19、初めてのお使い2
ドゥランナーが資料館に着いた時、すでに出発から40分以上の時間が経っていた。
「うぅ…やっぱり迷子に……」
少し気を落とした様子でため息をつく。
せっかくルシフェルからもらった仕事なのに、最速最良でこなすことができないなんて。
彼女はそのように落胆するが、考えてみれば仕方のないことかもしれない。
なんせ彼女の日常は極めて単調的である。行き先など、片手で数えられるほどの場所しかない。
今の住所である、天使長の宅邸が一番わかりやすい、六重天の階段から一直線に、七重天の最深部に行けばたどり着く。
マレーならば天使長宅から、一つだけ曲がり角を曲がれば行ける、脇道もなく、ほぼ直線と考えてもいい、何より、学校の建物はもはや一種のシンボル的な存在、間違えるわけがない。
バアルゼブルの研究室といえば、何年も通っていたので、流石に道は分かっているし、階段を降りてすぐだし。
たまに五重天に行くが、基本的には買い出しで市場に行くだけ、市場は脇道に入ってすぐ、そのほかは一直線、人も多いから一目でわかる。
が、資料館への道はそう簡単にはいかない。
これも別に彼女のせいとはいえない、天界の道、特に七重天のは紛らわしい、建物の設計も似ている、というよりは、個性的な建築は数えるほどしかないだろう、飛べない上に、あまりここを歩かない人なら、誰でも迷うだろう。
これはルシフェルの失策とも言えるだろう。
しかし、これぐらいの時間の浪費、ドゥランナー本人にとってはがっかりする失敗だが、実際、後の仕事への影響はほぼ皆無である。
「すみません!誰か、いませんか!」
予定より三倍以上の時間を使ってしまったが、ようやく、この少しだけ周りの建物と違う…気がする資料館にたどり着いた。
重たい扉を開けながら、係員は奥の方にいるだろうと思っているので、かなり大声で挨拶した。しかし頭を上げると、来客の接待に使うテーブルと、その後ろに座っている、突然の騒音で耳を痛めたらしく、指で耳を揉んでいる、どこかで見かけたことがあるかもしれない、制服の男性。
えっと、誰でしたっけ?
ドゥランナーは、目の前の男の姿に疑問を抱いた、かなり長い間に合わなかったのと、話にも上がらなかったから、さっぱり忘れてしまった。
「静かにお願いできませんかね。…ん?君は…確かに、天使長様の……」
男の声は少し低く、重く、だが確かに、印象に残るというか、記憶に刻まれるような音をしていた。その声に、ドゥランナーは姿勢を正さねばならない気持ちになった、親切のような、それでいて、まるで付き合いきれないような声、彼女は混乱してわからなくなってきた。
「あ、は、はい!ドゥランナーと言います」
「はぁ…うーん、とりあえず、用件を聞きましょうか」
男は目の前の子供に興味を示さなかった。
それに、仕事はあらかた片付いたが、突然の来客というのは、歓迎できないものだ。
そう聞かれてようやく、ドゥランナーはビビりながら、部屋の中に入った。
「その、ルシが、これを届けてって」
「あーーそうか、もう片付けましたか」
仕事の話なると、急に真面目な顔になって、姿勢も正した。
「多少計算が狂ったが別にいい。研究会の成果ですね、わかりました」
片手で資料を受け取ると、信じられないスピードで読み始めた。
どのページもぎっしり字が詰まっているのに、そもそもルシフェルは整理してないから、読もうとしても、資料の欠片のようなものが、並んでいるようにしか見えないのに、どのページも30秒足らずに読み切ってしまう。
ドゥランナーがその速度に驚いてると、彼はすでに、あの抱えてようやく運べる、山のような資料を五つに分けた。そして手を止めずに、さらに空いてるファイルに、それぞれの用途と内容を記しながら、資料を収めていく。
明確に測ってはいないが、この流れるような過程、全部で10分も経たなかったような気がする。
それが終わると、彼は急がずに、というか、優雅さすら感じれるような動きで立ち上がり、先ほど整理した資料を持って、ドゥランナーを一瞥して、『動くな』と手振りで示すと、後ろの部屋に入っていく。
ドゥランナーは彼の意図がわからなかったが、その気迫に圧倒され、全く動けなかったので、ぼうっとそこに立っていた。
心地良いとも思える、紙の音しかしなかった、5分。
男は数個のファイルを抱えて、戻ってきた、もう片手は数枚の紙を持っていた。
「こちらを、天使長様に届けていただけませんか」
彼はまるで光を放っているような微笑みを浮かべ、とっても優しそうな声で、恭しく言った。
その声に惹かれて、ドゥランナーはもう一度彼の顔や服を見た。
プラチナブロンドの長髪は、宝石や黄金を飾ったリボンで束ねている、柔らかく肩に掛かっている。
身に纏う制服も、リヴァイアサンたちより豪華な感じがする。ルシフェルと同じ、だが逆の位置にある金属の装飾以外にも、所々小さく輝かしい宝石と、質の良い紫色のリボンも飾られている。目を奪うような、赤い宝石を飾ったスカーフも気になる。
右肩にだけ、ルシフェルと同じような、軍服のような肩章があり、それからは深い紫の装飾布が垂れている。
顔が整っていて、ある意味、芸術品とも呼べるほど美しい。そして、特に目を惹くのは、底に金の輝きを宿っている、橙色の瞳。
ここまでジロジロと見れば、記憶の中のある人物と、目の前のこの人の姿が重なって…。
「べ、ベリアル様!?」
「ん?なんだ、私の顔に何か?」
彼女が資料も受け取らず、返事もせず、ただぼうっと自分を見つめていたから、男の顔に、段々と疑惑の色が浮かんできた。
そして、ようやく口を開けたと思えば、自分の名前とは、いよいよ話が見えなくなってきた。
「あ、えっと、その…どう答えればいいのか…」
ドゥランナーは言葉を濁した、本気で、これはどうやって弁解すればいいのかを、考え始めた。
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