03話.[知っていますよ]
「おはようございます」
目が覚めた瞬間に挨拶をされて驚いた。
と言うよりも、滅茶苦茶恥ずかしいという気持ちの方が大きいのかもしれない。
「か、風邪、引かなかった?」
「はい、全然平気でしたよ」
「だってなにも掛けてなかったでしょ?」
「あ、端の方を利用させてもらったんで」
そうか、ならいいかな。
とりあえず一階に行って顔を洗うことに、
「あっ……」
「危ないですよ、まだ治ってないんですか?」
うーん、確かに中途半端な状態かもしれない。
腕を掴んでくれたことにお礼を言って、とにかく顔や気になっていた歯を磨くことにする。
「あ、そういえば飯を食べていませんよね? いまから作ってきますね」
「僕がやるからいいよ」
「ソファにでも座っていてください」
こうなったら聞いてはくれないからソファに座っていようと決めた自分だったものの、
「お風呂に入ってきてもいい?」
汗を多くかいたことを思い出してそう聞いてみた。
自分の家なのになに聞いているんだという話ではあるが、いまの彼にはなんでも聞いてからじゃないとできなさそうだから仕方がない。
「駄目ですよ、汗ふきシートとかで拭けばいいんですよ」
「はい……」
臭いと思われたくないからすぐに拭いておく。
頭はどうしようもないから後で頭だけ洗おうと決めた。
「どうぞ、お粥です」
「ありがとう」
「洗濯物とかないですか? 回して干しますけど」
「僕がやるか――」
「初めてというわけではないんですから大丈夫ですよ」
お粥を食べながら実際にそうなんだよなあと内で呟いた。
と言うのも、彼のおかげでひとり暮らしをできるようになった際、なんにも家事ができなくて困ったんだ。
そんなときになんか妙に女子力が高い彼が色々とやり方を教えつつしてくれて、なんとかひとりでできるようになったというのが実際の流れだった。
「ごちそうさまでした」
うん、美味しかったし、食欲はあるみたいだから安心だ。
とにかく洗い物をして、それから掃除を始める。
なんでもかんでも彼に任せていたら駄目だ。
それに谷田部君と仲良くさせると決めたんだから。
「あ、もう、じっとしていない人ですね」
「やってくれてありがとう」
「別にこれぐらいあなたの家族と衝突することよりは楽ですからね、礼を言われるようなことじゃありませんよ」
でも、どうしたらいいんだろう。
ふたりにその旨を話したところで断られるのがオチだ。
谷田部君の方はともかくとして、彼は素直になれないからやっぱり黙ったままで自然とそうなるように流れを作らなければならない。
まあ、結局のところは谷田部君のことが嫌いではないのにわざと悪く言ってしまうだけだからそこまで難しいことではないのかもしれないけど。
「さ、町君も帰らなくちゃ」
「そうですね、自分のベッドに寝転んで寝たいですし」
「送ってあげるよ、なんたって僕の方が強いからね」
「はぁ、いいから寝てください」
それじゃあ駄目なんだ、谷田部君に謝らなければいけないからこのまま出なければならない。
学校のときにちょろっとごめんと謝るだけじゃ引っかかってしまうから。
金曜日の自分は構ってちゃんだったから。
「谷田部先輩の家に行くんですか?」
「うん、謝りたいから」
「謝らなければいけないのは俺にですよね?」
「え? どうして?」
「はぁ、まあいいですよ、行きましょうか」
大丈夫、情けないところばかりを見せてしまっているけど今度はそうはならない。
僕は間違いなく上手くやってみせる。
「はーい、お、謙太」
「金曜日はごめん」
「別にいいよ、和宏のせいだしな」
自分が悪いのは確かだが、
「うん、そうなんだよね」
「なんで俺のせいなんですかっ」
「「はははっ」」
いまそれを出しても仕方がないから彼が悪いということにさせてもらった。
「ん? あ、体調が良くないのか」
「うん、いまちょっと中途半端な状態でね」
お風呂に入れていないから体臭とかで分かるのかもしれない。
もし臭かったとしたらかなり申し訳ないぐらい。
だけど謝れてよかった、これでとりあえずは引っかかることなく目の前のことに集中できるからいいね。
「馬鹿ですからね、あれから土曜の夜まで帰ってこなかったんですから」
「酷えな和宏、お前のせいで家を出る羽目になって風邪まで引くなんてな」
「だから俺じゃなくてっ、はぁ……」
上がらせてくれるみたいだったので素直に上がらせてもらうことにした。
このまま彼とふたりきりになると間違いなく文句を言われるからありがたい提案だ。
「はい、飲み物」
「ありがとう」
「和宏も」
「……ありがとうございます」
彼はなんだかんだ言っても谷田部君のことを気にしている人間だ。
だからこちらが特に動くことなく自然と仲良くなってくれるだろうという願望がある。
