25、意外の来訪者1
さあ、時を一旦戻そう。
ドゥランナーが屋敷から出て間も無く、まるで見計らっていたように、天使長の宅邸が、本日のお客さんを迎えた。
「で、天使長の地位を失って、君は今、気分如何かな?」
深い紫色の絹が、微かな風に揺らさせる。
「なぁ?ルシフェル」
天界の主席書記官、ベリアルは周りに防音の魔術を施しながら、ポールハンガーの隣の壁に寄りかかって、皮肉めいた口調でそう言った。
彼の話に呼応するように、ルシフェルは木製の椅子に凭れて、極めて複雑な顔で彼がいる方向を呆然と見た。
「やはり、私を笑いに来たのか」
「それはもちろんだ」
これも、周りの者より、人類に心を砕いていた罰とてもいえよう。
彼は大股でルシフェルに近寄った。
まるで「君はもう天使長ではないなら、私も気を使う必要がないな」と言うように、背後の装飾布をどかすと、許可も貰わずに、ベッドに座った。
一応姿勢だけは正しいが。
ルシフェルもそんな彼に驚くことなく、むしろこうなることを予測したかのように、ただ一瞥しただけだった。
天使長が死刑、それも謀反罪ときた。
こんな前代未聞のこと、他人の不幸を好むベリアルが放っておくわけがないだろう。それに、ルシフェル自身は自分に協力するものを全員ともとして見るが、誰も彼も彼と同じことを考えているとは限らない。そもそも、この人に限って、そう言うことはないはずだ。
バアルゼブルのように、本気で彼を友として思ってくれる者もいれば、ミカエルのように彼を神として崇める者もいる、そして、すべてが平等であるべきだと言う彼を目の敵にする者だっている。普段の印象によれば、ベリアルはこの最後の一種類に当てはまるだろう。
とっくの昔から、自分が目障りだったのではないか。
ルシフェルは小さくため息をつく、しかし、椅子を移動して、背後に座っているはずのベリアルに顔を向けると。
「……」
あの見たこともないぐらい、いや、はるか昔には見たことがあるかもしれない、それほど真剣な表情に、ルシフェルは少し驚いた。
「…ベリアル?」
「はぁ…ほんっとにイヤになるね。…こう言うことは私のイメージに合わないのはわかってる」
彼は窓に背を向けているため、わずかな光も背後に差し込む、正面には灰色の影が落とされ、その整った顔を覆った。陰の中に、金が混ざったオレンジ色の瞳が光るように輝く、加えてその真剣過ぎた表情。
今の彼なら『怖い』と言う言葉が似合うのではないか。
ルシフェルだけでなく、天界を探し回っても、このように恐ろしい彼を見たことがある者なんて、いないのだろう。こう見ると、彼がずっとこの状態でいるなら、恐怖の天使というあだ名は、サタンではなく、彼になるだろう。
普段の貼り付けたような笑顔から、こんな顔ができるとは、誰も予想していないだろう。
そして彼自身も、今自分が感じているものに焦燥と不満を覚えたらしく、小さく、しかし明らかに何かが気に入らない、と言った感じで舌打ちをした。
彼は腕を組んで、何かを考えているかのように見える。
腕が髪を挟まって、自慢の長髪をぐちゃぐちゃにしたとしても、珍しく、彼は全く気にかけていなかった。
今の彼は機嫌が悪い、それは見ればわかる。
しかし何故なのか?ルシフェルには全く見当が付かなかった。
何が彼をそこまで怒らせたのか、それもわざわざ自分に見せている、これは完璧主義な彼に似合わない行動だ。
だからルシフェルも考えた、自分の行動を、彼が気に入らなかったのか、と。
謝ろうと口を開くと、ベリアルが長々とため息をついて、非常に腹が立っている表情でルシフェルを見た。
これで、いよいよ自分が何かをしたのかとルシフェルは思った。
「すまない…」
「あ、ん?何故君が謝る」
彼の声を聞いて、ようやくベリアルは口を開けた。
そのいつも通りの口調を聞くと、ルシフェルも少しはホッとした。
変わらず、いつもの彼だ。
「…で、サタンから聞いたが、君、兵を起こそうとしているね?」
ルシフェルは愕然とした、彼はこんなことに関心を示さない男、戦争のことも、他人のことも、ルシフェルからすれば、ベリアルという男はそれらに興味を示さないと思っていた。
彼の驚きの顔を見て、ベリアルは目的達成と、少しは機嫌を直したかのように、ニヤリと笑う。
「私にも参加させてくれ」
一瞬、ルシフェルは彼が何を言っているのかを理解できなかった。
天界の主席書記官、全ての機密、研究資料、さらに組織運営書類の管理者、ルシフェルがいなければ、彼が勝手に人界に行くことを咎める者すらいなくなる、好き放題できるのではないか?
こんな機会を前にして、なぜ自分と共に修羅の道を行こうとする。
「このことは…」
「私と関係大ありだ。それともなんだ、天使長様の理想が崇高すぎて、私のようなクズなど、友に値しない、とても?」
友。
彼の口からこの言葉が聞こえてくるとは、ルシフェルはもう一度驚いた。孤高な彼はいつも親切そうな人物像を演じているだけ、自分だけでなく、バアルゼブルなど、彼と長い付き合いがあるものは、全員このことを知っているのではないか。
この驚きは、その言い方へのツッコミすら忘れるほどのものだった。
そして、沈黙が訪れた。
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