05話.[ただそれだけだ]
「良平先輩」
「ん? おお、よう」
「はい」
特に用はないが先輩達の教室にやって来た。
先輩に話しかけたのは謙太先輩がいなかったから――ではなくて、なんか突っ伏しているから遠慮をした形になる。
「ふっ、今日もじょりじょりだな」
「伸びたらその都度切っていますからね」
「冬なのに寒くねーの?」
「それより髪が長い方が面倒くさいですから」
俺はいまでもこの人のことを気に入っていない。
謙太先輩には必要のない人間だ。
別に害があるわけではないが、かといってなにか役に立てているわけではないわけだし。
「ちょっと廊下に行こうぜ」
「いいですよ」
なんだと少し構えていたらあいつのことだった。
「なんか仲良くなってるんですよ」
「殴られたりとかしてないよな?」
「してたら多分一緒にいません」
謙太先輩はそこまで強くはない。
寧ろひとりじゃなにもできない人というか、散々追い詰められてからじゃないと動けない人というか。
「豪か、悪い奴ではないんだろうけどな」
「ま、俺が見ておくので安心してください」
やり取りをすることで多少はコントロールすることができる。
謙太先輩のところに行っていた理由は俺が返信しなかったからであり、それがなくなれば近づく理由もなくなるというわけだ。
「お前って過保護すぎるだろ」
「そうですか?」
「ああ、そんなのじゃ謙太も窮屈だろ」
先輩は分かっていない、分かっていないが、言い合いになっても馬鹿らしいから気をつけると適当に言っておく。
……単純に俺があの人の側にいないと不安になるんだ。
またなにかに巻き込まれていたら今度は傷つく前に動きたい。
「あれ、ふたりともそんなところでなにしてるの?」
「ただ会話していただけだな」
「そうなんだ、あ、和宏」
「な、なんですか?」
学校で名前呼びをされると違和感しかなかった。
これだったらこれまで通り『町君』呼びの方がよかったか?
「今日はお母さんに会いに行って――」
「はあ!? それだけはやめた方がいいですよ!」
なんにも学習してくれていない。
いつだって俺がいられるわけじゃないんだぞ、矛盾しているけど実際にそうだからどうしようもないんだ。
「まあ落ち着け和宏」
「この人の母親は駄目なんですよ」
妹にすら会わなかったくせになにを言っているのか。
最近は不安定だったから不安になる。
駄目だ、絶対に会わせることはできない。
「謙太はどうして会いたいんだ?」
「なんだかんだ言っていてもちゃんと学費とかを払ってくれているわけだからさ、お礼を言いに行こうと思って」
「なるほどな、じゃあ三人で行くか」
「え、いいの?」
「ああ、なんか和宏がここまで慌てているのを見ると不安になるからな、それなら一緒に行った方が気が楽だし」
……先輩がいるなら抑えられる気がするからいいか。
仕方がないからそういうことで納得しておいた。
ひとりじゃなにもできないくせに、こう決断してからは頑固になるから質が悪い存在った。
「会えなかったな」
「うん」
翠に邪魔をされて不可能だった。
散々待ってこんな結果だったからふたりには申し訳無さしかない。
あとは家族とすらこんなのってと自分も傷ついていた。
「はぁ、翠はなにを考えているのか分からないですね」
「分かるよ、僕に近づいてほしくないんでしょ」
「俺はそういうところ嫌いですけどね」
嫌いと言われても無理やり待つわけにもいかないから仕方がないじゃないか。
お金だって払ってもらえなくなってしまう可能性があるから一方的なことはできないし。
「謙太の妹はなんというか……過激だな」
「僕相手にだけだよ、和宏だけで行ったら全く違うからね」
今日は翠の視界内に僕がいたからああなったんだ。
余計なことを考えず、アプリを利用すればよかったのかな。
「ごめん、僕のせいで時間を無駄にさせて」
「いや、妹がどんな感じなのか気になっていたからな」
