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Rinora

01話.[離れてください]

 暇だ。

 やることがなさすぎて冗談抜きで暇死しそうなぐらいには暇だった。

 人によっては幸せかもしれないが、自分にとってはそうじゃないというのが悲しいところ。


「木島先輩」

「ん? おお」


 そう、誰でもいいから相手をしてほしかった。

 同性でも異性でもどうでもいい、とにかく、時間をつぶせるようなことができればそれで満足できる。


「木島先輩? 木島謙太けんた先輩?」

「聞こえてるよ」


 彼、町和宏かずひろ君は少し微妙そうな顔で「それならすぐに反応してくださいよ」とぶつけてきた。

 直前におおと言ったはずなんだけどなとは思いつつもごめんと謝っておく。


「二階に来てどうしたんですか?」

「暇だから歩いていただけかな」

「そうなんですか」


 友達がいないわけではないものの、その友達が他の友達と話していたり、風邪で欠席してしまっているんだから仕方がない。

 普段他人と一緒にいるのが当然の自分としては、ひとりでいるのがとにかくやることがなくてつまらないのだ。


「あ、今日は一緒に帰りましょうよ」

「別にいいけど」


 彼とは小学生の頃から一緒にいる。

 一緒に遊んできたからなのか、いまでも距離感が変わらないというか、彼の方からこうして近づいてきてくれることが多い。

 坊主で目つきが少し悪くてたまに他者と殴り合いをしたりする的なことも聞いたこともある少年が僕の前では大人しいという、なんか不思議な感じだった。


「また怪我しているね」

「ああ、ちょっと絡まれまして」

「殴っちゃ駄目だよ、自分に返ってくるからね」

「でも、一方的に絡まれたら対応するしかないじゃないですか、そりゃ俺だってそういうことをしなくて済むならそうしますが」

「怖いな、いつか僕も殴られるんじゃないかって」


 優しいからそんなところは想像できないけど。

 でももしそんなことがあったら僕は彼から距離を作ると思う。

 Mじゃないから暴力を振るってくる人間のところにいたいとは思えないんだよ。


「こちらから絡むことなんてないです、だからそんなことは絶対にしませんよ」

「それなら安心して君の近くにいられるね」


 貴重な友達を失いたくないからそのままであってほしい。

 というわけで放課後は約束通り一緒に帰ることに。


「あ、ファミレスに行って飯でも食べませんか?」

「あ、いいよ、行こうか」


 自分で準備をしなくていいというのは大きい。

 あと、外食=贅沢だと認識している自分として、たまにはこういう日があってもいいんじゃないかって片付けた。

 いつも頑張れているわけではないが、うん、とことん休む日があっても誰も文句は言わない。


「僕はハンバーグステーキセットかな」

「じゃあ俺はステーキで」


 彼がまとめて注文してくれたからお礼を言っておく。

 食べ物が運ばれてくるまでの間、少しだけぼけっとしていた。

 家族と最後に会話をしたのは二年前の冬だ。

 仲が悪いわけじゃない、ただ自然とそうなってしまった。

 話したいようなそうではないような、よく分からない感じ。

 そうなったときに自分はこんな人間だったのかってやっと気づけたような気がする。


「木島先輩、運ばれてきました」

「うん、ありがとう」


 ハンバーグでも一切気にせずにナイフで切って食べていた。

 柔らかくて美味しい、量もあるから満足感も高い。

 彼はどうやら足りなかったようだが、まあこういうのはもう少し食べたいな~というところで終わらせておくのがいいのだ。

 必要以上に詰め込むといい思い出じゃなくなる。

 せっかく美味しい料理を食べられてもそうじゃなくなるからそれでいい。


「おい、お前町だろ」


 お? なんか少し厳つい人が彼に話しかけているぞ。

 巻き込まれたくないから黙って――はおかなかった。

 食べ終えていたから彼の腕を掴んで移動し、さっさとお会計を済ませてしまう。


「木島先輩、そんなことしなくてもなにもしませんよ」

「分からないでしょ、また喧嘩になっても嫌だし」

「離してください、大体、俺が守る側でしょ」


 誰がそんなことを決めたというのか。

 どっちでもいいんだよ、友達が余計なトラブルに巻き込まれないようにって動きたくなるのが友達だ。

 ましてや僕は一応年上なのだ。

 そんな人間が必要以上に怖がって固まっているだけじゃ情けなさ過ぎるだろう。


「おい、邪魔すんなよお前」

「君は関係ないでしょ」


 同行者じゃないんだから。

