第3話
ディープブルー 参
私の事を真剣に考えてくれる人がいる…でも、もう遅いよ…。
「なんか言った?」
「言って無いよ」
「そっか…」
ミツオはまた空耳が聞こえた。
リカは台所でミツオに飲み物を用意しようとしたが触れる事の出来るモノと出来ないモノがあって色んなモノを触ろうとしていた。
「なにしてんの?」
「飲み物でもと思って…」
「大丈夫だよ…」
「ごめん…」
リカは座って、唯一のたばこをくわえた。
「ありがとう…」
ミツオは寂しげなリカにお礼を言った。
リカは恥ずかしそうにはにかんでいた。
ミツオは、はにかんだリカの表情を見て思った。
リカを成仏させてあげるのが自分のやるべき事なのではないか…今まで中途半端に生きてきた自分のやるべき事がリカを成仏させてあげる事なのではないか…この能力は今の為に持った能力なのではないか…幽霊すら見てみぬふりをしてきたがリカだけは見てみぬふりは出来ない感情が涌いている。こんな優しいリカが誰になんで殺されなければならなかったのか…この世を一人ボッチでさ迷わなければならないのか…考えると涙が溢れてくる。
「ミツオ…泣いてるね」
「…うん」
「なんで?」
「わかんない…」
「そっか…」
「…」
「慰めてあげられなくてごめんね…」
「…大丈夫だよ」
布団にくるまるミツオをリカは見つめている。
それから数日後、ミツオはリカと埼玉の実家に向かった。母親が出所してきているのを姉に確認して、駅前からタクシーにのった。
古ぼけた実家の前でタクシーを降りた。懐かしい景色ではあるが嬉しくは無かった。
タクシーの運転手はミツオを降ろした後、後部座席の使用禁止の灰皿に吸殻を見つけて舌打ちした。しかし、ミツオがたばこを吸った覚えはなかった…。
玄関を開けた姉はリカに気づかないでミツオを家に招いた。
室内は線香が充満していて訳のわからない宗教的な物がそこら辺に置かれていた。壁にはお札やどこかの国の神様の絵が飾られていて仏教なのかキリスト教なのかイスラム教なのかヒンドゥー教なのかわからない事になっていた。
「姉ちゃん…これはなに教なの?」
「バカね…これは母さんと姉ちゃんが辿り着いた宗派なの、神様というのは、隔たりなくて、壁を作ったのは人間なの、私たちはその隔たりを乗り越えて行かなきゃ行けないのよ…まぁバカなあんたにはわからないでしょうがね…母さんは祭壇の前にいるから、挨拶しなさいね」
姉はリビングを指さしてから自分は台所に消えた。
やはり姉はリカに気づいていない…。
リビングでは母親が怪しい祭壇の前にうずくまっている。祭壇には父親の写真が飾ってある。
「父さんの写真…」
母親は振り返った。
「あら、お帰りなさい」
「ただいま…」
「泊まって行くの?」
「いや、今日は相談があってきた」
「あら、じゃもうすぐご飯だから食べながら聞くわね」
「ありがとう…」
ミツオは客間に荷物を降ろした。リカは家の中を徘徊している。
ミツオが学生まで過ごした実家の面影は無く怪しい霊媒師の館になっていた。
「やっぱり無理かぁ…」
数年ぶりの家族との食事なのだがどことなく違和感を感じる。
「相談の前に料金の説明するね」
姉が居酒屋のメニュー表のような物を広げてきた。
「料金?」
「一時間の相談なら一万円、延長すると30分二千円、浄霊五万円、徐霊五万円になるよ」
姉は坦々と説明している。
「貴方のお母さんは、神様に選ばれた人なのは解るわね?貴方に邪悪な気が漂っているのを感じているの、だから家族の枠を越えた相談が必要なのよ」
「意味が解らないよ」
「貴方がバカなのは、貴方のせいじゃなくて、邪悪な気のせいなの…だから、お母さん…いや、御霊様の力が必要なの」
「ミツオは本当は頭の良い子なの、昔はお母さんに力が無かったから放っておいたけど…もう安心していいのよ、今からお母さんが御霊様になってパワーを送ってあげるからね」
「俺の頭の悪さは昔からだよ」
母親と姉はミツオの言葉を無視しながらテーブルの上に水晶を置いた。
「あ、これって言ってた水晶かな?」
リカが笑いながら言った。
ミツオは苦笑いした。
「料金は後で振り込みでいいからね…メールで振込先送っておくから」
姉が言った。
「いや、いいよ。相談ってか…二人とも、俺の横にいるの見えない?」
「何が?」
「横にいるんだけど…」
「え?あぁ、見えてるわよ、もちろん、さっきから見えてるわよ」
母親は焦った表情をした。
「じゃどんな容姿か当ててみなよ」
「あんた、お母さんをバカにする気?」
母親は何やら念じ始めた。デタラメなお経を唱えながら眉間に皺を寄せている。
リカは口を押さえながら笑うのを堪えている。
「お父さん…そう、貴方の横にはお父さんがいる…」
「お父さん?」
ミツオは呆れた。
リカは耐えきれずに吹き出してしまった。
「私、ミツオさんのお父さんになっちゃった」
「母さん…違うよ。父さんはまだ生きてるよ」
「守護霊は生きていても、現れるモノなのよ、貴方は霊の事を知らないから…」
ミツオは母親の話を割って入った。
「俺の横にいるのは、若い女の人だよ」
「え?」
「この娘を成仏させてあげたくて、母さんに相談に来たんだよ」
母親と姉は回りをキョロキョロ見回している。
「でも、見えないんじゃ意味無いね…俺、帰るよ」
ミツオは席を立った。
「貴方、霊が見えるの?」
「昔から見えるよ」
「え?」
「でも、知識がないから黙ってたけどね…この娘は今までとは違って、俺を助けてくれたし、俺も助けてあげたいんだよ」
「ミツオ…」
「もう、帰るよ…成仏させてくれる人は自分で探すよ」
ミツオは荷物を持って玄関を出た。しばらく歩いて、振り返ると母親と姉は玄関の前で塩を撒きながら仏具を振り回しながらお経を唱えていた。
ミツオは毎晩リカを連れて心霊スポットを歩き回った。小平霊園、多磨霊園、雑司ヶ谷霊園、高島平団地、多摩地区にあるトンネル、花魁淵等に出掛けた。霊の事は霊に聞けばいいと思ったからである。
しかし、どこに行ってもその場所の幽霊に説教されてしまうのであった。霊園は供養された霊達だから、リカみたいなのを連れてくるなと言われた。“リカみたいなの”とは何なのか…解らずじまいで、ひたすら説教されるだけであった。花魁淵では、花魁にビンタされてリカと花魁が口論になっていた。
結局、ミツオはパソコンでいろんな事を調べている。
もう、いいよ…。
「なんか言ったかい?」
「言ってないよ」
「そっか…」
「ありがとね」
リカはミツオの背中に触れようとしたが、触れられなかった。
「アタシが生きてるときにミツオさんと会っていたら…こんな気持ちになってたのかな…?」
「なってたよ…」
リカの目から黒ずんだ涙が溢れた。
ミツオは振り返りリカを見つめてキスをした…キスの距離まで顔を寄せた。リカは少し笑ってしまった。ミツオもはにかんだ。
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