04話.[それはいいけど]

「え? 町君と仲良くなりたい?」

「ああ」


 そんなの一切気にせずに近寄るしかない。

 ただ、素直に受け入れてくれるかどうかは分からない。

 谷田部君との初対面時だって必要ないとか切り捨てて離れようとしたぐらいだし、何度もああ言ってきていたのは前から変わっていなかったということからなんだ。


「そういえば殴り合いをしたことがあるんだっけ?」

「そうだな、それを謝りたいのもあるんだ」

「よし、それならいまから行こうか」


 まずその前に谷田部君の家に寄ってから作戦を実行する。


「俺が軽い力で叩けばいいんだな?」

「うん、そうしたら僕が大袈裟に反応するからさ」


 今日は拗ねてひとりで帰ってしまっている状態だからこうして回りくどいことをしなければならないんだ。


「おらよっとっ」

「痛いっ!?」


 演技じゃなかった、自然と漏れ出てしまった。

 彼にとっての軽さとは僕にとっての軽さとは違ったのだ。


「お、出てきたぞ」


 僕達を見た瞬間に不機嫌そうな顔になる町君。


「人の家の目の前でなにやってんすか」

「町、ちょっといいか?」

「は? ああ、また殴り合いでもしたいんですか?」

「いや違う、あのときのことを謝りたくてな」

「じゃあそっちで話しましょう」


 彼らが離れた瞬間にほっとした気分になった。


「はは、あいつ容赦ないな」

「谷田部君に任せればよかったよ……」


 別に叩かせる必要なんてなかったのになにをやっているのか。

 こういうところがあるから町君に何度も馬鹿馬鹿馬鹿と言われてしまうんだ。

 せめて自分が彼より年下であれたなら……。


「木島先輩」

「あれ? ひとりなの?」

「はい、もう帰りましたよ」


 ……もしかしてと嫌な予感に襲われていたら「仕方がないので友達になってあげました」と言ってくれて一安心。


「よし、謙太行こうぜ」

「そうだね」


 他人の家に入るなんて滅多にしないから新鮮だ。

 少しの窮屈さが昔を思い出せていいような悪いような……。


「和宏、飲み物プリーズ」

「なんで当たり前のように上がってるんですか」

「まあまあ」


 妹のことだけが気になる。

 一緒になってこっちに文句を言ってきていたものの、僕がいなくなったいま対象にされているんじゃないかって不安になる。

 昔のことを考えれば自業自得だと片付けることができるというのに、駄目なんだよなあと。


「寝る」

「じゃあ向こうで寝てください」

「おう」


 あ、馬鹿だ僕は、やっぱり馬鹿としか言いようがない。

 谷田部君を呼んでおきながらあの人に叩かせたんだから。

 しかもそれにいまさら気づくんだから。


「あの人なんで連れてきたんですか?」

「今日は町君が拗ねているからああいうことをすれば出てくるかなと思ってさ、やたらと心配してくれているみたいだし」

「拗ねているかどうかは置いておくとして、その原因はあなたなんですからね?」


 ただ単にお弁当のウインナーを食べてしまったというだけだ。

 こういう小さなところは変わっていなくて安心する。

 しかし、そういうところをこの目で見れば見るほど、妹のことが引っかかってしまうんだ。


「町君、妹に会いたいんだけど……」

「はい? 絶対に悪く言われて終わるだけじゃないですか」

「いや、見るだけでもいいから来てくれない?」

「分かりました、見るだけですからね」


 もう部活の終了時間間際だから急がないと。

 待ち伏せでもしないと顔を見ることすらできないのは難点としか言いようがない。


「あ、いたっ」


 ああ、全く変わってない。

 一年ぐらいしか経っていないから当たり前かもしれないが、なんだかそのことが凄く嬉しく感じた。

 ……中身は是非ともいい方へ変わっていてほしいぐらいだけどね、悪口を嬉々として言うような子にはなってほしくないし。

 問題なのはあれが妹自身の意思ではなかった場合に起きる。

 両親に命令されてそうしていたのなら……。


「町君、もういい――あれ?」


 って、見るだけって言ったのになんで近づくんだっ。


みどり

「え……」

「俺だよ」


 そりゃいきなり坊主で目つきの悪い異性に話しかけられたらそういう反応になる、でも、


「あ、もしかして和くんっ?」

「ああ、そうだよ」


 彼を相手にすると一気に変わる。

 というか、敬語じゃないところなんて久しぶりに見た。

 妹と同じぐらいこちらも驚いている。


「木島先輩が会いたがってる」

「え……私は会いたくないから」


 分かりやすくて結構、それにもう満足できたからいい。

 でも、ひとりで帰るわけにもいかないしと留まることに。


「両親とはどうなんだ?」

「普通だよ、……あの人が悪かっただけだから」

「兄貴をそんな風に言うなよ」

「どうでもいいっ、いなくなって清々しているんだから!」


 こっちも離れられてよかった、はずなんだけど……。

 ひとりになったらなったで出てくる問題というのが当然のようにあって、それを味わっている暇なんかなかったんだ。

 慣れてからは今度は寂しさというのが出てきて、結局のところはすっきりしないままの微妙な一件となった。

 ……彼にあそこまでしてもらっておいてこれだから正直やっていられないだろうな。

 そういう意味でも離れておかしくないのに彼はどうしていてくれるのだろうか?


