02話.[無茶言わないで]
「よう」
「あ、こんにちは」
単独行動中に遭遇することになったのは偶然なのか。
「お前、木島謙太だろ?」
「うん、そうだけど」
「谷田部って奴がいるだろ? そいつは強いのか?」
「一度見たことがあるけど、無意味に人を殴ったりはしないよ」
なんでも強いのかどうかで見るのはやめよう。
どんな人なのかを知る努力をしようよ、喧嘩なんかしたところで怪我するばかりだと言ったのは君だぞ。
「まあいいや、木島、よろしくな」
「うん……って、他校なのによく会うね」
「ああ……まあサボっててな」
それを聞いたときは「駄目だよっ、ちゃんと行こうよっ」と叫んでいた。
流石に怖がっている場合じゃないないからだ。
学校には行っておくべきだ、その後に犯罪行為とか以外で自由に過ごせばいい。
「いや、お前らの高校はいいだろうけど俺の通っている高校は生徒も教師もクソでな、まあ俺も同じなんだけどさ」
「それでもだよ」
「まあ……木島の言う通りなんだけどさ」
なにがあるのかなんて分からないけど僕が言えるのはちゃんと行こうよということだけ。
うざがられても、殴られてもそれだけは言い続けるつもりだ。
それに彼はもう殴ってきたりしないと思う。
町君や谷田部君みたいに無意味に暴力を振るったりはしない人のはずだから。
「俺さ、うるさく言われるとつい手が出ちまうんだよ」
「じゃあ止めようよ、思いきり腕を掴んでさ」
「はは、そうだな、自分を止められるのは結局のところ自分なわけだから木島が正しいな」
でも、周りから悪口を言われたりしていたら僕だってあっさり学校に行くことをやめるだろうから偉そうには言えないか。
単純にうるさく言うと彼に殴られてしまうかもしれないという不安もあるのは否めない。
やっぱり殴られたい人なんていないんだよ。
「……しゃあないな、行くかな」
「うん、勇気が出ないなら入り口まで行ってあげてもいいよ?」
「馬鹿、そんなことをしたら遅れるだろ、それじゃあな」
殴るのをやめたら周りも変わって――はくれないかもしれない。
だからそれは違うかと片付けて学校へ向かう。
今日は珍しくひとりでの登校だったが、なにもなくて良かったとしか言いようがない。
「おはようございます」
「うん、おはよう」
「すみません、今日は日直だったので」
「いいよ、別に決まりというわけじゃないんだから」
なんとなく触れたくなって頭に触れたらぱしっと手を叩かれてしまった。
「な、なんですか?」
「あ、じょりじょりしているのかなって」
「それなら声を掛けてからにしてくださいよ」
うんまあその通りか。
同性にいきなり触れられても嫌だろうしこれは僕が悪かったと片付けるしかない。
……いまのはちょっと寂しかったけどね。
「帰りは一緒に帰りましょう」
「うん」
毎日じゃなくてもいいからまた外食とか、外食じゃなくても家で一緒にご飯を食べたりしたかった。
ただまあ、こちらから頼むのはなんか違うから口にすることはしない。
仮に口にしてばっさり断られてもそれはそれで立ち直れなくなるから。
「あれ、もしかして今日もあいつに会いました?」
「え? うん、さっきね、学校に行きなよって言ってみたら分かったって言うことを聞いてくれたんだけど」
触れられたわけでもないのにどうやって分かったんだろうか? 匂い?
