07話.[不公平だろうが]
「大変だよ和宏!」
読書中にいきなりやって来ては耳元で大声を出されて咄嗟に殴ってしまうところだった。
「なにかあったんすか」
「あ、お母さんと翠が優しくて気持ちが悪いんだよ!」
「いいことじゃないですか……」
マジでびっくりした。
鼓膜が破れるかと思ったし、情けなくうわあ!? とか言ってしまうところだったんだぞ。
「いやいやいや! 僕があの家を出ることになった理由を和宏が一番知っているでしょ!」
「悪口を言われたりしていないのならいいじゃないですか」
こっちは一応心配で心配で心配だったというのに結果はこれ。
まあいいことではあるが、もう少し態度には気をつけてほしいところだった。
「そうか、分かったぞ」
「はい?」
なんなんだ今日は、面倒くさいテンションだ。
「翠とまた仲良くできるからって喜んでいるんだろっ」
「はい?」
これまでだって翠とやり取りをしたり一緒に行動したことが何度もあった、だからいまさらそんなことを言われてもなんの新鮮味もないわけだ。
あ、そういえばこの前馬鹿なことを言っていたか、翠が俺に告白してくるかもとかそういうことを。
なんでそうなるのかは分からないが、とにかく気にしているのは確かなようだった。
「はぁ、和宏は素直じゃないからね、お兄ちゃんが仕方がないからちゃんと聞いてあげるよ」
自宅に帰れて意外にもふたりが優しかったことで昔の謙太先輩が出てきているのか、それとも単純に俺と翠に付き合ってほしいのか、そのどちらかだ。
「はいはい、翠と付き合いますよー」
って、それには無反応かよ!
しかも教室から出ていってしまったし、……こういうところは本当によく似ている兄妹だなって感じだった。
「おっすー」
「あ、その人を止めてください」
「謙太ー……って、行っちまったぞ」
ハイテンションかと思えばまた極端なことを……。
いきなり自虐しだすし、かと思えば調子に乗るし、本当に年上らしさが微塵も伝わってこない人だ。
「謙太、どうしたんだよ?」
先輩が問いかけても無視なんて実に謙太先輩らしくない。
ただ、流石に限界がきたのか足を止めてくれて助かった。
ずっと追いかけ続けるのは面倒くさいからだ。
「和宏は翠と付き合うんだって」
「え、マジ?」
あくまでも振り返らないまま謙太先輩が頷く。
これはもしかして……と思って前に移動してみたら、
「うわ、なんすかその顔……」
ハイテンションからの泣き顔披露って今日はどうしたよ。
本当は母親と翠から厳しく対応されているとかか?
「情緒不安定ですね」
「……和宏が悪い」
「だそうなんで、俺に任せてください」
「おう、終わったら説明してくれ」
とりあえず廊下でも気にせずに座らせる。
明らかに普通じゃないから留めておかないと駄目なんだ。
「で? なんで今日はそんなにおかしいんです?」
「……ふたりが優しいのは本当なんだよ」
「ならいいじゃないですか」
そのふたりから悪く言われる、明らかに違う態度を見せられるのが嫌で出てきたことになるんだから。
確かに俺は家族を除けば一番知っているわけだ、だって俺があの家から出したようなものなんだからな。
「かっ」
「落ち着いでください」
「……和宏にいなくなってほしくない」
「はあ? なに勝手に人をいなくさせようとしているんですか」
俺はまだ高校一年生だし、引っ越しをすることだって絶対にないと言える。
両親はこの土地を気に入っているし、もし転勤みたいなことになってもそうなったら辞めるとすら言っているぐらいだ。
なのになんで不安になっているのか、まあそりゃいきなりだから困惑するのは分からないでもないが……。
「だってさ、翠と付き合ったらもう来てくれなくなっちゃうわけだからさ」
「冗談ですよ、好きな奴がいるって言ったじゃないで――」
「えっ、和宏に!?」
「はあ? 違いますよ、翠に好きな奴がい――待ってください」
これは俺の考えすぎというわけではないだろう。
そうか、そういうことかとひとりで納得する。
当の本人は伝わっていないと思っているのか、それか無自覚で言っているだけなのか、ただ単純に男として言っているだけなのかという曖昧な状態ではあるが。
「つまり謙太先輩は俺がいないと嫌なんですね?」
「うん、前もそう言ったけど」
「つまり、俺のことが好きってことなんですか?」
謙太先輩はあくまでそのままの状態で「好きだけど?」と答えてきた。
……これはかなり恥ずかしい想像をしてしまったのではないかと冷や汗が吹き出てくる。
「あの……なんでいまさっき慌てたんですか?」
「え、ほら、和宏はずっと振り続けてきたわけだからさ、やっとそういう子を見つけられたんだなって思って。それでさ、相手が誰だろうと和宏がいままで通り来てくれることもなくなるんだって考えるとやっぱり悲しくてね」
……むかつく!
