26、意外の来訪者2

 ルシフェルは目を閉じて、椅子に背中を預けた。

「本気、なのか?」

「当然だ」

 これっぽっちの迷いも感じない、ルシフェルすらまだ信じられない気持ちでいっぱいなのに、当事者である彼は既に答えを出した。

 確かに、ルシフェルは今外にいけないため、反乱に加わる軍の全貌が見ない、そのために連絡者や、暗躍してくれる者が必要となる。しかし、彼から言えることはただ一つ、こんな危険を冒しても、何も得られることはない、ということだけだ。ベリアルは自分のために行動する者、だが、どんな計画を立てていようと、この戦いは負け戦に変わりはない。

 ましてや彼は文官、戦場になったことすらない、そもそも最前線に行くような者ではない。

 いくら万能と呼ばれようと、本当になんでもできるわけがないだろう。

「君の布陣に問題があるだろう?サタンにも不適任なところがあるはずだ」

「ほんと、きみに敵わないな」

 ルシフェルは苦笑を浮かべながら、ようやく今の現状を彼に教えた。

「まず、主のご意志により、ミカエルだけは、私の処刑を知らされることがなく、この期間に、私に会うことも叶わない…これも、リヴァイアサンが教えてくれたことだが」

「へー?ま、それも当たり前だ。あの子は血気盛んで、君に心酔している、知らされたら、君より先に反旗を翻しかねない」

「そうだね。だが、教えるつもりもない」

 ルシフェルは軽く頷いて、立ち上がった。

「なんの策略ってわけか?私なら話を伝えてあげられるんだが?」

「天界には継承者が必要だ、それを丸々とラファエルに投げることはできない」

 頭を上げて窓の外を覗いた、外は風が吹き荒らし、小雨は相変わらず降りしきっている。

「相変わらず…君のそういうところがキライだ」

 ベリアルは嫌悪を顔に描いているように顔を顰めた。

 その表情を見て、ルシフェルは逆に安心したかのように微笑んだ。

 キッチンへ足を運び、ドゥランナーが彼のために用意した紅茶をカップに注ぎ、折り畳み型のテーブルを開き、来客と自分の前にそれぞれカップを置いた。

「少し冷めたが」

「ん…とにかく聞かせてもらおう、この戦、私をどう戦わせたい?少なくとも連絡役はできるが」

 ベリアルは目の前に置かれたカップに手を伸ばし、中身の深紅の液体に目を落とし、彼の姿すら見ずに問いかけた。

「それはサタンに任せればいい、騙されて入ってくる者はいらない」

「ククク、それを言うなら、そうだろう」

 彼はニヤリと笑いながら、カップの中身を一気に飲み干した、こんな時に限って、作法がなんとかは言わないようだ。

「きみに…ミカエルを阻んで欲しい」

「ゲホッゲホ…ハ、くっふふ、っははははは!マジで言ってるのか?」

 ルシフェルの言葉に、危うく紅茶を吹くところだったが、なんとかイメージを守るために飲み込んだ。それでも噎せた、が、今の彼はそれすらどうでもいいらしく、少し息が苦しいところもあるが、大いに笑い始めた。

「先に言っておくが、私は文官だ」

 ベリアルは確かに天界最高の文官、狡猾で人を陥れるのに長けている、それでも、片手で数えるほどの戦士に戦闘で敵うわけがない。

「わかっている。だが、サタンは戦局が見えない時が多い、他の中で、最も実力があるのはバアルゼブルだが、ミカエルのような近距離攻撃の相手が不得手だろう」

 ルシフェルの顔から、今朝までのしょんぼりとした色がなく、紅茶を片手に、今の状況を自分なりに分析してみた。

 そしてこれらはベリアルもわかってる、それでも、ただでさえ前線に出ることすら受け入れられない内容なのに、それを妥協してやったところ、いきなり天界最強の戦士の一人の相手をしろときた。

 アレは目の前のこの天使長ですら、勝てるかどうかが怪しい相手。

「一般人に七大天使と匹敵する性能がない」

「それは当たり前だろ」

 そこに関してはルシフェルの言う通り。

 天帝直々に作った一期の天使は優秀のものが多い、その中でも、天使長と七大天使は格別。二期の天使は元から希少である、その中、ベリアル一人だけが特別待遇、七大天使と対となる、たった一人の天使長補佐、これで二組の補佐が成り立った。

 自然発生の天使たちと言えば、よほど優秀の親がいなければ、性能も普通といった感じになる。

 そして天界で一般の兵士となるのは、紛れもなくこの一般人たち。

「私が出たら、まずは局面を安定させねばならない、初めから彼の相手をすることはできない。だから…私の性能とほぼ同じなのは、きみしかいない」

 彼の話に、ベリアルは呆然と固まった。

 自分の性格も考えず、他のことに影響されることもなく、純粋的な数値で自分を評価する。これは彼にとって、考えられないようなことだった。

 パッと見れば怒らせそうなことではあるが、彼にとって、これは喜ぶべきことだった。

 なんせ、このような扱い方、あまりにも珍しく、そして懐かしいもの。

 そう、私はそのために。

「ふ、くっふふふふふ…確かに、それは私以外…いや?『おれ』以外、ありえない仕事だ…全く、面倒をかけてくれる」

「なんだ、本気になってくれるのか?」

「なんでもあんたの頼みだからな、さらに一万年待っても得られるかどうか、わからないじゃあないか……いいだろう。よーく知ってもらうことにしよう、私は仕事だけの男じゃあない、と」

 何かを隠しているが、自信たっぷり、彼らしい笑顔を見せて、ベリアルは手をテーブルに置き、ゆっくり立ち上がった。

「ゴチソウサマ?」

 彼は指を鳴らして魔術を解かせ、気分が良さそうに手を振ると、早足で去ろうとした。ルシフェルが連絡役を彼に任せていなくとも、後ろで色々やるつもりでいるようだ。

 しかし扉を開けようとした時に、ドアは軽やかな音を立てながら、外から開けられた。

 明るい青と淡い紫の姿が跳ねながら入ってきた。

 持っていったカバンを大事そうに抱えて、まるで何か楽しいのとがあったかのように、笑顔で戻ってきたドゥランナー。彼女に漂う楽しげな雰囲気、ただいま作戦会議が終わった室内とまるで合わない。

 ルシフェルとベリアル、二人とも彼女が嬉しい理由がわからず、思わず相手に視線を移す、しかし相手の呆然とした間抜けな顔を見れば、考える自分が馬鹿馬鹿しくなって、ふっと笑ってしまう。

 彼らが笑うと、ドゥランナーは何事かと彼らを相互に見たが、多くは考えないことにした、再び軽やかな足取りで部屋に入っていく。ルシフェルに簡単な挨拶を交わすと、上の階に走って行った。

 ベリアルは少し驚愕した顔で彼女を見送ったが、眉を顰めて、小さくため息をつくと、屋敷を後にした。

 開戦まで、あと三週間。

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