 同行者だったら僕だってこんな対応はしないさ。

 でも、そうじゃない、しかも嫌な方向にしか恐らく働かない。

 だったら固まっている場合じゃない、動かなきゃ駄目なんだ。


「お前は誰だよ」

「教える必要ないでしょ、どうせ関わることもないんだから」

「おい、調子に乗ってると殴るぞ」

「どうぞ――」


 って、躊躇というのがないなっ。

 それでも絶対に坊主君を遠ざけ続けた。

 友達に喧嘩なんてしてほしくないから仕方がない。

 殴れたことで満足したのか、殴っても尚、気にせずに歩き続ける僕になにかを感じたのか、彼はどこかへと消えていった。


「まったく……馬鹿ですね木島先輩は」

「痛くなんかないよ」

「はぁ、格好つける癖、直した方がいいですよ」


 彼は掴まれていない方の拳でこちらの腕を突きつつ「震えているの分かっていますから」とぶつけてきた。


「……やっぱり分かる?」

「分かりますよ」

「はぁ……情けないよね」


 そりゃ怖いよ、痛いのとか嫌だし。

 平和な毎日を過ごしたい自分にとって、ああいうのはイレギュラーだとしか言えない。


「とにかく離してください」

「分かったよ」


 慣れないことはするべきじゃないと分かった。

 あれじゃあ殴られるためにしたみたいじゃないかと、なにをやっていたんだって馬鹿らしくなって恥ずかしくなって。


「肩、大丈夫ですか?」

「うん、痛くないよ」

「どうせ嘘ですよね」


 これ以上聞かれたくないから挨拶をしてから逃げることに。

 もう終わったことなんだし仕方がない。

 それにこれからはこんなことにならないように逃げるから安心してほしかった。




 翌日、少しだけ学校に行くのに勇気が必要となった。

 出待ちしているんじゃないかって構えたものの、無事に学校に着くことができて一安心だ。

 他校の制服を着ていたから町君といない限りは絡まれることもないだろう。

 うん、多分だけどそう思う。


「謙太、おはよう」

「お、風邪が治って良かったね」

「ああ、昨日は最悪だったよ……」


 彼、谷田部良平りょうへい君とは高校一年生のときに出会って友達になった。

 きっかけは同じ班になったから。

 彼は町君と違って髪の毛をそこそこ伸ばしているが、別にチャラいというわけではない――というか、髪の毛を伸ばした=として考えるのは流石に失礼だと思うしね。


「吐き気が止まらなくてさ」

「来なくていいって言うから行かなかったけど」

「おう、来られても普通に対応することすら無理だったからな」


 風邪か、もし自分が引いたら面倒くさいことになりそうだ。

 昨日も言ったように家族と会話すらしていないから。

 だからその状態でそんなことになったら冗談でもなんでもなく危うくなるだろうなと想像することができた。


「和宏は?」

「今日はまだ来てないね」

「しゃあない、それなら行ってくるかな」


 彼は町君のことをやたらと気に入っている。

 丁寧に対応してくれるからだろうか? あ、谷田部君が似たような生き方をしているからというのもあるのかもしれない。

 というのも、彼もよく喧嘩をして怪我をしてくるからだ。

 見ているこっちが微妙な気持ちになる。


「木島先輩っ」

「あれ? いま谷田部君が君を――」

「おい和宏、逃げる必要はないだろうが」


 全てを言い終える前にちゃんと谷田部君もやって来た。

 そう、何故か町君は彼のことを避け気味なのだ。

 だから彼は追う、追われた町君は避けるという繰り返し。


「あなたは昨日風邪を引いたじゃないですか、移されても嫌ですから離れてください」

「酷えな、せっかく俺が会いに来てやっているのによ」

「余計なお世話ですよ」


 仲良くすればいいのにとは思いつつ、これが彼らなりの仲の良さなんだろうと片付けている。


「木島先輩、この人の友達はやめた方がいいですよ」

「悪い子じゃないよ」

「そうですかねえ、なによりよく喧嘩もしますしね」

「それはお前もだろ」「それは君もだよ」

「……ふたりで言わなくてもいいじゃないですか」


 彼が坊主にしている理由は昔に聞いたことがある。

 躊躇なく引っ張ってくるかららしい、少しだけでも弱点を晒さないようにしているみたいだ。


「とりあえず谷田部先輩はどこかに行ってください」

「分かったよ、正直に言ってまだ中途半端な状態だから休んでおかないといけないしな」


 はぁ、素直になればいいのに。

 昨日だって朝なんかは何度も聞いてきていたぐらいなのにさ。


「木島先輩、廊下に行きましょう」

「うん、いいよ」


 廊下に出たらやたらとひんやりと冷えていた。

