第 4話 銀

 軍靴クレピスの響きを残し、管理棟を出て行くクロエは粉塵ふんじんと煙にかすむ。



 ラウレイオンはダンジョン魔窟と化してからも、封じられなかった坑口周りでは鉱石がくだかれ続け、溶鉱炉ようこうろの火も落ちなかった。

 主な銀鉱床こうしょうは掘り尽くされたとはいえ、奥にはまだ細い鉱脈がある。石は経営者のものだが、持ち帰ったパーティ部隊には引き換えの配給と報酬が約束されていた。そのため、中に入った者は必ず鉱石を切り出す。


 鉱石はパーティがどこへ行ったかもあかす。

 坑道の広い、大勢がおもむける辺りは魔も狩られて少なく、採れる石はせていた。良い石の出る奥へ行けば、魔も多く、戦いにくい。

 熟練の鉱山奴隷は石から到達の深さを推測し、それを元にパーティの働きは格付けされて報酬が変わった。小屋のある坑口前では常に奴隷達が待ち構え、ダンジョンからの帰還者を検査している。

 そうして手に入る鉱石を彼らは日々、粉砕ふんさいし、洗い分け、灰吹はいふきで銅や鉛を分離した。


 だから、ラウレイオンの空気は澄むことがない。

 それは、日の光さえゆがむ地、太陽神の加護かごを受けないものがつどう、と言われる程だった。


 それでも最近はろくな石が採れない分、空気が良いのだとイリソスは古参の奴隷から聞いている。

 鉱山に魔が巣食い、討伐とうばつが優先されたため、寿命の短い鉱山奴隷のさだめを逃れ、自分は命を稼いでいる、と彼は笑った。金の瞳も隠れそうに皴を寄せる彼は、成人して程なくラウレイオンに派遣されたイリソスと歳は大きく変わらなかった。


『魔法を使えるお人達が山へ入るようになって、えらいもん魔法ができたとか。今じゃ、山ん中で石から銀を取り出しちまう御仁ごじんもいて。いやぁ、魔物のお陰で楽させてもらってますわ。これじゃ、生きたまま干乾ひからびて散る心配をせにゃいけませんなぁ』


 もっとも、その時、イリソスは笑う気にはなれなかった。

 魔法がらみの仕事が増えたのに伴い、増員として彼はこの地へ来ることとなったのだ。中でも、抽出ちゅうしゅつされた銀を散逸さんいつさせない任務が重要だった。



 イリソスは銀の粒をもたげ、天秤皿へと落とした。澄んだ音が鳴り、彼は最上質の品を仕分ける箱にそれをしまう。

 視線を感じ、振り向けば、商人達が意味ありげな目つきで、にやついていた。


「良い銀だ。2粒採るのは大変だろう。新人が大したものだ」


 不快感を隠し、イリソスが重い口を開くと男達は大袈裟おおげさなまでに笑い出す。


「お前、あいつを知らないなんて、純情な奴だな」

「あれはタルゲリアだ。都で何人もが見てる。間違いない」


 イリソスは眉をひそめた。


「タルゲリア?」

「お前、タルゲリアも知らないのか!」


 耳障みみざわりな笑い声が再びき上がる。


「有名な芸妓ヘタイラだ。『菫冠の都に女神の似姿』がどうとか、って歌があんだよ。相当、稼いだんだろ。強い奴隷を買ったに決まってる」

「時の魔法とやらを使えるらしいが、戦うのはお連れの連中。自分は魔法で若さを保って毎晩、奴らを飼い慣らすのさ、きっと」


 クロエを前にした時の追従ついしょうとは打って変わった正体を彼らはさらけ出した。



――君はいつも称賛しょうさんしのあざけりの近く。

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