「まあいい、元気そうでよかったよ」

「そりゃ……まあね」

「じゃあな」


 ほっ、よかった、こっちに来てくれて。

 心配なんてする必要なかったんだ。

 そりゃ僕が敵だったんだから敵がいなくなれば仲良しこよしでやるよなって、本当に行動する前に気づけないところがださいとしか言いようがない。


「ごめん、余計なことを言ったね」

「ま、あれが現実ですよ、あなたがいなくなればそりゃ三人だけで仲良くするでしょうよ」

「うん、それでいいんだ、谷田部君を放置したままだし君の家に早く戻ろう」


 多分、なにもかもあれだからうざがられたんだと思う。

 別に傷つきもしない、いまはほぼストレスフリーだし。


「あ、どこに行ってたんだよ」

「木島先輩の妹に会いに行っていたんです」

「お、妹なんているんだな、謙太の妹か……」

「普通ですよ普通、木島先輩とは似ていませんけどね」


 似ていなくて向こう的にはよかっただろう。


「つか、俺はなんで呼ばれたんだ?」

「それは木島先輩に言ってくださいよ」

「あ、本当は谷田部君に叩いてもらうつもりだったんだよ」

「なるほどな」


 不機嫌になっていなければ僕が単独で乗り込むだけでよかったのだが、そうじゃなかったから仕方がない。

 まああの人の目的は叶えられたわけなんだから満足している。


「よし、それならそろそろ帰るかな」

「うん、今日はごめん」

「いいよ、和宏もまたな」

「はい、また明日」


 じゃあ僕も帰ろう――としてできなかった。


「あの……?」

「まだいいじゃないですか」

「えっと、あ、ご飯を作らないといけないから」

「それなら木島先輩の家に行きましょう」


 最近は作ってもらうことが多かったから自分で作るのはなんだか新鮮だった。

 町君に見られていなかったら、だけど。


「あの……なにか僕がしちゃった?」

「いえ、していませんが」

「それなら見てないでご飯でも食べてよ」

「って、俺の分まで作ったんですか? 律儀ですね」


 お客さんが来ているのに自分だけ食べられるわけがないじゃないか。

 そんな嫌味ったらしい人間ではない。


「美味しいですね」

「うん、一応もう二年目だからね」

「でも、俺の方が上手く作れます」

「いいんだよ、勝ててるなんて思ってないから」


 後になればなるほど大変になるから洗い物をささっと済ませて、そこから彼を送るために外に出た。


「俺、送られるほど弱くないんですけど」

「僕のわがままに付き合ってもらっているんだから相手が同性だろうと強かろうと関係ないよ」


 久しぶりにお菓子を買って帰ろうとしているからあくまでもメインはそちらだ。


「それじゃ、風邪を引かないようにしてくださいよ?」

「うん、それじゃあまたね」


 寒いから早く買って帰ろう。

 それでお風呂後に少しだけ贅沢をするんだ。




「おかしいっ」

「どうしたの?」


 今日もまたあの人――ごう君とふたりでいた。

 名前で呼んでいるのはそれしか教えてくれなかったからだ。


「町と連絡先を交換したんだけどさ、あいつ送ってもなんにも反応しないんだ」

「あ、町君は滅多にスマホに触れないからね」

「そうなのかっ? じゃあ……期待するだけ無駄か」


 用があるなら会いに行くのが一番だ。

 直接会えば直前に拗ねていようときちんと対応してくれる。

 必ず柔らかくというわけではないけども。


「あ、木島も交換しようぜ」

「うん、いいよ」


 結局、殴られた意味は……。

 いやでも、殴られたからこそいまに繋がっていると考えれば悪いことばかりではないか。


「くそう、木島だったら絶対に返してくれるところなのによ」

「ちなみにどんな内容を送っているの?」

「今日はいい天気だなとか、今日の飯はハンバーグだぜとか」

「な、なんか可愛らしいね」

「そうか? でも、高校での話をしたところで向こうにとっては分からないことだからな、逆も同じだし」


 あ、そういえばちゃんと高校には行っているみたい。

 そのかわりによく愚痴を聞かされるものの、学校へ行ってくれるのならそれぐらいは構わなかった。

 偉そうに言った責任を取っていると考えれば、うん。


「木島は休んだこととかなさそうだよな」

「うん、とりあえずいまのところはないかな」