むかつくから腕を思いきりつねっておいた。
「痛い!?」と言って涙目になっていた謙太先輩が面白くて、予鈴がなるまでずっと続けたのだった。
「ぶっ、はははっ、そりゃ凄え勘違いってもんだなっ」
「……何回そのことで笑うんすか」
いまこの場所には謙太先輩はいない。
十九時までには帰らなければならないというルールができあがったため、先程ひとりで帰っていった。
俺達はファミレスにドリンクバーと料理を頼み居座っている状態だ。
正直、謙太先輩がいないなら俺も帰りたいぐらいだけどな。
「つかさ、そういうことを考えるってことはお前」
「ま、気に入っている人間にしか優しくなんかしませんよ」
「お? ということは俺のことも好きだということか」
「謙太先輩に悪く言われても嫌だから優しくしているんですよ、本音を言えばいますぐにでも帰りたいぐらいです」
揶揄してこなければ嫌いじゃない。
先輩が同じクラスにいてくれているから少しだけ不安にならずに済んでいるからだ。
なにより情報を把握できるのがいい、これが他のクラスだったりすると一気に難しくなるから教師達には感謝しかなかった。
「お前はわんこみたいに付きまとっていたもんな、感情的になったときもあったよな」
「それはあなたが悪いです」
「でも、お前とか言わないところは可愛いな」
「気をつけているんですよ」
それで泣かせたことがあるからだ。
俺はあのときのことを未だに引きずっている。
だからこそ一緒にいられるようにってなるべく優先しているわけだが、いいのかどうかは分かっていない。
いや、俺的にはいいことだ、一緒にいられるわけなんだから。
「俺に離れてくれなんて言ってきたときは驚いたけどな」
「不安定なんですよ」
「色々事情はあるんだろうけどさ、俺は許せないけどな」
「他所の家庭のことで怒ってもほとんど無意味ですよ」
あれはあの人が初めて反抗的な態度を見せたからなのと、俺がしつこく何度もぶつかったことで折れただけだと思っている。
俺の力じゃない、しかも結局はその親がなんとかしてくれたからこそあそこに住めていたわけなんだから。
だから先輩が言っていたことが正しかったんだ、なんでも動こうとすることがいいことばかりじゃないんだ。
「しかも行きづれえじゃねえか」
「大丈夫ですよ、俺と違って出禁にされていないですし」
「え、お前出禁にされてんの?」
「はい」
衝突した際に偉そうに言ってしまったからなあ。
でも、しょうがないんだ。
だって中学時代のあの人は正直に言って見ていられないほどの状態だったから。
笑顔なんかもちろんなくて、口を開けば「僕なんかどうでもいい」とか言い出すし、かと思えば家に入る直前にこっちを不安に押しつぶされそうな顔で見てきたし。
そういうのもあって、このままじゃ駄目だって思った。
「ありがとうございます」
「は?」
「……良平先輩がいてくれたのもいまの謙太先輩に繋がっていると思いますから」
先輩はこっちの頭を叩いてから「別に礼を言われるためにしたわけじゃねえよ」と。
「そろそろ帰るか」
「はい」
結局、あの涙はただ寂しかったからだけなのだろうか?
もしそうなら紛らわしいことをしやがって、というところだ。
「謙太っていい奴だよな」
「そうですね、悪口とかは言わないですからね」
自分がされて嫌なことをするような人ではない。
まあそんなのは当たり前だろう。
悪口を言われて嫌な思いをしたのに、他者に同じことをしていたら同レベルの存在になってしまう。
「『僕は普通に良平と仲良くしたいし』」
「はい? なにが言いたいんです?」
「謙太から言われたことだ、仲良くしたいってさ」
「だからなんです?」
「お前だけじゃないってことだ」
ふっ、あくまで普通でしょうが。
このままの状態でいられないのは俺の方だ。
「和宏、お前いまからでも謙太から離れろ」
「嫌ですよ」
「冗談だよっ、そんな怖い顔をしてくんなよっ」
少し前までの俺とは違うんだよ。
こっちだけ恥ずかしい思いをするって不公平だろうがと、逆ギレをしつつ寒い夜の中歩いて帰ったのだった。
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