「俺も別にそれは構いませんよ、ひとりで無計画に行動しなかっただけ助かりましたし」
ああ、ひとりで行かなくてよかった。
もしひとりで行っていたら……死ねとか言われていたはず。
友達がいてくれるとこういうときに助かるな、ふたりがいたからこそあの程度で済ませてくれたわけだし。
ま、その状態でも馬鹿、うざい、きもいとか言われていたわけだけど、……僕にだけだから問題ないと思いたい。
「はい、おでんでも食べてよ」
「ありがとな」
「ありがとうございます」
流石になんらかの形でお詫びというやつをしなければならなかったので途中で寄ったコンビニで買わさせてもらった。
単純に自分が食べたかったのもある、色々と冷え切ったものを暖めたかったからだ。
「美味いな」
「そうだね」
ああ、落ち着く味だ。
濃すぎず薄すぎず、なんだか懐かしい気持ちになる感じ。
寒い外で食べるとその懐かしさがより強くなり、なんか物凄く悲しくなってしまったが涙を出すのは我慢をした。
構ってちゃんみたいなことはやめているつもりなんだ。
それにいきなり泣かれたりなんかしたらふたりも美味しく食べられないだろうしね。
「それじゃあ今日はありがとう、僕はもう帰るね」
「おう、また明日な」
「うん、また明日」
余計なことを考えてしまうのは昔から変わらない。
変えようとしても数日後には余計なことをしようとしてしまう情けなさがある。
……まあお礼を言おうとしたことは余計なことではないと思っているけど。
でも、向こうにとってはそうじゃないんだ、そんなこと言ってこなくていいから顔を見せるなって思っていることだろう。
「うぅ……」
「馬鹿ですね」
うっ、本当に馬鹿だ、救いようがない。
ふたりを巻き込んでしまうぐらいならひとりの方がよかった。
矛盾まみれの毎日だが、こういう人間だから仕方がない。
「ごめん……」
「だから別にいいって言ったじゃないですか、俺が嫌だったのはあなたが進んで傷つきに行こうとしたことですよ」
「いや、責められたくて行ったわけじゃないんだよ……。お礼もちゃんと言えてなかったことを思い出して、勇気を出してって……ってところだったんだけど」
「でも、結果は家の中にすら入れてもらえず、でしたけどね」
そう、何故か翠が家にいて、入れてくれなかったのだ。
大体十分ぐらい彼や谷田部君が話し合ってくれたものの、僕がいるということで頑なに受け入れてくれなかったことになる。
「情けないよ」
「そうやって言うぐらいなら行かないでください」
「……ごめん」
寧ろあれでよくお金をくれているな。
翠はともかく、母の方はちゃんと考えてくれているのかな。
父がなにかを言ってくれているのだろうか?
……口に出すと怒られるから黙っていそうだけどな。
「和宏はお姉さんと仲良くていいよね」
「まあ、喧嘩をする必要がないですからね」
「いいなあ」
僕だって喧嘩なんかしたくないんだ。
それでも相手が臨戦態勢ならもうどうしようもない。
僕の言葉に価値はない、いるだけで悪として扱われるだけ。
「じゃあ家に来ます?」
「ん? それってどういう……」
「いや、俺の家に住めば仲良くできますけど」
「ああ」
いや、そういうことが言いたかったんじゃないんだよ。
長年一緒にいる彼の家だろうと窮屈さがあるから無理だ、そもそも向こうが無理だと言うことだろう。
「そういうことが言いたかったんじゃないんだ」
「そうですか」
それにいまの環境で十分満足している。
悪口を聞かなくて済むんだ、これ以上の贅沢は必要ない。
それでも一応彼にはお礼を言っておいた。
彼は嫌そうな顔で「別に」と言うだけだった。
「今度は良平先輩ですか」
「うん、朝からずっとあんな調子でさ」
邪魔をするわけにもいかないから話もできないでいる。
なにか悩み事があるなら少しぐらいは動いてあげたいけどどうだろうか?