ただ、こちらがいると自惚れでもなんでもなく気にしてしまうから自分が消えてしまうのが一番ではあるものの、あまり現実的じゃないから気になっているのだ。
あの状態でも逃げることもせず、怒鳴ることもせず、しかも看病してくれるという彼の性格に問題がある。
この先関わっていくのならその優しさは普通にありがたいことというか、安心できることではあるんだけども……。
「谷田部先輩なんてすぐに帰りましたからね」
「ん? ああ、謙太が帰ってきやすくするためにだよ」
「普通は残りますよ、木島先輩のことを考えるなら」
「いや、あのときの謙太は不安定だったからな、間違いなく残っているよりも帰った方がよかったぞ」
よく分かっているな、僕のことを。
そのために夜まで時間をつぶしていたわけだし、谷田部君の言っていることが正しい。
「じゃあ俺のしたことは間違いだと言いたいんですか?」
「謙太が相手じゃなければ合っていたな」
いまはもう安定している状態に戻っているが、そもそも誰かに優しくしてもらえるような資格がないんだ。
こっちは支えてもらうばかりでなにも返せていないし、優しくされればされるほど複雑な気持ちになるという面倒くさい人間をやっているし。
なんでも木島謙太が悪いということで片付けられるのに、彼もそうやって指摘してきているのに、それなのに何故か離れていかないという謎のムーブを見せてきているわけだ。
いいんだ、家族と初めて衝突したときに彼がいてくれて物凄く安心できたから。
ただそれだけで十分なんだ。
谷田部君にもそう、彼と別れて慣れない高校でひとりで過ごすようなことにならなくて済んだからそれで十分なんだ。
縛っておくわけにはいかないし、僕なりに考えて離れた方がいいって言ったのに聞いてもらえなかった。
情けなかったのは一緒にいたいと彼に吐いてしまったことや泣いてしまったことだ。
本当に矛盾しすぎている。
「話にならないですね」
「そうか? 分かりやすいことだと思うが」
「結局、谷田部先輩は心配しているふりをしているだけなんですよ、実際に木島先輩のために行動できたわけじゃないじゃないですか」
「相手のために動くことが全て相手のためになるとは限らないだろ」
「ああ言えばこう言う、はぁ、もういいですよ」
自惚れでもなんでもなく僕がいると駄目だ。
とはいえ、ここで放置して帰ると今度はこちらが責められるわけだからどうしようもない。
そこに少しの体調の悪さも加わって、こちらにとっては地獄みたいな時間だった。
「お前は謙太のために動けている自分というやつに酔っているだけだ、助けているつもりが逆に追い詰めてんだよ」
「谷田部先輩は関わっている時間が短いからそういう判断になるんですよ、俺は昔から――」
「その割には謙太のことを考えられてないよな?」
「だからそれは谷田部先輩の方ですからっ」
ど、どうすればいい……。
仲良くどころかどんどんと悪くなっていく現状を前に、黙っていることしかできない自分が情けない。
「うぷっ」
「おい、どうした?」
「ちょっとっ」
トイレを利用するのは悪いから家を出て更に走ってから吐き出す。
……汚してしまって申し訳ないけど家の中で吐き出さなくて本当によかった。
「大丈夫か?」
「あ、ごめん」
「ほら、水飲めよ」
「ありがとう」
自分がいなくなれば言い争うこともなくなる。
一緒にいることもなくなってしまうかもしれないが、言い争いをされるよりかはいいだろう。
でも、本当にどうすればいいのかが分からない。
学校は休みたくないし、話しかけてきたのを無視することもできないし、離れてと言っても聞いてくれないだろうし。
……なんて考えつつも結局は自分が離れないようにしているような気がして、それがまた嫌な気持ちになった。
同じではないだろうが、結果的にふたりが言い合いをするのを望んでいるようなものだろう。
性格も悪いとは救いようがない。
「とりあえず謙太は帰って寝ろ」
「うん、そうさせてもらうよ」
ごめんと謝ってひとりとぼとぼと歩き始める。
とにかく謝罪できたことだけよかったと考えておこう。
また構ってちゃんにならないようにできるだけマイナス思考はやめて、ただ目の前のことだけに集中するんだ。
できるかどうかは分からない。
だけど、自分で自分を責めても前には進めないからやるしかなかったのだ。
「木島先輩、体調はよくなったんですか?」
「うん、昨日あの後ちゃんと休んで治したよ」
お礼をきちんと言っておく。
よく考えたら文句ばかりで言ってなかったような気がしたからだ。
お世話になったんだから何回でも言えばいい。
「ごめんね、僕のせいでさ」
「はい? あれは俺と……谷田部先輩が悪いだけです」
「とにかく、今日からまたよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
正直に言うといまは開き直った状態だった。
