第6話 May9 憧れの彼女との再会。

 入ってきたばかりの少女は部室のドアをバァンと閉め、もうこれ以上用はないと言わんばかりに廊下へと逃げて行ってしまった。


 教師に呼び出されたと思ったら、変態プレイを見せられたのだ。

 正直言って、彼女は何も悪くは無い。完全な被害者である。



「いやぁ、彼女も呼び出していたのをすっかり忘れていたよ。あははは、ソーリーソーリーメンゴメンゴ?」

「ちょっと!? 今のって完全に私たちも巻き込まれてるんですけどォ!?」



 キワミの白衣を掴みかかりながら、顔を真っ赤にして猛攻撃を仕掛けるアカネ。

 さすがに悪いと思ったのか、キワミは気まずそうに笑いながら頬を人差し指でポリポリと掻いている。



「ねぇ、メイもなにか先生に言ってやって……って、どうしたのメイ。だいじょう、ぶ……?」

「そんな……まさか……なぜお姉ちゃんがここに? 嘘だろ……」



 口元をワナワナとさせながら、長年一緒に過ごしてきたアカネですら見たことも無いほどの動揺を見せているメイ。

 さすがに何か緊急事態だと察したアカネとキワミは、ここにきてやっと彼を拘束から解放した。




 沈黙し重々しい空気が漂う教室。

 コポコポと沸騰しているフラスコやパソコンの電子音が大きく木霊こだまする。

 ちなみに教室を大音量で流れていた交尾動画、アニマルビデオはアカネが空気を読んで停止させた。



「さっき来ていた女の子……あの人は、俺が昔、世話になった人なんだ」

「ま、まさかメイがずっと憧れていたっていう、あの……!?」

「ああ、そうだと思う……」



 父子家庭であるメイは小さな頃から今以上に根暗で、引っ込み思案だった。

 家族である父も仕事が多忙だったせいであまり家に帰ってくることも無く、そんな彼はいつも家の中で引き篭もっていたのである。



 そんな幼少時代のある日。

 父に連れられ、メイはどこかの施設に来ていた。


 それはコンクリートで出来た、閉鎖的な研究施設の様な建物だった。

 その施設には他にも同年代ぐらいの子どもが何人か居たが、当時から陰キャだったメイにはその中の輪に入ることなんて出来なかった。



「今でも思うけど、まるで学校の教室みたいで居づらかったよ。だから俺は、施設にあった中庭の人目に触れない木陰で休んでいたんだ」

「その時からメイのことは知っていたけど、今と大して変わらなかったわよね」

「うるさいな。いいだろ、別に」

「もしかして、メイ君はそこで出会ったのかしら? あの生徒――銘田めいださんに」



 キワミはメイが言う憧れの彼女――銘田というらしい生徒――のことを知っていた。

 わざわざ呼び出したのだからそれも当然なのだが、面識のあるメイは彼女の名を知らなかったようだ。



「お姉ちゃん……銘田さんっていうんだ……名前も知らなかった。キワミ先生の言う通り、お姉ちゃんはあの時、独りぼっちだった俺を見つけて遊びに誘ってくれたんだ。それから何度かその施設に行ったことはあるんだけど、その度にお姉ちゃんが俺を元気づけてくれたんだ……」


「それで……その女を好きになっちゃったんだ。チッ……。あの時もっと私がメイに構っていれば……」

「これは……中々にドロドロした展開ね……」



 幼馴染の彼女ですら知らなかったメイが長年好きだった女の子。

 過去の自分の失態に腹立たしく感じつつも、現れてしまった恋敵ライバルの存在を心の奥から沸々と疎ましく思う感情が湧いてくる。


 キワミはアカネの背後に漂っている真っ黒なオーラを幻視して若干引いていた。




「そういえば、なんでキワミ先生はお姉ちゃんを……?」

「銘田さん……銘田めいだ さつきさんは、恐らくどこかの機関から派遣された監視要員の疑いがあるの。つまりは――スパイね」

「「スパイ!?」」



 幼少時代のメイの優しく面倒を見てくれていたはずのあのお姉ちゃんが、何かのスパイかもしれないという話を聞いた彼は大きなショックを受けた。


 少なくともメイの中で“スパイ”というワードに良いイメージは無い。

 あの優しく自分の手を引いて暗闇から引っ張り出してくれたお姉ちゃんの想い出にピシリ、とひびが入った気がした。



「そう、スパイよ。この崇高すうこうな研究活動を監視するために、反政府組織がこの学園にわざわざ送り込んだのよ」

「そんな……お姉ちゃんが……?」



 ガックリと項垂れてしまったメイを見て、仮にも教師であるキワミはこのままサツキについて話すのは良くないと判断したようだ。

 彼女は当初の話題に戻すことにする。



「ま、スパイの話は追々ね。それより、どうかしら。貴方たち二人はMAYクラブに入部してくれる?」

「……そうだ! 先生のせいで俺のあんな恥ずかしい姿を見られたんじゃないですか!! 完全にドン引かれてたぞ!? 嫌われていたらどうしてくれるんだよ!」


「そうは言うけど、こっちは国の未来を左右するれっきとした政府公認クラブなのよ? ……とはいえ、協力してもらうだけっていうのはフェアじゃないわね。分かったわ。研究ついでに、メイ君の男性としての魅力を向上させる手助けをしてあげる。そう、国を挙げてメイ君の恋愛をバックアップするわよ! これでどうかしら?」

「やります!!」



 キワミ渾身の魅力的な提案に即答するメイ。

 上手く交渉が纏まり、にこやかな笑みで固い握手を交わす二人。


 だがこの状況を良く思わない人間が一人。

 メイの恋愛が上手くいってしまっては困る女がいるのだ。


 ――そう、メイの幼馴染であり彼に執着するアカネである。



 このまま自分の関与しないところでメイの恋愛話が信仰するのはマズい。非常に不味い。


 恋路を邪魔するにしろ、メイのハートを奪うにしろ、そこに自分が居ないことには始まらない。焦りが脳を支配し、気付いた時にはアカネの口は開いていた。



「ま、待って!! メイが入るなら私も入る!! 私もそのクラブに入部するわ!!」



 その言葉を聞いて、更に深く口角を上げるキワミ。

 こうしてMAYクラブに、記念すべき最初の部員が集まった。



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