ただ、そもそも話してくれなければどうしようもない。
「良平先輩、あなたにしては珍しいことをしていますね」
「……うるさい」
「まあそう言わないでくださいよ、可愛い後輩が話しかけてあげているんですから」
いつもと立場が逆のようだった。
どうやら機嫌が悪いようだ、いま動くと逆効果になりかねないから近づくのはやめようと決めた自分。
だが、
「良平先輩、起きてくださいよ」
そういう態度には慣れているのか彼は依然として話しかけ続ける、だから見ているこちらがひやひやとしてしまう。
「なんだよ鬱陶しいなっ」
「いつもあなたがしてくれていることですよ」
「はぁ、謙太、ちょっと廊下に行こう」
「うん、分かった」
もちろん彼も付いてきた。
それを見てため息をつきつつも、谷田部君はどうしてそうしているのかを説明してくれた。
「告白かあ」
異性からの告白なんて一度もされたことがないから想像することだけしかできない。
だけど珍しいな、それぐらいでそこまで悩むような人には見えないけど。
「いいなら受け入れる、嫌なら断るというだけじゃないですか」
「お前な、振るのだって精神が削られるんだぞ?」
「俺は何回もされたことがありますけど、全部気にせずに断っていますからね」
な、何回もされているのか……。
羨ましいとは思わないけど、やっぱり違うんだって分かった。
「さり気なく自慢しやがって、なあ?」
「でも、和宏の様子を見るといいことばかりじゃないって伝わってくるからなんとも言えないかなって」
「というかさ、名前で呼ぶようにしたんだな」
「うん、本人から戻さないかって言われてね」
突っ伏すぐらいだから魅力的な子にでも告白されたのかと聞いてみたらそうみたいだった。
学年で一位とまではいかないけど似たような感じで多少は有名の子のようだ。
「俺のことも名前で呼べよ」
「良平君」
「呼び捨てでいい」
彼はこっちの頭に手を置いて「ま、聞いてもらえただけで少しすっきりできたよ」と言ってくれた。
「良平先輩は戻ってください」
「ああ、戻るよ」
今回のことは聞かなかったことにしておこう。
差があるのなんて既に分かっていることなんだし。
「馬鹿」
「え、なんで?」
なんで急に罵倒されてしまっているのか。
「今日、なにか食べに行きましょう」
「え、最近外食が多くてちょっと気をつけようとしているところだったんだよね」
「……あいつとは行くのに俺とは行かないんですか」
違う違う、あんまり贅沢していると怒られてしまうからだ。
もちろん、普段から無駄な出費を減らしていることでお金には余裕があるが、自分の力でお金を稼げるようになったらそれも含めて返す気でいるから難しい。
ひとり暮らしをさせてもらっているだけで満足だ。
何度も外食に行って贅沢なんかするべきじゃない。
「あと、名前で呼ばなくていいんですよ」
「いや、良平とも仲良くしたいし」
「馬鹿」
そう言ってくれるな。
彼が高校に入ってきてくれるまでは貴重な存在だったんだ。
高校でひとりというのは寂しかったから良平がいてくれて本当に助かったことになる。
「何回も言いますけどね、謙太先輩には俺がいればいいんです」
「それはありがたいよ? だけど、同級生でしかも同じクラスに友達がいてくれるということもありがたいことだから」
「それだけなんですか?」
「ん? あ、それ抜きでも仲良くしたいよ? 嫌われる事が多いから嫌わないでいてくれるだけで僕的にはありがたいし」
それどころか優しくしてくれる。
一度、あんなことを言ってしまっておいて言うのもあれだが、一緒にいてくれてありがとうとしか言いようがない。
しかも悪く言ってこないし、正に聖人のような存在だった。
「まあいいです、昼休みにまた来ますから」
「うん、待ってるね」
「はい、それでは」
別にこそこそとなんかしていないよ。
来てくれるならちゃんと相手をするから安心してほしい。
「それに」
まあ、僕の言葉じゃ届かないから一緒にいて判断してもらうしかないからね。
予鈴が鳴ったから教室に戻った。
教室内は廊下よりもやはり暖かった。
「謙太」
「あ、もう返事はしたの?」
「ああ、断らせてもらった」
同情で付き合われたくなんかないだろうからそれが正しい。
向こうにとっては……、まあでも良平には受け入れるのと断れる権利があるからどうしようもないことだ。
「奢ってやるからラーメンでも食いに行こう」
「え、そんなの悪いよ」
「いいんだ、今日は付き合ってほしい」
じゃあと和宏にその旨のメッセージを送ってから学校をあとにする。
……なんかこれだと裏切ったみたいであれだけど……。
「はぁ、露骨にがっかりとした顔をしていたぞ」
「そりゃまあ……」
「ああ、だから嫌だったんだ」
そのことを考えればモテない方がいいな。
僕はただモテないだけだというのが事実だが、付き合えたとしてもそこがゴールではなくスタート地点だからだ。
楽しませてあげすらできない人間の近くにいてくれるとは思えないし――って、なに真剣にないことを考えているのか。
「悪かったな、また和宏が拗ねだすよな」