別にあの人がタバコを吸っていたとかそういうことでもないんだけど。
「もう少し気をつけてくださいよ、また殴られますよ?」
「大丈夫だよ」
「はぁ、木島先輩は変わらないですね」
そりゃまあ人間はそう簡単に変わったりはしない。
なるべく信じて近づくと決めている以上、他人にどう言われても変える気は痛い目に遭わないとないだろう。
そしてそれがいままでなかったことから、多分そうなる日はとてつもなく遠いか、とてつもなく近いかの二択。
これもあれだ、不満があるなら離れればいい。
去る者追わずだ、そうやって言ってあるはずなんだけど。
「木島くん、運ぶの手伝ってくれない?」
「いいよ」
なにかをしていた方が気が楽だ。
ぼうっとしていてもマイナスなことしか出てこない。
家族のこと、他者のこと、自分のこととかで。
「ありがとう」
「これぐらいなんてことはないよ」
昼休みになっても、放課後になってもそうだ。
なんか微妙な感じが自分につきまとっている。
今日は駄目だ、さっさと帰ってしまおうとして校門のところで足を止めた。
「いま本当は帰ろうとしていましたよね?」
「まあまあ、思い出したんだから感謝してよ」
谷田部君は友達と盛り上がっていたから約束通りふたりでの帰路となった。
「今日はどうしたんですか? なんか暗いですけど」
「ああ、まあ色々あってね」
「吐いてくださいよ、吐くだけで楽になるかもですし」
隠しても仕方がないから全て説明しておく。
なにもかもが微妙で困っているのだということを。
すっきりしない、言っても残念ながら変わらなかった。
ちなみにあれは隠した、それとこれとは別だしね。
「家族とまた過ごしたいんですか?」
「いや、そんな気持ちは一切ないよ」
「また俺が怒られても嫌ですから、できればその気持ちのままでいてくれるとありがたいです」
そう、彼が協力してくれたんだ。
言いなりになるしかなかった自分を助けてくれた。
母、父、妹、自由に言われる毎日というやつに限界がきてしまい全く関係のない彼を巻き込んでしまったのだ。
「僕は駄目なんだよ、あのときからなにも変わってない」
死にたいとは思わないが、長く生きたいとも思わない。
ああ、できることなら誰もいないところに行って、誰とも関わることなく自由に過ごした後に死にたい。
「なに泣いてるんですか」
「……情けないからさ」
「情けなくなんかないですよ」
やだやだ、このままだとあれだしさっさと帰ろう。
まあいいんだ、家族と顔を合わせなくて済むだけで気が楽というものだから。
もしあのまま言われ続けて、僕が誰にも頼ることなくひとりで向かい続けるしかなかったのならいま頃学校になんて通えていないからね。
「なにひとりで帰ろうとしてるんですか」
「え、だけどもう別れるところでしょ?」
「はぁ、その状態で放っておけるわけないでしょうが」
今度は彼がこちらの腕を掴みつつ「何年一緒にいると思っているんです?」と聞いてきたが、そんなの十年以上としか言いようがない。
それなのに名字呼びをしているのは彼にそう頼んだからでしかない。
仲良さそうに名前で呼ぶ資格なんてないからだ。
「はい、飲み物」
「ありがとうございます」
彼はソファに座らせてこちらは床に適当に座った。
一緒にいたって惨めさがこみ上げてくるだけなのにどうして彼は来てしまったのか。
「本当はあいつになにか言われたんじゃないですか?」
「いや、それはないよ」
話してみればみるほど、いい人だってことが分かる。
怒らせたらまた殴られてしまうかもしれないが、そうさせないようにこちらも行動しているわけだしね。
まあ曲げられないことがあって今日は偉そうに学校に行った方がいいなんて言ってしまった。
中学時代に何度もズル休みをしていた人間が言うなよって話だよね。
そういうのも今日のこれに影響しているんだ。
「大丈夫だから帰りなよ、あとはゆっくり過ごすだけなんだからさ」
「だってそのまま引きこもりそうじゃないですか」
「そんなことにはならないよ」
学校にはちゃんと行く。
悪口を言われても多分行く、だから安心してほしい。
多分、それすらもなくなったら生きている意味が本当に分からなくなってしまうから。
ただまあ、どうせ死ぬ勇気なんかないんだからぼけっとしながら生きていくんだろうけど。
「心配だからこのまま泊まります、土日を挟んだら来ませんでした、なんてことになりかねませんから」
「泊まりたければ泊まるのは別にいいけどさ」
「泊まりたいのではなく木島先輩を監視するためです」
それならばと谷田部君も呼ぶことにした。
幸い、「いいぞ」と受け入れてくれたので少し安心。
なにがしたいのか分からない、そんな分からない人とふたりきりは嫌だったから犠牲になってもらう。
彼が来れば彼は相手をしなければならなくなるからこちらに意識を向けることもなくなるだろうしいいことしかない。
