第59話 神も人も動物も

白い光に包まれたかと思うと、自身の鼓動が聞こえるほど静かになる。

目を開ければ、そこは白き神殿。

「えっ……」


光景がガラリと変わったことに驚いていると、神殿の最奥に人影が見えることに気が付いた。

もしかして……アデルか?


身長を大きく超える柱がいくつも連なり、厳かな雰囲気を醸し出す。

床も柱も周囲の景色もすべてが白で統一されていて、平衡感覚が失われていく。

ゆっくりとその柱の間を通り抜け、人影の前にたどり着く。


神殿の最奥、同じく白で統一された玉座があり、そこにアデルが鎮座していた。

「……」

「私を呼び出したんだね?すごいねこの空間」

アデルは両手を広げながら、この空間をぐるりと見まわしている。


「多分、アデル……あなたの精神世界だよ。私はあなたと話がしたい」

「お断りしたいところなんだけど、結構拘束力が強いみたいで逃げられないんだよね」

今、現実ではどうなってるんだろうか。みんななんとかして態勢を立て直してもらうだけでもかなり状況は良くなる。


「ああ、私の精神世界だからこんなものが……」

どこからともなく、鋼鉄の剣を取り出した彼女はこちらに切っ先を向ける。

「思い出の記憶と品が周囲に浮いていてビックリしたんだ。他人の精神世界で死んだら、現実でどうなってしまうんだろうね?」


にこりと笑う彼女に背筋が凍る。

「それで、話って?余程つまらなかったら斬るけど」

逃げるわけにはいかない。ここが正念場だ。

「私はあなたと同じ職業だからこそ何か話ができると思うんだ」

一歩彼女に歩み寄る。


「アニマルテイマーだからって奇異の視線で見られてきたことはあるけど、そんなの構わずにかかわってくれる人たちをもあなたは殺そうとしているんだよ」

切っ先は相変わらず向けられ、命の危機に鼓動が早くなるのを感じる。

「一度落ち着いてそういう人たちを探していこうよ」


「でもそんなことは一目じゃ分からないだろう?その人が自分にとって害を為すか。疲れたんだ……そうやって考えるのに」

彼女の瞳は真っ直ぐこちらを見つめていた。


「今みたいに人里離れた平原で動物たちとのんびり暮らすっていうのは――」

「駄目だ。私の内に煮えたぎるこの復讐心が抑えられない」

提案を最後まで言うことができず、そのまま却下されてしまう。

彼女の中ですべての町を滅ぼすのは固く決意したことのようだ。


「……それに君も薄々感じているんじゃないか?自分の功績がすべてを狂わせる可能性に」

剣を下ろし、こちらに不気味なまでの笑みを向けてくる。

「えっと――」


「冒険職だとか、生産職だとかで区別されているこの世界で、その垣根を超えた私たちはこれより後の垣根を超えるものたちの希望になるんだ。今までは具体的な人物がいなかったから潰えてきた希望がより形を成していく」


何度も考えた。悪夢にうなされることもあった。そして、その行く先は――

「そうなったら冒険職と生産職の間で争いが」

「よくわかっているね。そうだよ、私たちが名を挙げたことで多くの人が死ぬ」

彼女の真っ直ぐこちらを見つめてきた瞳の中には闇が宿り始める。


「職で区別をして、役割を決めているこの世界の理がおかしい。そもそも職業を勝手に決める神がいるということ自体がこんなことを招いているんだ」


……確かにそうだ。神様がしたことはなんだろうか、私の記憶の中での神様はトラブルメーカーでしかなくて、自己中心的で――

彼女が言ってることは理にかなっている。世界の仕組みが何もかもを駄目にしているんじゃないか?


「争いの起きない平和な世界のために豊かな資源が手に入る力を多くの者に与えて、それぞれが独占不可な状況で共存させ、心穏やかにさせる……というのが神とやらの役目であるとは聞いたことがあるんだけどね、今この状況は間違いなく正反対にあるだろう?」


「だから、その世界の理……システムが回らないようにしてやるんだ。最終的には神を殺す」

彼女は剣を持っている手と反対の手をこちらに差し出してくる。


と言ってたね、その通りだと思う。だから私は君に協力してほしいという提案をする」

その差し出された手は希望の道にも絶望の道にも見えた。


今まで散々悩んできて、目を背けた問題と向き合わなければいけない。

世界の仕組みに振り回され、冒険職になれなかったことで起きた不都合も、生産職でありながら冒険をしたことで起きた不都合もあった。


神様を殺したいと思ったこともあるし、自分の力が争いの火種になることも危惧している。なにより、同じ職業……世界に二人だけしかいないアニマルテイマーであるアデルに同情している。


「……」

でも、この手を取ったら見境なく人間を殺さなくちゃいけない。

それはつまりレオンたちも、うちの小さな町の人たちも平等に殺さなければいけない。


でもまあ、それでもいいのかもしれないな。レオンたちだって生産職で、まだここまで考えてはいないけど……いつかはこの悩みを持つかもしれないし。

悩みすぎて頭おかしくなっちゃったかな。悩んで、逃げて、苦しむのももう嫌だ。

いっそこの手を取った方が――


手を伸ばす。

その手がアデルに届く前に一つの画面が現れる。


/////

〔イノー〕

種類︰イノシシ

特技︰突進 牙刺し

心︰100%

/////


「えっ?」

試しに周囲に手をかざしてみる。


/////

〔プルブル〕

種類︰ブルースライム

特技︰顔はりつき・潜伏・蜊ア髯コ)装着・飲み込み

心︰100%

/////


/////

〔ボス〕

種類︰アウィス

特技︰嘴殺 飛行 羽刃

心︰100%

/////


/////

〔おーちゃん〕

種類︰ルナレクス

特技︰隠れる パンチ 不意打ち 月の魔力

心︰100%

/////


/////

〔ビーチュー〕

種類︰ハチネズミ

特技︰毒の針 高速移動 毒廻り

心︰100%

/////


……そうか、アデルの精神世界に単身で乗り込んだんじゃなくて、私の精神世界もわずかながら周囲に存在しているんだ。

イノー、私を止めようとしているの?私とアデルの間にイノーがいるのは彼の意思か、はたまた偶然か。


今はそんなことはどうでもいいか。

思い詰めすぎていて考えていなかった。

私がこの手を取ったらイノーたちはどうなる。アデルの黒い霧のようなものを付与されて苦しみながら戦うのか?


イノーたちがレオンたちと戦わなければいけなくなるのか?

そして、アデルがしたように……駒みたいな扱いをしなければいけないのか?

私にはできない。イノーたちが戦って死んでいく姿を傍観できない。

あえて苦しませるなんて不可能だ。


ならば――やることは一つしかない。

「私はあなたの手を取れない」

「そうか」

ははっと乾いた笑いを浮かべ、彼女は剣を振り上げた。


「さよならだ」


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