第56話 英雄もまた脅威である

アデル……ソキウス……ファーシープ。

一つ、嫌な予感が脳裏をよぎる。

そんな予感を口に漏らしたのはレオンだった。


「ファーシープと鋼鉄の少女」

ぽつりとそれだけ呟いた。

少女アデルとファーシープのソキウスの冒険譚。

街の人々の英雄となってその物語は幕を閉じた。


奇妙な一致である。

かつての少女、今は黒いローブを羽織っているアデル。

成長し、ギガントファーシープとなったソキウス。

想像が膨らみ、その嫌な予感をさらに加速させていく。


「魔王は、おぬしじゃな……?」

よろりと大剣を引きずりながらバリストさんは女性に向かっていく。

「ああ、今はそうだね。そんな感じで呼ばれてる」

さらりと話しているが、気は緩めていないようで緊張状態は続いている。


「なら――」

「悪いけど、私は忙しい。さっさと帰ってくれ」

バリストさんの言葉を遮り、彼女はそういうと懐から黒い小さな箱を取り出し、上部を回転させる。


次の瞬間、目の前に大きなコウモリのような化け物が現れ、彼女を包んで消えてしまった。

「っ……逃してしもうたの」

どさりと体を落とし、呼吸を整えながら呟く。


「あれって、アデルだよな」

レオンがこちらに振り返る。

「多分……そうだと思う」


「あの絵本はノンフィクションだったのか」

「でも、みんなの英雄になってその物語は終わって――」

そこで言葉に詰まってしまった。


考えてしまった。その物語の先を。

英雄として散々もてはやされた後、その力に周囲は恐れて――

ブンブンと首を振り、その考えを止める。


「あの」

霊子が口を開く。

「ア、アタシ思ったんですけど」

「どした、れーさん」

相変わらず調子の変わらないデリスが地平線のその先を見るのをやめて霊子に向き直る。


「えっと、アデルって人……職業アニマルテイマー、じゃないですか?」

場が凍り付く。

「だって、【コンライン】してたし……実際動物使役してたし」

「ちょっと」


「なんかあのちっちゃい四角い箱から動物出してたし」

「もういい、もういいよ」

……深呼吸しよう。


帰るべきか?

だめだ。クウガたちが……無駄死にだ。

殺すしか、ないのかな。


道が違えば共通の話題で盛り上がれたであろう同じ職業の……この世に二人しかいない職業の相手を?

私の人生の道しるべとなったあの本の主人公を?


「とりあえず会いに行ってみないか?」

レオンがそう提案する。

「あいつ魔王ではあったけど悪いやつかどうかはまだ分かんないし」


魔物の大群による町への襲撃は明確な悪意であったが、その話を飲み込んで歩き出す。

この場に混乱を生みたくなかったのか、信じられなかっただけかはもはや分からない。


「儂は殺すべきじゃと思う」

ただ、バリストさんだけはその決意を揺らいでいなかった。

つくづくバリストさんには冒険者との格の違いを見せつけられる。


「……とりあえず行くか」

私たちは地平線のその向こう側を目指して歩き始めた。

なんとも言えないこの気持ちを背負いながら、何か重要な決断から逃げるようにして。


__

____

しばらく歩いたころ、前方に建造物が見えてくる。

城――なんかではなく、畜舎が平原いっぱいに広がっている。


動物や魔物の鳴き声があちらこちらから聞こえてきている。

「飼ってるのか……まさにだな」

デリスがははっと乾いた笑いをこぼしている。


「さすがにこの中を探索したりするのは危険だと思うからやめておこう」

鳴き声からして魔物の数もかなり多い。

入ったらどうなるかわからない以上、余計なことはしない方がいいだろう。


「や、やっぱりアニマルテイマー……っぽいですね」

「うーん、まだ確定とは言えないが……その場合はどうしようか」

霊子とレオンはそんな会話をしている。


もし、本当にアニマルテイマーならある程度は対策ができる。

【テイム】【コンライン】なんかは同じだろうな。

職業決定の時のパンフレットには個別スキルが中盤から手に入ると書いてあったし、彼女が【マーシフルエンブレイス】を持っているかどうかはまだ分からない。


考え事をしているうちに歩くのが疎かになっていて、気づけばレオンたちは少し前の方にいた。

「あっ、待って待っ――」

「喋るな」


突如背後から声が聞こえる。

「喋らず、何の異変もないかのように歩き続けて、わらわの話を聞き続けろ」

……この声は神様?

「久しぶりだなヒカリ。みんなのアイドル神様だ」


「わらわはこの時を待ち望んでいた。二人のアニマルテイマーの衝突、世界を救う争い……いい物語じゃない?」

やっぱり彼女はアニマルテイマーだったんだ。


「アデルはこの大陸すべての町を破壊しようとしていてね、さすがに困るんだ。君は町の人を守れる、わらわは大陸の平穏を守れる。Win-Winな関係でいこう」

「アデルは何でそんな――」


「喋るな。わらわのこれは独り言。ヒカリはたまたま聞いちゃっただけだよ。あんまり過干渉なのはよくないんだよ……ごめんねテヘヘ」

圧を感じるが、テンションは何一つ変えずにたんたんとしゃべり続けている。

こんなに神様に不気味さを感じたことは今までで一度もない。


「それでね、もうちょっと頑張ってくれれば強化もしてあげられるからさ。がんばってね」

その言葉を言い終えると背後から声は聞こえなくなる。

振り返ってもただそこには畜舎が広がっているだけだった。


「どうした?ヒカリ」

「……いや、なんでもない」

なんとなくそう言った方がいい気がして、結局伝えなかった。


__

____

畜舎は相変わらずそこら中にあるが、前方に家のようなものが見えてくる。

大きな建物なんかじゃなくて、ただ質素な平家だ。


そして、その建物の先ほどの女性、アデルが立っていた。

「ここまで歩いてくるとは……君たちはみんな暇みたいだね」

そういうとまた小さな黒い箱を取り出し、使用する。

出てきたのはギガントファーシープだった。


「治療されてる……」

「ソキウスには死んでほしくないからね。それより君、金髪の君」

「ん?俺か」

「あの絵本を知ってるみたいだね」


ファーシープと鋼鉄の少女……やっぱりそれも本当だよな。

「じゃあ、あれの話をしようか」


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