家ですら疲れる毎日というのは嫌だった。
「和宏、謙太は?」
「もう寝ましたよ」
こちらが話しかけても適当に相手をされるだけだった。
それなら寝たらどうかと言ってみたら「じゃあ寝るよ」と言って寝室にこもってしまった形になる。
「少しコンビニにでも行くか」
「いいですよ」
どうせ寝るまでやることもないし丁度いい。
……なにも手伝わせなかった謙太先輩にむかついている状態だから連れ出してくれたのはありがたかった。
「お前ら喧嘩でもしたのか?」
「していませんよ、木島先輩が悪いだけで」
「そう言ってやるなよ、謙太はいい奴だと思うけどな」
いい人間だということは昔からずっと一緒にいる自分が一番分かっている、それこそ先輩の家族なんかよりもよっぽど理解していると言っても過言ではないぐらいだ。
でも駄目だ、変に遠慮をするところが受け入れられない。
本当に究極的に追い詰められたときじゃないとこっちを頼ってきすらしない。
それが凄くむかつくんだ。
「俺は変な遠慮をする木島先輩が嫌いです」
「なら離れればいいだろ」
「……そう簡単な問題じゃないんですよ」
「だからって不満をぶつけるのか? そうしたら謙太の性格的に余計に殻にこもるだけだと思うがな」
小学生の頃は本当に明るかったんだ。
それなのにどんどんと暗くなって、俺相手にすら本音を言わなくなってしまって、気づけば学校を休むことも増えていて、だけど頼ってくれないから動けなくてどうしようもなかった。
「それこそそういう態度を変えられないならお前が謙太から離れろ、一緒にいても害にしかならないしな」
「は!? なんであなたにそんなことを言われなくちゃならないんですか!」
「やめればなにも言わないさ」
分かってない、俺がどれだけあの人のためになれているのかどうかということが。
まあそれも無理はない、だって去年に出会って一緒にい始めるようになっただけだから。
「だってお前のせいで謙太は殴られたんだろ?」
「それは木島先輩が煽るようなことをするから……」
俺に任せておけばいいのに強がって対応なんかするから。
結果的に気に入られたから良かったものの、そうでなければ肩を殴られる程度じゃ済んでいなかった可能性もある。
……変わっていった頃からそうなんだ。
なにを言われても、なにかをされても平気そうな顔をするようになった。
「泣いたんだってな」
「はい、帰り道にいきなりですけど」
先輩は珍しく真剣な表情を浮かべて「俺らは結局なにもできないな」と呟いた。
「違う、俺は違います」
「じゃあ謙太のために動けていると?」
「そうですよっ、俺はあの人を家族から助けたんですっ」
その結果、高校生になってからひとり暮らしをできるようになって少しだけ安心したような顔をしていたんだから!
「それは良かったのか?」
「あ……当たり前じゃないですか、ありがとうって木島先輩も言ってくれましたし」
「そうか、まあそれは本人にしか分からないことだしな」
実は負担になっていたとかそんなわけがない。
俺は間違いなくいいことをした、あのときだって
「とりあえずコンビニに行くか」
「あ……そうですね」
言い合いをしたところで意味のないことだ。
菓子を食べたり飲み物を飲んだりして落ち着こうと考えを改めたのだった。
「トイレ……」
せっかく早い時間に転んだのに全く寝られなかった。
ふたりを放置してしまっているからというのもあったのかもしれない。
もうなにもかもが引っかかってしまうのだ。
「お、まだ起きていたのか」
「いや、トイレに行きたくて」
「そうか、それが終わったら外で話そう」
彼にも悪いことをしてしまった。
自分が責められたくないばかりに呼んだんだから。
「おかえり」
「ただいま」
外は寒いけどいまの僕にはいいのかもしれない。
あとはこのまま風邪を引くなりして、ふたりに隠して、土日に寝込むぐらいが丁度いいだろうなって考えた。
「寒いな」
「うん、これを掛けててよ」
「おう、ありがとな」
できることなら仲良くしたい。
だけど散々考えて分かってしまったんだ、このままじゃどうしようもないって。
だからそのことを彼に話して少し待つ。
もちろん朝になってから町君にだって言うつもりでいる。
「謙太は気にしすぎだ」
「駄目なんだよ、僕といてもいいことなんてなにもない」
「そんなの分からないだろ」
彼はこちらの頭を撫でつつ「和宏と出会えたのは謙太のおかげだ」と言ってくれたが……。
「なにやっているんですか」
「ありゃりゃ、お前も起きていたのか」
「お前じゃありません」
……嫌だ、一緒にいたくない。
「木島先輩こそ掛けててください――」
中に入れば自分の家だとは分かっていても戻る気になんかなれなかった自分は夜中だろうと一切気にせずに走り出す。
