14、洗い流す海
将来的に、ルシフェルの助けに、少なくとも助手と言える者になるため、ドゥランナーはこの場所、上級天使の大半、そしてもちろん、ルシフェルを含める多くの人が出入りする、この場所を、全身全霊で観察しはじめた。
彼女は万が一にために持ってきたメモ帳を持って、一階から最上階の三階まで、あっちに走って行き、まだ走って帰ってくる、と内部の構造や各種類の位置を書き写そうとした。
だが、そんな彼女を見て、バアルゼブルは微笑ましい光景だと軽く笑い、彼女の肩を叩いた。
「そんなものを記す必要はない、ここや資料館、そこの資料が欲しいならば、ベリアルに言えばいい」
バアルゼブルは手を彼女の頭に乗せて、軽く撫でた。
「というより、そこにあるものも、ないものも、どうやって用意したかはわからんが、とにかく手に入れることができる」
「そ、そんなにすごいのですか…」
ドゥランナーは呆然と本棚の群れを見つめた。
ここだけでも、こんなに本がいっぱいなのに、資料館というと、きっとバアルゼブルたちが書いた資料や、研究の成果と報告書で埋め尽くされているだろう。それほどのものを、たった一人で管理するだけでなく、司書の仕事まで請け負っていると言われると、にわかに信じ難い。
そう言われて、ドゥランナーは逆に困惑した、しかしバアルゼブルはこのような状況に慣れているらしく、その化け物級の仕事っぷりに全く動じない。
彼女は周りをもう一度見た。
十数メートル上にある天井と、天井まで貫いた本棚と、ぎっしり積まれていた、文字通りの本の海を。
「なんだ、魔界に司書ってものがないのか」
バアルゼブルはそんな彼女の頭を撫でて、連れてきた甲斐があったと微笑んだ。
驚きを隠せずに周りを見るその目で、彼の姿を映すと、滅多に見れない柔らかい表情に、ドゥランナーも笑顔になって、コクコクと頷いた。
魔界の図書館は秩序とは無縁なもの、母親の言葉により、館長たる者は毎日扉を開けて、夜になればまだ閉めるだけ、整理など全くせず、だから毎回行く時、自分が欲しい本を見つけるだけでも、ずいぶんと苦労する。
しかしここは違う、自分探す必要すらない。
「五重天にも図書館があるが、ここより狭い、だからここを見学してもらおうかと思った」
言い終えると、そろそろ帰るか、と言って、ドゥランナーを連れてこの本の海を後にした。
建物から出ると、門番は何度も礼をして、謝ってばかりでいた、バアルゼブルは気にしないでくれと手を振り、去っていた。
軽やかな足取りで、二人は六重天に戻った、道中はずっとこの後の授業について話していたが、こんな時間に、意外な人物が来訪していた。
階段から降りると、遠くに白い姿が見えた。
その人はまさに、彼らが帰ろうとしていたあの研究棟の前に立って、彼らの帰りを待っていたかのように。
ドゥランナーは少し躊躇した、このまま一緒に帰ってもいいのか、と。だがそんな時に、人影は彼らに気づいたらしく、手を振ってくれた。ドゥランナーは不安そうにバアルゼブルを見たが、彼はこの人影を知っているようで、手を挙げて、簡単に挨拶を交わすと、ドゥランナーの背を叩いた。
比較的に寡黙なバアルゼブルとの生活で、これは大丈夫、リラックスしろという意味だと、彼女は理解した。
それに頷き、彼女はそこに立ち人物に目を向けた。少し線は細いが、身長はほぼ長身と言えるバアルゼブルと変わらない。
男の人なのかな?と思ったその時。
「こんにちは、バアルゼブル」
意外といえば違うが、繊細で綺麗な声が流れる水の如く湧き出でる、加えて、水色の長い髪の毛は、きっちりメンテナンスしていると思われる、ドゥランナーは小さく混乱した声を上げた。
背の高い女性の方でしたか?
