼ををちょっとだけ可愛いなぁと思い、つい無意識にメイの頬っぺたを指でツンツンしてみる。



「むにゅ。……ふえぇ?」

「にひひひっ。なにその情けない声。えいっ、えいっ!!」



 途中から映画よりもメイのリアクションが楽しくなってきてしまったレモン。

 暗闇の中でプニプニと赤ちゃんのような柔肌を味わっていたら、そのツンツンしていた人差し指をガッと握られてしまった。



「ごめん、さすがに起こしちゃったかな? ……って、あれ? あれれれ?」



 弄り過ぎて目覚めてしまったのかと思いきや、メイはスゥスゥと寝たままだった。


 しかしレモンの右手は解かれることも無く、ギュッと握られてしまったまま。

 ギャルな見た目に反して意外にも家族以外の男と手を握った記憶が無いピュアな彼女は、急にメイを男として意識し始めてしまう。



「ちょっと~、そういうスキンシップを急にやられちゃうと、ウチだって女の子なんだしドキっとしちゃうんだけどなぁ?」

「むにゃ……すべすべ……」

「……やっぱり起きないし。寝言まで言ってるし」



 それになんだか、握られているだけなのに安心感と興奮がない交ぜになったような感覚におちいってきた。

 じんわりとかいてきた手汗が無性に気になって仕方がない。



「も、もしかして、このまま映画が終わるまでこの調子なのかな。それもちょっとだけ嬉しい気も……ひゃぁあんっ!?」



 少しだけデートの気分も良いかな、と悪戯心が湧いてしまったら、何かを感じ取ったのかメイの手が離れた。


 あっ、放れちゃった……と残念に思った次の瞬間、フリーになったメイの指がレモンの太腿ふとももを優しく撫でた。



「やっ、やあぁあんっ……ちょっとメイっち、そこはダメだってばぁ……ふあ

 あっ」



 レモンの切なげなお願いも、夢の世界のメイには届かない。無慈悲にも彼の手は休まることも無く、さらに際どいラインまで侵食されていく。


 彼女の白く細い指とは違ってゲームダコでふしくれ立った男らしい手なのに、絶妙なフェザータッチでサワサワと撫でられ、ぞわぞわゾクゾクとした感覚がレモンを襲う。



「あっあっ……だ、ダメだよぅ。お願いっ、それ以上はっ……」



 冷静に考えれば、本当に止めて欲しければ阻止することは簡単だ。

 おのれの太腿の上にある、その手を振り払うだけで済むのだから。



「メイ……くぅん……」



 しかしレモンはその体験したことの無い快感にあらがうことが出来ない。


 異性との接触がこんなにも自分の中のいやらしいせいの本能をくすぐってくるとは想像もしていなかった。

 自分がこんなにも変態だったのかという羞恥心が更に彼女の情欲を刺激する。



「だめ……その奥は……ダメだから……ぁん」



 ここが映画館内の暗闇でなければ、彼女のその白い肌が真っ赤に燃え上がっていたとバレてしまっていただろう。

 ここが静かなカフェであったなら、彼女の熱のもった吐息が周りの客に聞こえてしまっていただろう。


 もはや取り繕うことも出来ず、あと少しで理性が決壊してしまいそうに――



「うにゅ、まぶしい……あれ? 映画終わっちゃった……?」



 ――というタイミングで映画が終了となり、再び照明がついたせいでメイが目覚めてしまった。



「ごめん、完全に寝ちゃってたみたいだわ……あれ? どうしたんだ?」



 欠伸をしながら隣りを見てみると、そこには息も絶え絶えになったレモンが椅子の上でうずくまっていた。



「お、おい。大丈夫か!? なんか顔真っ赤だけど、調子悪いのか!?」

「……うぅ、もう少しだったのに。って違う違う! だ、大丈夫だよ!」


「本当かよ……顔真っ赤だし、息も荒くないか!?」

「そんなことないよっ!? あっ、これは映画のセイ!! ラストシーンが白熱してたから、つい興奮しちゃっただけっ!」



 彼女がラストシーンで白熱していたのは完全に別の事だ。

 全く観ていなかった映画を言い訳に誤魔化しながら、どうにか落ち着きを取り戻そうとする。



「なんだぁ、そんなに面白いんだったら寝ないでちゃんと観れば良かったぜ」

「そうだよ~。メイっちは勿体ないことしちゃったね!」



 どうやらメイには完全に気付かれなかったようだ。レモンは『――良かった、なんとか誤魔化せたみたいだね』と安堵あんどのため息を吐く。



「ふぅん……じゃあ、~」

「も、もういっかいしちゃうの!?」


「だって良かったんだろ? 繰り返しするのは好きだし、何度でもイケるぜ?」

「なっ、何度でもっ!? やだこの無自覚、怖いよぉ……」



 絶妙に噛みあっていない会話。

 純粋であるはずのレモンの脳内が、メイのあのテクニックを少し披露しただけで真っピンクに染まってしまっていた。


 もちろん、これはこの世界の神がメイに性技能のチートを与えてしまったがゆえである。おそらく彼がもっと女たらしのクズであったのなら、彼らの学園は崩壊していただろう。それほどまでにメイの能力は強力だったのだ。




「いや、さすがに俺一人で観に行くか、アカネあたりを誘って行くぞ? 多分喜んで付き合ってくれるだろうし」

「そ、そっかぁー。――っていうか、ウチももう一度……」

「え? なんか言った??」

「ううん、なんでもない! 何でもないよ……」



 さっきから様子のおかしいレモンを『やっぱり調子が悪いんじゃ? 疲れているのか?』と首を傾げて心配する。

 あの元気なギャルがしおらしくモジモジしているのだ。さすがのメイも気遣うことぐらいはできる。



「じゃあ、あとはお茶でも飲んで今日は解散するか?」

「そうだね~。時間も夕方近いし、そうしよっか。……の前にちょっとお手洗い行ってくる!!」

「ん、分かった。ここで待ってるわ」



 メイの目を見れないまま、レモンはトイレへ小走りしていく。

 そして鏡の前に立つと、そこには未だ顔を真っ赤にした少女が映っていた。



「す、すごかった……。あんなの、オンナがあらがえるワケないよっ! ……アカネっちはメイっちと一緒に居てずっとこんな感じだったのかな……?」



 幼馴染という事は触れ合うことなんて日常茶飯事だろう。

 アカネはメイのことが大好きみたいだし、むしろ自分の方からベタベタしているのをしょっちゅう見ている。



「手を握るなんて当たり前。一緒にお昼寝したり、もしかしてお風呂にも入っちゃったりなんかして……!? そ、それってもっと凄いことも? そんなことって――」



 ――そんな凄いこと、アカネだけしてもらうなんてズルいよ。



 レモンらしくない、嫉妬のような感情が芽生えた瞬間だった。

 今はまだハッキリと自覚も出来ていない、種火のような小さなものであったが――純粋だったはずの彼女の心に、あの快感と共に確実に埋め込められてしまっていた。



「それにまだ付き合ってもいないみたいだし、ウチもちょっとぐらい……うぅん、これはウチのお仕事の演技の練習だから。メイっちの恋愛の勉強に付き合ってあげるんだから、ウチだってイロイロと……だからいいよね、アカネ?」



 

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