どうせ昔から変わらないんだからそのままでいようって考えて、逆に自分にとって都合の悪いことは考えないようにしているという状態だ。
それでも彼や谷田部君が自分から来てくれるならいいんじゃないかって弱い心が肯定しようとする。
「和宏」
「……木島先輩ならここにいますけど」
「いや、昨日は悪かったよ」
「は……? 谷田部先輩が謝罪とか……あっ、熱でもあるんですかっ? 寝ていた方がいいんじゃないですかっ?」
慌てている彼を放置し「はははっ、可愛い奴め」と言って笑みを浮かべていた。
僕的には彼の兄的な立場にいられていると思うんだ。
言い合いをしつつも関係が続くところが正にそう見える。
「熱なんか出てねえよ、……まあ俺も反省したんだよ」
「あ……」
「それにほら、病人の前で暗い話をしちまったからな」
「確かにそうですね、ああいうのは本人がいる前でするべきではなかったと俺も反省していますから」
余計なことはしない、余計なことは言わない。
大切なのはふたりの気持ちだからこちらの考えなんていらないことなのだ。
見ていることしかできないのはもどかしいところではあるが、なんにもしない方が仲良くできると思うんだ。
「とりあえず和宏、俺のこと名前で呼べよ」
「え……嫌ですよ」
「なんでだよ、俺らは十分仲がいいだろ?」
「そもそも名前……なんでしたっけ?」
「はあ!? あ、いやいや、本当は分かっているだろ?」
そもそも谷田部君の方は常に歩み寄ろうとしている。
だからこそ彼もそこまで強気には出られないのではないだろうか?
こういうところは微笑ましい、それこそ昔の彼に戻ったみたいでね。
「良平だよ」
「……知っていますよ」
「ほら、ちょっと呼んでみようよ」
あっちを見たりこっちを見たりと忙しそうな様をこちらに見せてきたものの、僕達にずっと見られていることで逃げるのは無理だと察したのか「良平……先輩」と。
「可愛い奴め、こんな坊主頭のくせにな」
「関係ないですよね? それに坊主の方が清潔感があっていいじゃないですか」
「いやでも怖いぞ?」
分かる、昔はあんなに可愛かったのに髪型も目つきも怖くなってしまった。
中身をよく知っていなかったら、高校から出会ったのなら間違いなく勝手に悪く考えて距離を作っていたはずだ。
「いいんですよ、別に多数の人間となれ合いがしたいというわけではないですし」
「そうかそうか、謙太と俺がいればいいということか」
「ま、一応知っているわけですからね」
お、今日は少し大人しい態度だ。
いつもであればここからまた言い合いに発展するところなのにそうじゃない。
歩み寄ろうとしている感じが伝わってくる。
「おい謙太、否定しなかったぞ?」
「はは、谷田部君のことも気に入っているんだよ」
「なるほどなあ、まあ俺はいい人間だから仕方がないな」
「そうですね、木島先輩も信用しているみたいですし」
「お、おい謙太、こいつは本当に和宏か?」
どこからどう見ても町君だ。
坊主頭で目つきが悪くて、その割には優しくて、だからといってなんでも擁護してくれるわけではなくて。
だけどいまとなってはそんな感じでいてくれてよかったと思えている。
いまさら滅茶苦茶優しくなったら違和感しかないから。
「というわけで今日、ラーメンでも食べに行きましょう」
「は、え? あ、俺を誘っているのか?」
「もちろん木島先輩もですけどね」
「いいよ、治ったから美味しく食べられるし」
「俺ももちろんいいけど……」
谷田部君が友達に呼ばれて離れた後、彼に聞いてみた。
「ま、言い合いばかりしていても仕方がないですからね」
と、彼は答えてくれた。
もし吐いたことが影響しているのなら、あのときぷち家出をしてよかったとしか言える。
「可愛いね」
「はぁ、下らないこと言わないでください」
「それじゃ放課後はそういうことで」
「はい」
気をつけているのもあって今日は大丈夫そうだった。
お昼休みも町君と一緒に自作お弁当を食べたし、その後もあくまでフラットな気持ちでいられたし。
「よし、行くか」
「行こう」
急用ができて谷田部君だけ行けないとかにならなくてよかった。
町君とだってちゃんと合流できたわけだし、うん、いい。
「俺は醤油ラーメンかな」
「僕は味噌ラーメン」
「俺は豚骨ラーメンを頼みます」
もちろんライスもきちんと忘れない。
邪道だと言われようが、ダブル炭水化物だと指摘されようがそれだけは譲れないのだ。
「おい和宏、ちょっとくれ」
「いいですよ」
美味しい、彼が作ってくれたお粥も美味しかったけどこういう重さというのを本能が求めているのかもしれない。
まあここのラーメンはどれもインパクトがすごいというわけではないが、いまの僕からしたら凄くいい物だった。
「お、木島じゃねえか」
「あ、こんにちは」
「おう」
学校へは行ってくれているだろうか?