「偉いな、俺なんかしょっちゅう休みたくなるぞ」


 僕は家族になにかを言われないためにそうしているだけだ。

 当然、進学なんて考えていないし、就職も同じで働けるところで働くことができればいいと思っている。

 お金を稼いで自分のお金でひとり暮らしをすればもう文句は言われない。

 これまでのお金も少しずつ返していけば大丈夫なはずだ。


「よし、また町のところに行こう」

「いいよ、行こうか」


 今日は不機嫌だったわけではないから叩かれる必要もない。

 ただインターホンを鳴らして本人を待てばいい。


「はーい、あ、謙太くん」

「こんにちは、町君はいますか?」

「それがいまさっき出て行っちゃったんだよね」

「そうですか、ありがとうございました」


 残念、どこかに行ってしまっているらしい。

 豪君は明らかに残念そうな顔で「しょうがないな」と呟く。


「よし、飯でも食いに行くか!」

「いいよ、どこに行きたいの?」

「木島はこの前ラーメン屋に行っていたからな、ここは豪快に肉でも食いに行こうぜ!」

「豪君だけに?」

「ああっ、豪快にだ!」


 お肉か、いいね、いつ食べても美味しいね。

 が、少しだけ意外だったのはファミレスではなく焼肉屋さんにとなったことだった。

 お金はあるけど……高いね。

 だけどその分、いっぱい食べられたというか、豪君が頼んで焼いてくれるから食べるだけに専念できたというか。


「ごめん、全部焼いてもらって」

「いいんだよ、家族が多いから俺はいつも焼く側なんだ」

「そうなんだ?」

「ああ、六人もいるからな」


 ほう、こっちなんて僕をいれても四人だから想像できない。

 仲がいいんだろうな、こっちなんか顔を合わせる度に舌打ちされるぐらいの冷たさだったからなあと微妙な気持ちに。


「今日はありがとな」

「いや、結局町君にも会えなかった――」

「なにやってんすか」

「お、会えたな」


 町君はこうして夜に来ることが多い。

 昔は夜が怖いと言ってひとりで寝られないぐらいだったのにすっかり成長したんだなって少しだけ目頭が熱くなった。


「おい町、メッセージを送り返してきてくれよ」

「あ、すみません、ほとんど触らないので」

「た、たまにでいいから返してくれ」


 ま、負けるな豪君。

 そうやって言えば少しは可能性も上がるから。

 でも、そこまで不安がる必要はない。

 僕が送ったって同じような状況になるわけだからね。


「分かりました、あ、木島先輩は任せてください」

「おう。木島、それじゃあな」

「うん、気をつけて」


 焼いたお肉ってどうしてあそこまで美味しくなるのか。

 実は昔、生のお肉のお寿司を食べたことがあるけど、あれもまた美味なものだった。

 もうお肉というだけでテンションが上がるものだ。

 これは何歳になろうとお肉が好きなら変わらないこと。


「なにか食べてきたんですか?」

「うん、焼肉屋さんにね、それで豪君が優しくてさ」

「ごう君、ですか?」


 別に拘りがあるわけではないことを説明する。

 隠す必要なんかない、名前しか教えてもらえなかったから自然とそうするしかなかったというだけで。


「あ、そういえば姉が木島先輩が家に来たと言っていたんですけど、なにか用でもあったんですか?」

「うん、豪君が直接会って話したかったみたいだから」

「あ、そうですか、それはまたタイミングが悪かったですね」


 どうやらあのときは気分転換のためにお散歩をしていたみたいだ。

 ぼけっとするのではなく動くところが彼らしい。


「なにか嫌なことでもあったの?」

「いえ、少し落ち着かなかったからですかね」

「そっか、なにかあったら言ってね」


 もし彼が弟なら――あ、いや、弟じゃなくてもほぼ毎日こんな感じで一緒に歩いているんだけど、どうなっていたのか。

 家族があんなのだったから彼も向こう側でって可能性が高そうだ。

 そうなったら谷田部君や豪君とも出会うことがなくてつまらない毎日を送ることになっていたのかな。


「あの」

「うん?」

「そろそろ戻しませんか? 名前呼び」

「ああ」


 確かにそろそろいいのかもしれない。

 結局のところ、資格はないと考えつつも仲良くしたいという考えはなくならないんだから意味のない抵抗だし。

 