そこまで思えば、顔もなんとなく中性的というよりは、女性的に見えてきて、さらに彼女は混乱した。
しかし気になるとはいえ、さすがにこれは聞きにくい、なので、二人の会話を傍で見守るしかできない。
「ああ、今日は一人か」
「ええ、ガブリエルは他に仕事があるからね」
「ふーん、そうか。ま、とりあえず上がってこい」
少し相手の言葉が気がかりなところもあるが、それでも、バアルゼブルは多く言わずに、来客を家の中に迎え入れた。
3人が中に入ると、ドアは自動的に閉めた。バアルゼブルは外套を脱ぎ、空中に放り出すが、そのコートは羽が生えたかのように飛んでいき、ポールハンガーに掛かった。ドゥランナーは何度見てもすごいなと思いつつ、背を伸ばせて、帽子をハンガーに掛けた、そして、バアルゼブルの背中を追い、リビングに入っていく。
線が細長い来訪者も小さく邪魔するよと言って、彼らに続いて中に入っていた。
リビングの中、相変わらず見えない何かが紅茶を淹れている、来客も驚く素振りを見せず、それどころか、バアルゼブルが口を開ける前に、彼はすでに適当にソファに腰をかけてた。
そのまま視線を移して、ドゥランナーを数秒見つめると。
「おまえに子供を育てる趣味があるとは思わなかった」
ドゥランナーは何度か瞬きして、この何者なのかもわからない来客をまじまじと見つめた。
水色の長髪は腰まであり、ルシフェルと少し似たような、真っ白の制服、空のように遠く広がるような、それでいて透明感を失わない青の瞳。冗談を言うような柔らかい表情は、初対面のドゥランナーでも、まるで森羅万象を包容できるようなイメージを抱いた。
「人を変態のように言うな、それはルシフェルがおれに託したものだ。おれはただの教師役」
「ほーー?まあ確かに、ルシフェルなら、子猫子犬の感覚で、子供を拾ってくるよね」
この言葉はとんでもない無礼に聞こえる、一般の状況なら、確実に相手を怒らせているだろう。しかしバアルゼブルは、ただ軽く笑みをこぼれただけ。
「間違いない」
そして紅茶をカップに移して皆に配った。
これで、ようやくドゥランナーは気づいた、自分がずっとぼうっとしながら来客の顔を見つめていて、本来やるべきの雑務を忘れていた。お茶を注ぐ仕事をバアルゼブルに回したとは、自分の不注意だった。
「あ、その、ごめんなさい、バアルさん」
「ん?」
バアルゼブルは全くその謝りは何に対したのものなのかを理解しておらず、意味がわからないまま彼女の頭を撫でた。
「あの天使長様、自分の面倒すらきちんとみれないの、なぜか人の世話を焼きたがるな」
軽く紅茶を啜ると、彼は少し困った顔でそう言った。
「我々が友として見てあげないと」
そして小声で続いた。
「そうだ、ちょうどいいどころに来てくれた」
バアルゼブルはカップを置いて、彼に目を向けた。
「きみに頼みたいことがある」
彼からの頼みは意外だったのか、来客はその意図が読めずに、首を傾げた。
だがバアルゼブルはそれを気にせず、さらに続いた。
「きみたちは結界が専門のはず、それに関する授業の資料を見てくれないか」
「そういえば、先生だったね、この子の…なるほど、いいよ」
「本題は…その後に頼む。すまない、リヴァイアサン」
なるほど、この人がルシフェルが言っていた、水の天使の片割れ、最上級の七大天使の一人、リヴァイアサン。
でも、あの人は男性だったはずでは?
この時、ドゥランナーの脳内は混乱を極めている、一つ、また一つと問題が次々出てくる。
そんな彼女の視線に気づいたのか、リヴァイアサンは彼女を見て、微笑んだ。
「あ、ごめんなさい!」
彼女は慌てて視線を移す、膝の上に置いた両手を見つめた。
「それが聞きたいのかはちょっとわからないが、わたしは男性よ、女性と誤認されることの方が多いが」
まるで心を見透かされたかのように、リヴァイアサンは手を口元に持っていき、小さい声でそう言った。しかしその言葉で、ドゥランナーはさらに困惑した。
そんな彼女を楽しむように、リヴァイアサンは小さく笑って、バアルゼブルと教育の計画、そして元々の本題である研究項目について話しはじめた。
1日が過ぎるのは早い、黄昏が近くなるとリヴァイアサンはいとまを告げた、ドゥランナーも授業を再開した。
こんな日々も、そろそろ終わりが見えた。
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