第 6話 粉

「窓口さん、今日のレート交換比率はどれくらい?」


 クロエは軽い流し目を寄こしながら一度、足を止める。イリソスが嘆息たんそくするのを確認すると、彼女は奥へと軽やかに歩を進めた。商人達と言葉をわし、口から銅貨を取り出すのを見て、イリソスは目線を落とす。


「ねえ、窓口さん。二人、入れて良い?」


 不意に影を落とされ顔を上げれば、彼女は柳腰やなぎごしに手を当て天秤台に身を乗り出していた。


「何を買う?」

「穀物粉と石灰せっかいを二袋ずつ。取り違えたら大変だから別に持たせたいの」


 イリソスが合図を送ると衛兵は屈強くっきょうな男達を中へ入れる。彼らにもクロエは晴れやかな笑みを向け、小首をかしげた。彼の目の前で武骨ぶこつな顔が二つわずかにゆるむ。

 イリソスはため息がちに声をらした。


「まだ山から下りないんだね」

「ここを征服するんだもの」

「遊びは程々にしなよ」

「あら、私、本気よ?」

「魔法の腕試しでもしたいの?」


 ダンジョン化した初期、ここへ来た有志は奉仕する名誉のためだった、と聞く。しかし、今の挑戦者は大抵、自らの力を証明し、報酬と未来を得るのが目的だ。

 特に魔法を修めた者は、そうだった。

 魔法は日常、求められる域を超えれば、関心を払う人が少なく、有益さも理解されにくい。優秀な魔法の使い手にとってダンジョンは自らの実力と、力の将来性を示せる場なのだと、ラウレイオンにいれば耳に入った。

 しかし、


「そんなことして、どうするの?」


 クロエはきょとんとした顔でイリソスを見下ろした。その余りに無防備な表情は彼女が心底そう思っていることを語る。それが寧ろ不快でイリソスは眉間にシワを寄せた。

 誰もが受けられるわけではない教育を受け、それを受け止める才の器もあった人間は無自覚に傲慢ごうまんだ。イリソスはそう思い、必要もなく天秤をみがこうとして、


「私がここへ来たのは、大事な人が山で殺されたから」


 明るくさえ聞こえる声音で紡がれた内容を反芻はんすうし、思わず振り仰いだ。それを待っていたようにクロエは妖艶ようえんに微笑むと、身をかがめ、彼の耳元に顔を寄せる。


『だから、デイアネイラに復讐しに来たの』


 ささやいた瞬間、彼女の瞳は冷たい光をたたえ、イリソスの視線をとらえた。

 そこに荷を抱えた男達が現れ、クロエはにこやかに身をひるがえす。彼等に続き、粉塵ふんじんの中へと去る後ろ姿をイリソスの目は追わずにいられなかった。


「お前、本当に純情だな。カモだと思われてるんだから気をつけろ」

かけられて本気になるなよ」


 物売り達の揶揄やゆの声は騒音に混じり、おぼろにしか響かない。



――僕がもう呪いのさだめを見つけていたことを君は知らない。

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