春はあけぼの…
奈那美
第1話
春はあけぼの。 やうやう白くなりゆく山際……
有名な古典の冒頭。
(やうやう白くなりゆく…そんな早朝に起きていられるわけがない。春眠暁を覚えずのほうが正しいに決まってる)そう思いながら机に突っ伏して居眠りをしていると廊下を思い切り全力疾走する足音が聞こえてきた。
ダダダダダダ…どんどん近づいてきたかと思うとガラッと引戸をあけて部屋の中に走りこんできた。
「桜子!あんたまた私の彼氏に手を出したでしょう!」
声の主はほかのクラスメイトと雑談をしている一人の少女を指さしながらそうどなった。そしてストレートのツインテールの髪をゆらしながらその少女のほうに近づいていく。言われた少女はというとびっくりするでもなく、むしろ涼しい顔で近づいてくる少女を見ていた。机の横に立って腰に手を当てて怒り心頭と言った顔で桜子を見下ろしている少女を見上げて桜子は返した。
「私、あんたの彼氏に手なんて出してないわよ?いいがかりつけないでよね、桃子」
桜子は肩にかかる髪をサラリとはらいながらそう言った。
「うそ!さおりに聞いたんだから。昨日の夕方浩史が桜子と一緒にゲーセンにいるの見たって」
「ああ。あれ?べつにいいじゃないの?減るもんじゃなし。それに浩史くんの方から声かけてきたんだもん」
「だからってヒトの彼氏と遊んでいいという理由にはならないでしょう!」
……まったく貴重な昼寝タイムを邪魔しやがって。そう思いながらクラスを見回すと女子二人がけんかをしているというのに誰も気にするそぶりがない。それどころかニヤニヤして見ているクラスメイトもいる。それもそのはず。この二人のけんかは今に始まったことではないからだ。桃子が桜子にくってかかることもあれば、逆に桜子が桃子にかみついていることもある。理由はさまざまだけど大概は些細なこと。今日も彼氏に手を出されたなんて騒いでるけど歴代の彼氏(さかのぼれば保育園時代からになるから、何人になるだろう)と『そのこと』が理由で別れたことは一度もない。そう思い出している間にもけんかは続いていて。そろそろかな?と思った時にいつもの決まり文句が桃子の口から飛び出した。
「なによ!このブス!ブスのくせにヒトの彼氏と遊んでるんじゃないわよ!桜子」
「あんたにブスって言われるすじあいはないわよ?桃子。あんたこそ鏡を見てきたら?」
……仕方ない。仲裁しに行くか。私は席を立って後ろで一つにくくった髪の束をするりとひとなでして、二人のところに歩いて行った。
「桜子も桃子も、いいかげんにしてよ。うるさくて眠られないじゃない」
「そんなこと言っても、もとはと言えば桜子が…」
「だから違うって言ってるでしょ!桃子」
「ふたりともさあ、そんなけんかクラスの中でやらなくても、いつでもできるじゃない」
「そう言っても思った時に言わないと、桜子っていっつも逃げちゃうんだもん」
「それは桃子がしつこいからでしょ?梅子からも言ってやってよ」
ふたりのほこさきが私の方に向かってきた。それぞれが自分の正当性を主張して私に味方についてもらおうとする。キャンキャンキャンキャン……ああうるさい。
「もう、二人ともうるさい!ふたりとも何様のつもり?私の昼寝の時間を奪って、なにか楽しいの?」
昼寝の時間をじゃまされてイライラしていたのか私は仲裁しにきたはずの相手、桃子と桜子にむかって文句をつけだしていた。
「ふたりとも、いつもそう!私ばっかり貧乏くじひかされて。いつも真っ先に何かさせられるのは私で、桃子も桜子もあとからのんびりやってくるだけじゃない。いいかげんにしてよ。それに…」
「そんなこと言ってるけど梅子も……」
「梅子ばっかりじゃないわ。わたしだって……」
さすがに見かねたクラスメイトの男子がひとりおずおずと声をかけてきた。
「春野たちさ……そろそろけんかはやめたほうが……」
「「「部外者は、だまってて!!!」」」ぴったりそろった三重奏。
梅子
桃子
桜子
私たちはあけぼの中学校2年4組の名物三つ子姉妹。
了
春はあけぼの… 奈那美 @mike7691
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