15、日常に戻る
「これでルシフェルも安心だろう」
最後1日の全ての課程を終え、バアルゼブルは本を閉じて、静かに言った。
ドゥランナーは卒業を宣言されて、喜びが隠せきれなくなっていた。
「で、では!ルシの手伝いをしてもいいのですか!」
「ああ、少しはなんとかなったじゃないかな。少なくとも、書類の整理など、簡単なやつはできるようになっていると思う」
この一週間、バアルゼブルは全気力を注いで、彼女に魔術、そして占星術の基本、すなわち理論や概念的な部分を教えた。一番重要な、結界構築の知識と、天の住民であれば必要である祝福の概念や、それでもどうしても理解しなければならない呪詛の理論。
バアルゼブル本人は、こういう教師の真似事が得意なわけではない、彼は少し天才肌で、実践型、試してみれば案外なんでもいけるタイプ。だがそれは誰でもできることではない、大半の者はまず概念を熟知しなければならない。
しかし展開の基本学校は、主に世界の構造や、我々の責務についてなどの人生指導、哲学の領域、魔術や戦闘の技術について勉強したいならば、独学でまず頑張って、毎年に一回の試験に参加し、そこで天使長の許可をもらったら、ようやく、七重天の高級学府への推薦をもらえる。
「よし…そろそろ行くか」
バアルゼブルの研究室で最後の2日を過ごし、ついに、ドゥランナーはこの天界ではあまり見ないような、コーヒーブラウンをベースに、ミルクホワイトで彩られた建物から離れた。
一応ドゥランナーの数少ないワガママとして、五重天の市場に寄ってから、七重天に行くことになったが、別に問題でもなんでもなかった。買って食材をきっちり抱えて、ドゥランナーはバアルゼブルと共に、天使長の宅邸まで戻った。
「すまない、私が迎えに行くべきだった」
「いや、別にいい、きみは忙しいしな」
バアルゼブルは軽く彼女の背を叩いて、行っておいてと柔らかい表情で言った。
彼女がルシフェルの元に行くところを見届けると、彼は踵を返し、仕事の邪魔をしないように、帰ろうとした。
「バアルゼブル」
「なんだ」
何か忘れたものでもあるのかと、彼は少し振り返り、ルシフェルを見た。
「ありがとう」
意外というか、らしくない言葉に、彼は少し呆れた顔で微笑んだ。
そして何も言わずに、ただ手を振ると、そのまま去っていた。
ルシフェルは彼を見送ると、ドゥランナーを連れて、部屋の中に入っていく、しかし扉を潜るや否や、ドゥランナーは持ってきた大きな袋と共に、キッチンに滑り込んだ。ルシフェルは困惑した顔でそれを見るが、止めはしなかった。
それほど時間が要るものではなかった、30分もしないうちに、キッチンからいい香りがしてきた。
「この数日で、また新しいレシピを覚えました!ちょうど今お昼ご飯の時間ですし」
ルシの面倒はわたしが見ます!
彼女は胸を張り、得意げにそう言った。
ルシフェルは苦笑いしながら、何度か瞬きした。
「ぼく、信用されてないな」
しかしそうは言っても、確かに食事の時間だし、好きのようにさせる方がいいかもしれない。
ここまで考えると、ルシフェルは隅に置いてある折りたたみ型の机を持ってきた。
それはドゥランナーが来てから買ったものだ。
ここには椅子ひとつしかない、机も食事用にできていない、自分一人なら、キッチンで食事を済ませられるが、ドゥランナーに同じことをさせるのは酷だし、一人が椅子、一人がベッドに座ってるし、真ん中にテーブルがないと、食事すら一緒に取れない。
さすがに食事に順番をつけるのは良くない、だから、緊急にこのテーブルを購入した。
ドゥランナーは作った料理をテーブルに移し、同時に、魔術を操り、ティーポットを宙に浮かばせて、カップに紅茶を注いだ。
ルシフェルは大いに驚いた、この数日で、すでに彼女はここまで、こんな細かい作業にすら、魔術を用いることができるようになったのか。
自分の目的は、バアルゼブルに彼女に魔術関係の細かい知識を教えて欲しかっただけ、他に、何かすぐ使えるようなものを勉強して欲しいなんて、全然考えていなかった。
そんな彼の顔に、ドゥランナーはやった、と小さくガッツポーズをした、カップをテーブルに置いて、ポットもキッチンに戻らせた。
食事をしながら、ルシフェルはドゥランナーの見聞を聞いていた。
「そうか、彼にはすでに会ったいたか、いつか紹介しようと考えていた」
先日リヴァイアサンに会ったと聞いたら、ルシフェルは愉快に笑う。
これで心配事も消えたなと彼はいう、なぜといえば、ドゥランナーが行く予定の、天界でも高級学府は、リヴァイアサンと彼の対となっている、ガブリエルの二人で運営を務めている。
元々は彼女が帰ってきてから、運営者に会わせてから、入学させる予定だったが、必要なかったのようだ。
何かを予見したのかはわからないが、彼がドゥランナーを天界に招くと、すぐに計画を練り、自分がまだいる時期に、彼女に、最上級の教育を。
だから少し強引ではあるが、まだ幼いドゥランナーに学校を通わせ、滅多に使わない自分のコネを頼って、最も優秀な学者を入門の先生に選び、最後には自分の特権を活用して、天使長の推薦がなければ入れない高級学府に入学させる。
これくらいしか、自分にできることはもうないんだ。
彼女の話を聞きながら、彼は静かにそう思った。
しかし、彼以外、彼が何を心配しているのかを分かる者はいない。
「君が楽しいなら、ぼくも嬉しいよ」
肩の重荷を全部下ろした気分だ。
元からわかっていたが、バアルゼブルは見た目こそ厳しいが、そこまで話が通じない相手ではない。しかし付き合いがそれなりに長いからこそわかる、彼は研究以外に対して、かなり大雑把な人なので、ドゥランナーがそんな生活に慣れることができるのか、それだけが心配だった。
だが、結果から見れば、逆に、ドゥランナーが彼に自分の生き方を慣らせたのであった。
ここまで考えると、ルシフェルは笑みを隠せなかった。
そしてドゥランナーといえば、ここ数日の勉強で、ある程度の、彼らの仕事のサポートができるような技術を身につけた。特に、そんな彼女の好奇心は、この期間は研究の仕事を忘れると決めたバアルゼブルすら、その資料や実験を、もう一度卓上に戻したぐらいだった。
どうやってルシフェルのサポートをするか。
それが、今の彼女の課題になっていた。
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