とにかく曲がって尾行できないようにして、十分ぐらい経過したら疲れたのもあって足を止めることになった。
「はぁ……」
このまま逃げられたらどんなに楽だろうか。
ま、お金もない、行き場所もないんじゃ楽しくはならないだろうけどどうでもいい。
とりあえず朝までぷち家出でもしてみることにした。
いまは真夜中と言ってもいい時間だ。
仮に追ってきていたとしてもこちらが見つかるようなことはないだろう。
「くしゅんっ」
途中でなにをしているんだろうという考えになったものの、決めたこともあるから意地でも朝まで帰ることはしなかった。
そして朝になってからもふたりがいる可能性があるから帰らず、夜まで同じ場所に留まって時間経過を待つことに。
幸い、トイレに行きたくなるようなこともなく、夜になって帰ったら誰もいなくて物凄く安心できた。
鍵は開いていたけど仕方がない、出ていくためにはそうするしかないんだから責められないことだ。
「なにやってんすか」
「……なんでまだいるの」
「家主がいないのに出ていけるわけがないじゃないですか」
いまこそ殴りでもなんでもして終わらせてほしい。
「もしかして熱が出ているんですか?」
「……知らない」
「飲み物を持ってきますので待っていてください」
人の家の冷蔵庫を気軽に開け過ぎだ。
幼馴染みたいなものなんだから察して離れてくれればいいのに毎回意地悪をしてくる。
「暖かくしないからですよ」
「うるさい」
「なんと言われようと俺の方が正しいことを言っていますからね、子どもじゃないんですからしっかりしてくださいよ」
「うるさいっ、もう帰ってよっ」
「嫌ですね、朝まで帰ってこない不良少年なんてきちんと見ておかなければならない存在じゃないですか」
調子が悪いのは事実だから布団の中にこもる。
でも、僕的には意外としか言いようがなかった。
普通こういうときっていうのは上手く風邪を引けずに余計に残念な気持ちになるのが常のことだから。
「……まだ帰らないの?」
「帰りませんよ、読書中ですし」
「風邪を引いても知らないからね?」
「別にいいですよ、そうしたら月曜に休めますし」
ああ、だけどなんか懐かしい気がする。
彼が昔、風邪を引いたときなんかには僕がこうして側にいたわけだから。
兄弟じゃないけど、兄弟なんじゃないかってぐらいには仲良くできていたから余計に。
「なんか懐かしいですね」
「そうだね」
「あの頃は俺もチビで話し方も違いましたからね」
「僕が明るかった頃だしね」
あの頃は寧ろ僕が無理やり引っ張り回していたぐらいだ。
危ないことにも全く気にせずに挑戦し、彼を不安にさせて泣かせてしまったことだって何度もある。
「あの頃みたいに戻ってくださいよ」
「無茶言わないでよ」
「戻れますよ、家族とも離れられたんですから」
そうしたら今度はひとりになって寂しさを感じているんだ。
そういうことに気づいてしまったらいまさら無邪気になんてなれはしない。
そもそも自分がその差に気持ちが悪くなるから不可能だった。
「それにどうせ君達は離れていくんだから」
「はい? あれからずっとあなたの近くにいるんですけどね」
「これからは分からないでしょ」
「いや分かります、俺は文句を言いつつも木島先輩の近くにいるんだということがね」
文句を言う、だけど優しくする、そんな極端なところがあるから一緒にいる身としては不安になるんだ。
「……はげ坊主」
「はははっ、そんなことを言われても変えませんよ」
「なんで殴ったりしないの?」
「そんなことをする必要がないからです」
喧嘩したときなんかには取っ組み合いになったぐらいだけど。
だからやっぱりあの人とか彼にとか谷田部君に偉そうに言えないんだ。
あの頃は一切躊躇なく叩いていたわけだし。
「僕はさ、君や谷田部君にもっと来てもらいたいんだ」
「矛盾しているじゃないですか、その割には逃げましたよね」
「……どこかのお馬鹿さんのせいでどうでもよくなったんだよ」
「それで? 俺はどうすればいいんですか?」
……そんなの学校で多く来てくれればいい。
ご飯を食べるまではしなくてもいいから放課後も一緒にいられればいいと考えている。
「というか、谷田部先輩はどうでもいいですよ」
「そういうわけにもいかないって」
同級生の貴重な友達なんだから。
しかも優しくしてくれる、文句なんて言ってこないし。
……あんなことを言ったのに怒ってこなかったし……。
ただまあ、いまとなってはそれがいいのか悪いのか分からなくなってくるな。
「いいんですよ、木島先輩には俺がいれば」
「確かに町君には支えられているけど」
どうにかして町君の方へ行くようにしたい。
僕にできるだろうか?
いや、彼のためにもやるしかなかないだろう。
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