 先程まではそうではなかったのにどうしてだろう。

 外は雲ひとつなく綺麗な青空なのにどうして。


「本当にやめませんか?」

「いや、やめないよ」

「いいことはないと思いますけどね、それこそ怒った際なんかにはまた殴られるかもしれないんですよ?」


 それもない、仮にされてもそのとき判断することだ。

 面白みもない人間だ、寧ろ避けるなら向こうからするだろう。


「じゃあ君が守ってくれればいいでしょ?」

「まあ俺の方が強いですからね」

「じゃあ安心だ、避ける必要なんかないよね?」


 彼はいつものように微妙そう、嫌そうな顔にも見えるような感じでため息をついていた。

 別にいいんだ、嫌ならどこかに行けばいい。

 僕としては関係が長いんだから一緒にいたいけどね。


「今日は木島先輩の家に行きますね、飯を作ってあげますよ」

「はは、何気に女子力もあるよね」

「もう、喧嘩だってほとんどしませんから」


 誰も喧嘩の話なんてしてない。

 何気に僕よりも作れるから口にしたまでのことだ。

 まあ僕としてはありがたいけどね、誰かが一緒に食べてくれるということなら嬉しいし。

 でも、そういうのはありがたいけどと言わさせてもらった。


「だって谷田部先輩はいらないじゃないですか」


 というのが彼の答えだった。

 喧嘩をされても嫌なのでそれは谷田部君には言わず。

 今日は来てくれていたから昼休みまでも、そして放課後までの休み時間も話して過ごした。


「謙太、一緒に帰ろうぜ」

「うん、帰ろう」


 集合場所である校門に向かうと既に彼がいた。

 想像通り、合流した瞬間に「なんでですか」と文句を言われてしまったが、全部スルーして楽しく帰路に就いて。


「お、和宏が飯を作ってくれるのか? それなら俺も行くかな」

「病人は帰って寝てください」

「もう治ったよ、ほら行こうぜ!」


 大丈夫、人数が増えても食材の方はちゃんとあ、


「あ、お買い物に行かなきゃ」


 そういえばと食材がなかったことを思い出す。

 ここで思い出してもその分のお金を持ってきているわけではないから意味がないと言えばないんだけど。


「じゃ、行くか」

「不効率だよ、ふたりは待ってて」

「わざわざ別れたってしょうがないだろ」


 それで結局、谷田部君は僕の家で待っていることになった、体調が治りきっていないことが分かったからだ。

 それならと町君も待っていてくれれば良かったんだけど、残念ながら聞いてはくれなかった。


「もう、言うことを聞いてくれない後輩君だね」

「家で待っていても調理できるわけじゃないですからね」


 はぁ、まあいいや、今日なににするか考えよう。

 人数と寒さ、谷田部君の体調、それを考えるとやっぱり温かいものの方がいいだろう。


「町君、シチューとカレーならどっちがいい?」

「どっちでもいいですよ、作りやすさは変わらないですし」

「じゃあシチューかな」

「そうしましょう」


 何度も行くのは流石に面倒くさいから明日や明後日の分も購入しておく。

 まあ最悪はお米があればなんとかなるから買い溜める必要はないんだけど。


「持ちますよ」

「いいよ、だって作ってくれるんでしょ?」


 そもそもこちらも男だ、これぐらいなんてことはない。

 普段だってひとりでしているんだから馬鹿にしているのは彼の方ではないだろうか。


「俺のこと馬鹿にしていませんか?」

「してないよ、してもらうからこそ自分がなにかしなきゃって考えて動いているんでしょ」


 それに余計なことで時間をかけているわけにもいかないんだ。

 一応体調が良くない人間が家にいるわけだしね。

 あ、谷田部君にはうどんを作るつもりでいるけど。


「ただいま」


 あ、ソファで寝てる……。

 優しいことに僕がなにかを掛ける前に町君が動いて掛けてあげていた。

 タオルだけどなんにも掛けていないよりはマシだろう。


「ん……あれ、帰ってきていたのか」

「なにしに来たんですか、だから寝てくださいって言ったじゃないですか」

「まあまあ……今日は家族がいないんだよ……」


 それならこっちに来てくれてありがたいとしか言えないかな。

 結局家に帰らせるとしても食事とかを済ませた状態なら不安になる可能性だって低いわけで。


「いまからあなたのは木島先輩が作るので寝ていてください」

「おう、ありがとな」


 素直じゃないねえ。

 とりあえずメインは約束通り任せておくことにする。

 そこまで狭くはないから途中ぐらいからうどん用のお汁を作り始めて――あ、しまった。


「麺を茹でなきゃ駄目じゃないですか」

「うん、そうなんだよね……」