いまさらになって怒られて殴られたりとかしない……しないよね? と不安な気持ちになる。
「お、町と谷田部だな」
「謙太と仲いいのか?」
「いや、でも俺は木島を気に入っている」
ただ強がってみせただけなんだけどね。
町君はそんな彼を睨み、彼は一切気にせずに僕や谷田部君の方を見ていた。
「なるほど、なんか不揃いな感じだな」
「謙太は暴力とか振るわないしな」
「はは、じゃあお姫様みたいなものか」
別にそこは王子様でもいいと思うけど。
というか、そんな大切な人間じゃないよ。
守られるだけなんて嫌だし、これからもどちらかが絡まれたら守ろうと動くだけだ。
「っと、俺はこれで帰るわ、それじゃあな」
「気をつけて」
「おう」
目の前を見てみたら今度はこちらが睨まれていて慌てて目を逸らす。
「謙太、食べないと食べちまうぞ」
「あ、食べるよっ」
……おかしい、食べ終えて退店した後もずっと圧を感じるままだ。
こういうときに限って谷田部君も特になにかを言ってくれないからずっと睨まれてばかり。
「楽しかったぜ、それじゃあな」
「うん、また明日」
ふたりきりにしないでくれぇ……。
なにか悪いことをしてしまったわけではないのにどうしてこうなってしまったのか。
「いたっ!? な、なんでつねるのっ」
「学習能力がないですね」
「危なくないって、それに君がいてくれるのなら避ける必要なんてないでしょ」
「あなたは裏でこそこそと会うじゃないですか、そうしたら守れるものも守れなくなりますよ」
それでもあんたとかお前とか言わないところが彼らしい。
そこだけきっちりしているのはなにか理由でもあるのだろうか?
「まあいいです、家に行きましょう」
「え、なんで?」
「二十時ぐらいまでいてほしいんですよね?」
「え、それは考えただけで言ってなかった――」
「寝言で言ってましたよ」
それはまた恥ずかしいところを晒したものだ。
まあいいか、余計なことはしないと決めたんだから受け入れておけばいい。
相手から来てくれているんだから拒むだけ無駄でしかない。
結局のところ誰かといたいと思っている心があるんだからどうしようもないし。
「もうここも自宅って言っていいぐらい来ていますよね、どこになにがあるのかもよく知っていますし」
「いつでも来てくれればいいよ」
「それは家事をしてほしいからですよね? 結局、俺のこと便利屋とかそういう風にしか認識していないですよね」
なんでそういうところだけは捻くれてしまうのかが分からない。
僕は心から彼や谷田部君、関わってくれている人に来てほしいと思っているのに。
「君はまだまだ僕の中で弟みたいな存在だよ、あの頃となにも変わっていないと言ってもいい」
「変わりましたよ、痛いことにも慣れましたしね」
「僕としてはずっと変わらないでほしいけどね」
「けんちゃん!」と元気よく近づいてきてほしい。
殴って、殴られて、それで怪我をするようなことにはなってほしくなかった。
「変わっていないのに変わらないでほしいってやっぱり矛盾していますね」
「僕の小さな願いだよ」
自分勝手なことこのうえないが、それだけはあのときからずっと変わらないことだった。
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