「和宏君」

「呼び捨てでしたけどね、俺は謙ちゃんって呼んでましたが」

「和宏」

「はい」


 なんだろう、この気恥ずかしい感じは。

 でも、懐かしさもこみ上げてきて、自然と笑みが零れた。


「さ、送るから帰りなよ」

「帰りません、飯を作ってください」

「それはいいけど」


 やれやれ、こういうところも変わらないなあ。

 何度言ってもこうなったら変えてくれないのが彼だ、別に嫌ではないんだから受け入れておけばいい。


「今日は泊まります」

「うん、いいよ」

「じゃ、いただきます」

「どうぞ」


 それならいまの内にお風呂を溜めたり敷布団を敷いたりしておこう。

 臭いがついたままだからあまり移動しないようにもしておく。


「あ、先に風呂に入っていいですよ?」

「あ、そんなに臭いかな?」

「いえ、家主なんですから先に入ってください」


 彼はどうやら洗い物をしてくれるみたいだ。

 それならばと甘えさせてもらうことにして、それでも長時間にならないようしっかり洗ってからではあるがすぐに出て。


「どうぞ」

「はい、入らせてもらいます」

「あ、着替えは?」

「ありますよ」


 それならよかった、リビングでゆっくりしていよう。

 ああ、昔はこうしてリビングでゆっくりすることもできなかったからこういうのも何気に新鮮なことではある。


「あ、おかえり」

「はい」


 まだ二十時前だけど少し眠くなってしまった。

 とはいえ、彼が認めてくれないとどうしようもないことだ。


「あのさ、眠いんだけどさ」

「寝ていいですよ?」

「え、あ、いいんだね、じゃあ……おやすみ」


 うーん、なんだかこれはこれで寂しいな。

 ま、明日も学校だからいいか。

 早起きできれば彼が起きる前に全てやり終えることができるわけだし。


「あ、ここで寝ます」

「あ、そうなの?」

「はい、ここに敷いて寝ます」


 それなら多少ぐらいは話すことができるかも。

 ……というかなんでテンションが上がっているのか。

 この前は自分が勝手に逃げたせいで話せなかっただけなのに情けない。

 流石にこれは恥ずかしいね。


「あいつは本当に俺と仲良くしたいだけなんですか?」

「うん、豪君は本当に君と仲良くしたいだけだよ」

「……しょうがないな、返事ぐらいはしてやるか」


 そう、それぐらいはしてあげてほしい。

 面倒くさいかもしれないけど、他校ということもあって毎日会えるというわけではないんだからね。


「というか、結局こそこそと会っているじゃないですか」

「豪君が待っていることが多くてね」

「はぁ、もうこれからは毎日監視します」


 それは別に構わない。

 こそこそとしているつもりはないし、知られて困るようなことはしていないからだ。


「たまには散歩もいいと分かりましたよ」

「わざわざ外に出るあたりが偉いね」

「家の中にいても変わりませんから」


 僕だったら間違いなく寝たりして区切りをつける。

 それか掃除とかをして気分転換というところか。

 そもそも落ち着かなくなるのなんてひとり暮らしを始められたときにしか感じなかったから意味もない話だけど。


「謙太先輩」

「うん?」

「……面倒くさい性格をしているかもしれませんが、これからもよろしくお願いします」

「はは、うん、こっちこそよろしく」


 あ、眠気がどこかにいってしまった。

 彼はその後すぐに静かな寝息を立て始めてしまったため、なんとも言えない時間を過ごすことになった。


「はは、可愛いな」


 じっと見ていると怒られるからリビングというかメインの方へ移動する。

 実は課題が出ていたことを思い出したからだ。


「っと、終わりかな」


 何気にいい家を契約してくれて助かっている。

 ソファがあるし、寝るところは何気に別だし。

 一応、気にしてくれたのだろうか?


「お金とか出してもらっているしな」


 学費やその他色々なこともそう。

 結局、親らしいことをちゃんとしてくれているんだ、だから恨むのは違う気がする。

 精神が幼いからこっちに来るまでは恨んでしまったりもしたけどもうしない。

 よし、寝よう。


「「あ」」


 寝室に戻ろうとしたら丁度彼も出てくるところだった。

 トイレぐらいしかないからそう聞いてみたら僕がいなかったからこっちに来たらしい。

 それは悪いことをしてしまったと謝罪をしたのだった。

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