「もう出来ますから待っていてください」


 情けない、年上として悪いところばかり見られている。

 でも、なにかいいところを見せようとすればするほど、失敗する未来しか想像できなくて悲しかった。


「はい、貸してください」

「うん……」

「そんな顔をしないでくださいよ、向こうで待っていてくれればそれでいいですから」


 せめてこちらが年下だったらよかったのに。

 なんでこうも駄目なのか、差が気になってしまう。


「谷田部君、もう出来たよ」

「おう……悪いな」

「いや、ほとんど町君がしてくれただけだから」


 ご飯を三人で食べて、食べ終えたら送るために出てきた僕達。


「おい」


 そうしたら町君の家の近くでまたあの人に遭遇して困った。

 彼は谷田部君を背負っているから相手をするならやっぱり僕だろう、というか、この状況で逃げられるわけがないんだ。


「また町君に用があるの?」

「ああ、この前殴られたからな」

「それは君に原因があるんじゃないの?」

「そうかもな、それでも殴り返さなきゃ前には進めないだろ」


 彼が黙っている理由はこっちがまた腕を掴んでいるから、あとは単純に風邪人の谷田部君を背負っているからというのも影響しているんだと思う。


「町君、悪いけど谷田部君のことは頼んだよ」

「木島先輩はどうするんですか?」

「少しこの人と話がしたいから」


 話し合いで平和的に解決! ……できるかな?

 歩いていってくれたのでその人に向き合う。

 うん、厳つい、怖い、なんか笑っても怖そう。


「で? お前が代わりになってくれんのか?」

「いやいや、まずは話し合いを、痛いっ!?」

「まあお前でもいいかな、やり返されることはなさそうだし」


 違うんだ、先輩らしさを見せたかっただけなんだ。

 本当だったら誰よりも早く逃げているところだったんだ。

 それなのにどうしてかこうして残って、殴られている。

 まだまだ軽い力だから立っていられるが、このままエスカレートしたらどうなるのかは分からない。


「ま、待ってっ、暴力はやめようよっ」

「は? じゃあ町を連れてこい、お前が命令すれば聞くだろ」

「そんなことできないよ、痛いってっ」


 どうしてここまで非情になれるんだ。

 どうすれば相手を平気で殴れるようになれるのか。

 殴られても殴ろうとは思えない、欠陥していると言っても過言ではないのではないだろうか。


「気に入った」

「え?」

「お前、強えじゃねえか」


 え、いまのでその判断は早すぎでしょ。

 それに力加減を抑えてくれていたのは分かっている。


「悪かった」

「え、いや……」


 え、本当はいい人なのだろうか?

 こういうところがずるい、少しいいところを見てしまうと殴られたことなんて忘れて判断してしまうからだ。


「でもお前はそのままの方がいい、殴り合いとかはやめておけ」

「うん、怖くて無理だよ」

「はは、それぐらいでいいんだよ、怪我しかしねえしな」


 なんか結果的に見れば平和な終わりだった。

 彼は去り、僕は少しだけ突っ立った状態でどうするべきか悩み始める。

 このまま追ったところでもう無意味、かな?


「木島先輩、谷田部先輩は送ってきましたよ」

「ありがとう……って、どうしてまた来たの?」


 送ったのならそのまま帰ればよかったのに。


「また馬鹿なことをしているからですよ」

「分かる、確かに馬鹿だと思う」

「開き直ればいいわけではないですから」


 たまに優しいのかどうかが分からなくなるときがある。

 言葉で切りつけてくることが多いからだ。

 その度にじゃあその馬鹿といないで自由に過ごしたらいいのにって思う。

 難しいのは一緒にいたいという気持ちが強いということ。

 その度にそうやって考えるくせに離れることをしない自分が……。


「ま、良かったですね、あれだけで済んで」

「見ていたんだ……」

「そりゃまあ、酷くなったらあいつをぶっ飛ばしていましたよ」


 彼は無表情なまま「木島先輩のおかげでしなくて済みました」と言ってくれたものの、それならせめてもう少しぐらい柔らかい表情を浮かべてほしかった。

 優しいのにあと少し足りない、だから怖いとか言われるんだぞと言いたくなったが我慢。


「じゃ、行きましょうか?」

「え?」

「谷田部先輩のせいで全く話せませんでしたからね」

「まあいいけど」


 明日でいいでしょと言ったところで聞いてはくれないだろうから諦めた。

 それに家にぐらいならいくらでも来てくれればそれでいいわけだからね。

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