第4話

ディープブルー 四


 次の日ー。

 リカは居なくなっていた。

 窓際には吸い殻が数本残った灰皿があった。カーテンが少し空いていて朝陽が射し込んでいる。陽に照らされた場所は鮮明に、それ以外は薄暗く濁って見えた。

 テーブルの上には“ゴメン”とタバコで文字が残されていた。


 数週間が経ちミツオは近所のコンビニでバイトをしている。窓際には灰皿、テーブルに“ゴメン”の文字…そのまま残している。部屋にいるときは灰皿を見つめながらぼぅっとしている。元々、気力はある方では無かったが拍車を掛けて無気力になっている。リカを探す気力すらなく、毎日ただ…ぼぅっとしているだけである。リカとは大事な話も出来ていない、それをしたからと言っても、どうにかなるわけでもない。かといって、伝えたいと思う。リカと過ごした時間が贅沢に感じている。

 どちらにせよ。リカとは放れる事になるのだが、遅かれ早かれ…別れる事になったのである…そう言い聞かせている。


 天井を見つめながら眠りに落ちた途端…。


 パチンッ‼


 何かが弾ける音がした。


 ミツオは飛び起きてパソコンをつけた。最後に行こうと言っていた廃旅館を検索し直した。

「河口湖畔…」


 ミツオさん…。


 声が聞こえた。

 今まで聞こえていた声は微かに聴こえる位だったが、今回はハッキリとリカの声だと解った。今まで聴こえていた声はリカの物だったのではないかと…リカの無意識の声が聴こえていたのかもしれないと思った。


 ミツオは部屋の中を、灰皿と“ゴメン”以外の自分の荷物を整理した。カーテンは隙間なく閉めた。玄関の鍵は開けておいた。


 レンタカーで河口湖を目指した。


 美しい景色は横目で流して、廃旅館を探した。浮かれた人達が土産屋に入る。数人の霊達がそれを見ている。

 湖畔沿いに車を走らせていると、少し奥まった場所に旅館らしき建物が林の中に見えた。

 ミツオは車をハッピードリンクに停めて徒歩で廃旅館へ向かった。

 廃旅館の敷地へ入るのは貼り付いてくる雑草を薙ぎ倒しながら、蔦の絡まった立ち入り禁止のバリケードを越えて蕀の植物で傷だらけにならなければ行けなかった。

 腐った建物内は静まり返っていて霊の気配すらない…。

 ミツオは建物内を細かく見て回った。

 宴会場には野性動物の糞…浴場は雨水が溜まっている。二階はあちこちに穴が開いていて一階が見えている。

 気持ち悪い風が吹く廊下の一番奥の部屋に気配を感じた。一番光の入らない部屋である。

「…リカ?」

ミツオは足早に向かった。

「リカ‼」

近づくに連れて気配の主がリカだと確信した。

 部屋に近づくと、中からリカが顔を出した。

「ミツオさん!それ以上来ちゃダメ!」

リカが叫んだ。

 ミツオは構わず進んだ。

 リカまであと2メートルの所で廊下が崩れミツオは一階へ転落した。ロンブーの落とし穴のように、ミツオは落ちた。

 リカは慌てて一階へ向かった。

 青白い月明かりの中にミツオは仰向けに倒れていて、腐った材木が周りに散乱していた。

 そして、一本の柱が折れていて、鋭利になった箇所がミツオの腹部を貫いていた。

「ミツオさん…」

リカはミツオの側で悲しそうな顔をしている。

 ミツオは、悲しそうな、でも、嬉しそうなリカと腹部に刺さった木を交互に見つめた。

「ミツオさん…死んじゃダメだよ…」

リカは、ミツオを除き混むようにしている。

 微かに動く手をリカの頬に伸ばした。暖かくて柔らかい頬から首筋に手を回して、肩を抱き寄せた。リカは素直にミツオの胸に顔を埋めた。

「リカ…俺は…死んだのか?…」

「解らない…でも、ミツオさんの体温と鼓動を感じるよ…何でだろう」

「…何でだろうな…やっとリカに触れられたよ」

ミツオは力が入らなくなっていく身体を感じながら目を閉じた。

 リカの体温を感じながら、意識が無くなってゆく。

 なぜ…そんな事はどうでもよくて、ただ、リカに触れられた事に喜びと安堵を感じている。命の灯火が微かになってゆく…死の実感を感じている。死を感じているのに、リカの存在が明確になってゆく…。

 リカはミツオの隣に寝転んで、ミツオの腕を枕にした。ミツオの身体に絡み付いて、ミツオの胸に顔を埋めた。このまま、このまま…此処で、こうしておこう…ずっとこうしておこう…。


 動かなくなったミツオの身体にリカは寄り添ったまま眠りについた。


 何年経ったのだろうか…。


 廃旅館が取り壊される時に旅館の中央部から二人分の白骨化した遺体が発見された。


 深井満雄(32)フリーター

 永原加奈子(26)無職


 永原加奈子(26)は、十五年前に新宿区のマンションでも刺殺された状態で発見されている。当時、発見されたマンションは歌舞伎町で働いていたホスト=田川良介当時(29)の自宅であった。

 この事件は未解決として、闇の中へと消えていった。


 旅館のあった場所は眺めのよい展望台が建っている。

 そこで仲良く星空を眺めるカップルの幽霊を見ると幸せになれるという巷で有名なスポットになっている。

 幽霊を見たくて訪れるカップルが後を絶たない…。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ディープブルー 門前払 勝無 @kaburemono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説