「大丈夫だよ、なにかがあったらあの子から来るしね」
「そうか、弟みたいに付きまとっているもんな」
いい加減、良平のことを悪く言うのはやめてほしいと思っている。
だって友達を悪く言われたら誰だっていい気はしないだろうに。
「和宏が謙太のことを考えて行動しているのは分かっているんだけどな、なんか危うくて見ていなきゃって気持ちになるんだ」
「気にしなくていいよ、僕は普通に良平と仲良くしたいし」
「ああ、そう言ってくれるのはありがたいな。ただ、ああして毎回言われるとなあ」
「僕が強く言おうか?」
「いやいい、ふたりに仲悪くなってほしくないし」
僕だってできれば和宏と喧嘩なんてしたくない。
命のと言ってしまうと大袈裟になってしまうものの、彼は紛れもなく恩人だから。
「あ、ほら来たぞ」
「あ、本当だ」
窓に張り付いている。
彼はどちらかと言うとこちらを強く睨んでいた。
なんで俺とは行かないのに、そういう気持ちが込められている気がする。
「払って出るか」
「うん、そうだね」
このままだと良平と別れた後に怖いことになるし。
「確か外食に行き過ぎて行けないとか言っていませんでした?」
「そう言ってた、だから奢るかわりに付き合ってもらったんだ」
「またあなたですか……」
「和宏――」
「謙太、少し時間をくれ」
頷いたら無理やり彼を連れて歩いていった。
先に帰っても仕方がないから近くの段差に座って待っていることに。
寒いから早くしてくれるといいなあ。
「ただいま」
「おかえ、和宏につねられているけど大丈夫?」
「ああ! もうこれで仲良しだから大丈夫だ!」
大丈夫……なのか。
ま、まあ、仲良しでいてくれるのなら問題はない。
僕といてくれるように、良平とも仲良くいてほしいから。
「謙太先輩帰りましょう」
「うん、そうだね。良平、また明日」
「おう、また明日な」
平和なまま過ごせると考えていた自分。
何故だか家に向かっている最中も、家の中に入ってからも腕をつねられたままだったのが問題だった。
「和宏」
「知りません」
「ごめんってば、付き合ってほしいって言われてさ」
連絡だってちゃんとしたんだから許してほしい。
「……それならせめて俺も誘ってくださいよ」
「ごめん」
「謙太先輩は昔からそういうところがありますよねっ」
「ごめんごめん」
そうだよ、あと少しの考えが足りないんだよ。
それは彼もよく分かっているはずだ、だからいまこうして指摘してきているわけなんだしね。
「嫌いです」
「なのにいるの?」
「豪や良平先輩と過ごすかもしれませんからね」
「豪君も僕と同級生だよ?」
「……うるさい」
こういうところも昔と同じだ。
拗ねたときは相手を困らせる天才だ。
しかもその割にはその相手から離れないという。
「いい子いい子」
「馬鹿にしてますよね」
「よし、ご飯でも作るから待っててよ」
申し訳ないことをしてしまったのは確かだし――って、本当にそうだろうか? と我に返りつつもご飯を作って食べてもらうことにした。
……別に約束をしていたのに破って他のことを優先したとかではないんだし、罪悪感を抱く必要はないと思うけど……。
「美味しかったです」
「それはよかった」
二年生が終わるまでに母、もしくは父に直接お礼が言いたい。
そのときは誰かの力を頼るのではなく、自分ひとりの力だけでなんとかしようと決めている。
この前みたいなことになったら申し訳ないからね、責められるのは自分だけでいいのだ。
その際、彼に感づかれないようにするのが大変だった。
よし、それならこの後彼を送ったその流れでそのまま行こう。
「送るよ」
「はぁ……」
ため息をつかないでおくれ。
いますぐにでもそうしたいのはこちらなんだから。
たかが家族に会うというだけでどうしてこうなのか。
「それじゃ、風邪を引かないようにね」
「はい――って、待ってください」
「ん?」
別にどこかに行ったりはしないさ、いつもならね。
「俺も行きます」
「え、ど、どこに?」
「またあのときと同じ顔をしていましたから」
何度家に帰るだけだと説明しても聞いてくれなかった。
遅くなればなるほど門前払いされる可能性が高まるからもう無視して行ってしまうことに。
「それじゃあ和宏はそこで待っててね」
「嫌です」
言うことを全く聞いてくれなくなってしまったぞ。
もしかしたら反抗期がきたのかもしれない。
このまま一緒に行ってもデメリットしかないのにさ。
とにかく玄関の前で深呼吸をする。
「勇気が出ないなら俺が押しましょうか?」
「駄目だよ、これは僕が頑張らなければいけないんだ」
一方的でいい。
お礼さえ言えればいい。
翠に、母に、仮に悪く言われても構わない。
ただそれだけだ、緊張する必要はない。
インターホンを鳴らして数秒後、母本人が出てきた。
翠がいないのをいいことに勢いだけで言ってしまうのは卑怯かもしれないが、全て言わさせてもらったのだった。
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